2026.05.06

Q. 施設内での事故が発生した場合、どの程度までの事故を家族に報告すればいいのか、迷っています。「その程度のことで、わざわざ連絡はいらない」と仰る家族もいらっしゃるのですが、ご家族への報告義務というのはどの程度のことを指すのでしょうか?

A. 利用されている本人を含めた、家族への報告義務は必要でしょうね。報告義務というよりも、説明義務と考えておいてください。

そのことに関して、多少脱線するのですが、なぜ皆さんはクレームに対して拒絶感を抱くのか。たしかにクレームは誰だって嫌なものです。褒められるのとは訳が違いますから。クレームが嫌な理由としては、「ヤクザのように大声で怒鳴り散らすから」というのもあるかもしれませんが、結局は「面倒臭い」からなんです。

では、何が面倒なのか。正確な情報を相手に伝えなくてはいけないからです。

事故後のクレームなどでは、正確な事故の発生時刻、原因、誰が関係していたか、その方の既往歴等も頭に入っていなくては、十分な説明をすることができず、クレームを解決するどころか、不正確であやふやな情報によって逆に火に油を注ぎかねない展開にもなるわけですから。つまり、説明責任を果たすことの難しさですね。

質問に戻ります。どの程度(介護事故)までのことを家族に伝える義務があるのか、ですね。転倒や転落、誤嚥といった現象については介護現場では身近なものでありますから、イメージがつくのですが、介護事故やヒヤリ・ハッとの定義といったものはいまでも存在しない状況です。ですから、勤務されている法人や施設で、何をもって家族に連絡をすべき事故であるのか、の合意と統一を図っておく必要があります。

逆に、連絡や報告を怠ったために裁判となった事例を紹介したいと思います。正確には、連絡や報告を怠ったために、医療機関への搬送が遅れてしまったが故のトラブルです。医療訴訟においてはよく使われる争点の一つなんですが、「期待権の侵害」といわれるものがあります。一般的には、ある一定の事実や事象が存在する場合に、その事実から予測される法律上の利益が将来的に害された場合に争点となる表現です。最近の介護事故をめぐる裁判の争点には、必ずといっていいほどお目見えするキーワードです。

具体的な裁判事例からみてみましょう。事故当時78歳の女性が、未明に施設内で転倒し、大腿骨骨折の傷害を負ったわけです。正確には、午前5時30分頃、女性に体動があり起床したために、介護士が車いすで女性をトイレ誘導。女性は自力でトイレブース内の手すりを使って車いすから便座まで移動し、用を済ませている時に、「私、転んじゃったの」という発言があったわけです。

その女性は、骨粗鬆症、認知症の既往歴があり、パーキンソン病、高血圧症、神経症、抑うつ状態、めまい等の診断を受け、パーキンソン病の重症度分類が4と診断されている方でした。施設長である医師は、家族を呼んで、医療機関での受診を介護スタッフに指示しました。家族が施設に到着したのがその日の夕方であり、その後、別の医療機関で大腿部の頸部骨折と診断されたのが、午後5時過ぎでした。

その場合の争点の一つとして考えられたのが、転倒事故後の適切な対応義務違反に係る債務不履行責任でした。つまり、早朝に転倒し、大腿部の頸部を骨折していながら、半日以上も放置したという点です。

また、最近のデイサービスをめぐる判決も、医師の診断を受けさせる義務をめぐって争われたものがありました。この事例は、事故当時87歳で、会話による意思疎通は十分にできた要介護度1の女性が、デイサービスを利用し、送迎車両から降車しようと席を立った際に転倒。翌日に大腿骨の頸部骨折が判明した事案で、速やかに医師の診察を受けさせる義務違反が認められたものでした。

具体的には、看護師である職員が、転倒した女性の右足のつけ根や腰の部分を確認した際、外傷や腫れ、熱感などの異常が認められず、女性が痛みを訴えつつも自力で歩行できる状態であったことから、医療機関への受診を行わなかったわけです。そのことについて医師に対し事故の状況やその後の症状等について説明を行い、転倒した女性の痛みの原因や必要な措置に関する助言を受けていれば、直ちに痛みを生じている部分を固定し、医療機関を受診するようにとの指示を受けることができたのに、翌日まで右足大腿部頸部骨折の傷害について適切な医療措置を受けることができなかったことによっての肉体的、精神的苦痛を受けたとして、法人側に損害賠償義務を課した事例でした。つまり、通所介護の提供を行っている時に、利用者の病状に急変が生じた場合、その他、必要な場合には、通所介護事業所側が利用者の家族または緊急連絡先に連絡するとともに、速やかに主治医または歯科医師に連絡を取る等の必要な措置を講ずべき義務を怠った、という内容です。ですから、事業所側には、事故を引き起こさないような安全配慮義務が課せられるだけではなく、事故後に適切なタイミングで医療機関に受診させなければならない義務までも負うということです。

ここで難しい点としては、高齢者なかでも認知症を患う方の場合、転倒等で大腿部の頸部骨折や圧迫骨折に到るような場合であっても、痛みや腫れ、熱などの症状が現れるのにタイムラグがあり、看護師を含めた医療関係者であったとしても、実際にレントゲン等で映し出さなければ骨折している事故であるのかどうか、微妙なケースが多々あるということです。ある例では、転倒により、確実に骨折しているだろうと病院に連れて行ったところ、医師から「たしかに圧迫骨折していますが、この一年ほどの間で複数回の骨折の跡がみられますよ」という言葉を聞かされることもあるわけです。介護スタッフからみて、利用者の軽い転倒であったとしても、必ず病院で受診させなければならないとすると、一日に何回、救急車を呼ばなければならないのか、というため息と同時に諦めにも似た感情が湧きあがることでしょう。

先の判決内容にもありましたが、「利用者の病状に急変が生じた場合」には、当然のことながら家族に連絡し、相談のうえで医療機関への受診という流れにはなりますが、「結果として」病状に急変があったとみられるような、見た感じでは分からなかったが、実は骨折していた、というような場合、誰が病状の変化を確定し、そのためにどのような情報から判断するのか、が非常に難しく悩ましい場面でもあります。

治療のために安静にして回復を待つという病院とは違い、高齢者施設を含め、今回の事例のような在宅介護サービスにおいては、高齢者の生活の一部としての機能を担っているわけですし、また自立支援という考え方からも、歩いたり、食べたりという行動への支援が業務の中心なわけです。ですから、積極的な展開を図ればはかるほど、転倒・転落や誤嚥のリスクは比例的に増す結果となります。

介護業界だけではなく、すべての産業界で、リスクの問題が信頼の問題にすり替えられているようなきらいがうかがえます。

つまり、信頼関係が希薄になっているものですから、何等かの説明を行ったとしても、「そう言っているあなたは信頼できる人なのかどうか?」という見方を先にされてしまうわけです。介護現場でいえば利用者やその家族までもが低リスクを求めがちな昨今ですから、「説明責任を果たす」と同時に、信頼関係を育むような説明の仕方になっているのか、という視点も今後より求められるようになると思っています。