2026.05.05
Q. 最近特に利用者や家族からのクレームが多く、転倒などの事故がある度に家族はこれ見よがしに「どうしてくれるんだ…!!」とものすごい剣幕で迫ってこられます。 骨折で入院をした場合など、「治療費はすべて施設が負担し、退院してからの入所にかかる費用は本人が死ぬまで施設の負担…!!」とおっしゃる家族の方など…。このような状況ですから、介護スタッフも転倒・転落や誤嚥の恐れのあるリスキーなお年寄りなどの担当をできれば避けたいという思いが強く、また管理者である我々も利用者になるであろう方の家族をよく見て、クレーマーになりそうな家族は初めからサービスを断ろうか…、と思ってしまう衝動に駆られております。具体的に「施設の責任」と「スタッフの責任」について教えて頂ければと思いました。
A. 毎日のように、当研究所には「施設内で転倒(誤嚥)させてしまい、家族が法的な解決も考えていると言われているのですが…」という非常に切迫した連絡が入ります。
また、「これ見よがしに…」事故にかこつけて利用料の支払いを渋る家族や、私の経験でも、一度弁護士を入れたり、提訴したものの和解で解決を図った家族は、また違う施設で同じようなトラブルで裁判を起こし、多額の金銭を要求するケースもあります。
「味をしめた」とでもいいましょうか。
最近、介護報酬の不正請求事件で指定の廃止をめぐる報道が多くありますが、「介護を喰いモノにする」事業所の増加によって、利用者や家族の権利を守らないといけないと思う一方で、些細なことで無理難題をふっかけてくる家族の横暴にも、落とし所を見つけられないまま介護事業所を責め立てても、最後にはクレーマー自身が自分で自分の首を絞める結果になってしまうのに、と思ってしまう瞬間もあります。
さて、介護事故などの場合において、「介護事業所として、利用者といかなる契約関係にあり、何を約束として守らなければならないのか…」につきましては、以前の質問でも触れてきたところですが、もう少し詳しく「法人としての責任」と、「介護スタッフ個人の責任」について、説明します。
たしかに、一度介護事故が起こり裁判にまで発展しそうな時というのは、事故を起こしてしまった当事者である介護スタッフのストレスや不安は相当なものになります。ですがそれ以上に、管理者が対応を一歩間違えると、事故を起こしてしまった介護スタッフが責任を感じ辞表願いを出すなど、それでなくとも人材不足に頭を悩ませる事業所においては、事故そのものよりも人材の流出による被害は計り知れない事態となります。
また介護の仕事とは、介護スタッフ個人の働き方やキャラクターが日常業務に派生しやすい性格を持っていることから、事故が起こった場合など「自分のせいで…」という感覚に陥りやすい傾向もうかがえます。
そして、リスクマネジメントという視点を見誤ると事故が起きやすいリスキーな高齢者に対して、「担当したくない…、受け持ちたくない…」という誤った発想に陥る可能性も否定できません。
「法人としての責任」でいうと、現在の介護保険法のもとでは、事業所である法人と利用者との間に利用契約が締結され、提供される介護サービスが対価性のあるものとして位置づけられることから、とりわけ事業所の管理者や介護スタッフである履行補助者の責任がより明確なものになりました。
事業所と利用者との法的関係は、法人と利用者との間で締結されるサービス利用契約に基づく契約関係となります。
この場合のサービス利用契約とは、法人と利用者の双方が契約上の債務を負っているということを意味します。事業所は利用者に対して設備の利用やまた居室の使用、そして利用契約の内容に盛込まれた必要な介護サービスを提供する債務を負い、一方の利用者は事業所に対してサービス利用への対価として、介護報酬に基づく利用者負担金などを支払う債務を負うことになります。
そして、実際には事業所のスタッフである介護従事者が、事業所の履行補助者として利用者にサービスを提供することから、事故などが起こった場合、介護スタッフに対する過失の有無が問題となります。
では、次に「介護スタッフ個人の責任」とは、どの程度のものなんでしょうか?介護スタッフは、利用者との間で直接的な契約関係にはなく、サービスを提供する側から見た場合、法人のトップが契約書に名前と印鑑を押し、利用者と契約をする形式をとっています。つまり、社会福祉法人や医療法人等であれば理事長ですし、株式会社であれば代表取締役社長が契約の当事者になります。
ですが、理事長や社長が直接利用者に介護サービスを提供するわけではなく、実際には介護スタッフが理事長や社長の履行補助者という位置づけでサービスを提供することになります。皆さんが行っている日々の業務は、あくまでも理事長や社長の代行的な補助行為と言うことになります。
では、理事長や社長の代わりに働く介護スタッフとは、正社員でなければならないのでしょうか?
代わりに介護を補助するスタッフは、正規(常勤)の職員という意味だけではなく、例えボランティアによる無償の奉仕活動であったとしても責任自体の存否には関係しません。つまりボランティアであったとしても、事業所の正職員に課せられるほどの高い注意義務までは求められないにせよ、「善良なる管理者の注意義務」(略称「善管注意義務」民法第400条)を負うものと考えられます。この場合の注意義務とは、行為者の能力に応じた注意義務ではなく、その行為者の属する職業や社会的地位に応じて期待される一定水準の注意義務を指すと考えられています。
言い換えれば、皆さんがいま持っている資格で仕事をしている以上、「新人でまだキャリアが浅いから…」といった理由で責任が軽くなるというわけではないということです。利用者や家族にとってみれば、男性であろうと女性であろうと、また若かろうとベテランであろうと、皆さんが手渡した名刺の肩書き(ステイタス)で、その業界の専門性や立場を判断するんですからね。
介護スタッフ個人に求められる責任の方が強いように思われるかもしれませんが、たとえ履行補助者である介護スタッフの過失によって事故を招いた場合であったとしても、利用者と介護スタッフとの間には直接的な契約関係にないものですから、個人が契約に基づく債務不履行を問われることはなく、契約当事者である法人トップの責任と考えて下さい。
しかし、虐待など明らかに介護スタッフによる過失で事故が起った場合には、不法行為責任により介護スタッフの賠償責任が問われると同時に、職員の監督上の責任者である法人のトップが、使用者責任を負うことになります。
つまり、実際に介護を行う皆さんには、それぞれプロとしての役割と責任が求められますが、皆さんはサービス提供上、契約当事者である法人トップの代わりとして仕事をしているに過ぎず、かりに皆さんに大きく非があるような事故が生じたとしても、皆さんを雇用している法人のトップが、使用者としての全責任を負うという関係になっています。