2026.05.06
Q. 4月からの新人スタッフも、それなりに頑張っていますが、彼らの介助や記録の書き方をみていると、介護事故が起きた場合、家族に何ら言い訳できる部分がなく、不安でたまりません。実のところ4月にも、転倒や誤嚥で亡くなられた利用者もおりましたし、今後、ご家族との交渉が始まります。ご家族からは、何回かの面談の後、電話ではありますが「損害保険の方ではいくらになりますか…?」という質問があるくらいです。 介護事故について、新人職員にも分かるような事故防止策について。
A. この4月から入職したような新人職員にとっては、はじめてのことばかりでしょうから、実際に大きな事故に到らなくとも、ヒヤッとすることは頻繁にあると思います。
新人研修等で、「裁判事例からみた介護事故の実態について話してほしい…」という依頼も多くありますが、新人職員に対し、あまり介護事故のリアルな実態や判決内容を伝え過ぎると、その恐怖感から介助に萎縮し、「リスキーな方の担当にならなくて良かった…」と思われるのも本末転倒なことです。だからといって、「事故がないように…」と、伝えないわけにはいきませんからね。ですから、新人職員に対しての介護事故防止に向けた伝え方には工夫がいることも事実です。
過去の連載でも何度かお伝えしていますが、「介護現場では事故は必ず起きる」ということを前提にしてください。それを利用者だけではなく、家族にも伝えておくことが必要です。自宅においても、転倒や誤嚥は施設での場合と比べて何倍もの危険性があり、また施設ではマンツーマンでの対応ができるわけではないことも。
では、どうやって、新人職員に対して介護事故の防止策を伝えるのか?
大規模災害時におけるBCP(事業継続計画)は、みなさんの施設や法人でも取り組まれていると思いますが、その手法が使えます。
BCPつまり事業継続計画とは、何か大きなトラブルがあった際、介護のレベルといいますか、水準がガクッと落ちるのを半分程度までのダメージで抑え、その後の復旧について、もとの介護レベルに戻すまでの期間を短縮させる、という取り組みのことです。介護事故についても、大規模災害時と同様なダメージがとくに働く職員に対して発生しますから。たとえば、転倒事故が同時に複数発生するだとか、転倒・誤嚥事故でフロアーにいる職員が総出となって対応しているさなか、違う利用者の看取り介護も同時にしなければならない状況であるだとか…。そうなると、その場しのぎの対応では間に合わないだけではなく、その後の家族への説明を含めた対応についても、後手に回ってしまい事実確認すらままならない状況も考えられます。
大規模災害時におけるみなさんの施設で、リスクを考える際の図上訓練と同じように、5W1Hの視点から、標準的な模範回答ではなく、みなさんの施設に応じた独自の対応や課題の「気づき」を理解しなければなりません。その「気づき」や「課題」を十分に引き出すため、何を行うのか(WHAT)だけではなく、誰が(WHO)、いつ(WHEN)、どこで(WHERE)、どのような手段(HOW)で行うのか、そして、なぜ(WHY)その回答を選択したのかを、より掘り下げるための訓練をしておいて頂きたいんです。
では、具体的に事例から演習していきましょう。
要介護度3で、85歳の女性利用者が、昼食後、トイレに行こうと立ち上がり歩き始めたところで転倒。あまりに痛みを訴えるので救急車を呼び、医療機関に受診させたところ、右大腿骨頸部骨折と診断された。
分かっているのはこれだけです。図上訓練のように、5W1Hの視点から分析していきましょう。そのなかで課題も浮かびあがってきますから。誌面の関係で、何を行うのか(WHAT)、誰が(WHO)、いつ(WHEN)について説明します。
何を行うのか(WHAT)
「なぜ、事故が起きたのか?」を真っ先に考えるべきではありません。事故は必ず起きるものですから。必ず起きる介護事故について、なぜ起きたのか? を考えてみたところで、あくまでも結果論にしか過ぎず、職員個人の問題や素質、頑張りに原因があるかのような流れになってしまい、次に事故を防ぎやすい体制作りには決してつながりませんから。
まず、事故をされた利用者のケアプランを確認してください。とくに別表(2)です。その用紙には、左から課題やニーズ欄があり、右に向かって長期目標、短期目標、一番右端に実施するサービス内容欄があると思います。事故発生の直近のケアプラン別表(2)で、とくに「実施するサービス内容」と、直近1ヶ月前までの介護記録を整理する必要があります。ケアプランと記録との整合性が非常に大事になります。それから、過去半年程度の「ヒヤリ・ハッと」も過失責任を問う上で重要になります。また、要介護度3ということですので、認知症も含め過去の既往歴の確認を医師の意見書からまず確認してください。
誰が(WHO)
「トイレに行こうと立ち上がった…」ということですから、歩行介助の必要性があったのか、先ほどのケアプランや記録等で確認できると思いますが、四六時中の介助が必要のない方や、見守り程度の必要しかない方の場合には、その事故発生時もっとも近くにいた職員からの聞き取りや、その利用者が属するフロアの責任者が、その方のことを一番知っているはずですから、相談員レベルの職員が聞き取りを行う必要があります。何を行うのか(WHAT)の確認も、フロア責任者と相談員クラスの職員で行います。
いつ(WHEN)
事故発生後、事故報告書を作成する必要があるでしょうから、その報告書作成と同時に、上記のことを確認する必要があります。もちろん、家族へ事故発生の一報を入れた後に、家族への対応が必要となりますから、事故発生の一報後、家族との面談や交渉の前に準備しておく必要があります。時間が経つほどに記憶も曖昧になり、かえって自己防衛的な感覚も頭をもたげるものですから。なるべく事故発生後時間をおかないことが賢明です。また、医療機関に受診とありますが、転倒後、何時間後に救急車を呼んだのか、という点も非常に大事です。「期待権の侵害」といって、「もっと早い時期に病院に連れて行ってもらっていれば、こんなにひどくならなかったのに…」という家族からの訴えは、転倒・転落事故裁判では必ず争点になる部分ですので。
転倒・転落事故における過去5年間ほどの介護事故裁判の争点は、
①「『ヒヤリ・ハッと』からみた過失の有無」
②「ケアプランと実施された介護記録との整合性」
③「リスクマネジメントに対する職員教員」
④「病院への搬送のタイミング(期待権の侵害)」
⑤「監督的立場(上司)にある者に対する指導義務」
⑥「適切な人員配置」となっていますから。