2026.05.06

Q. 「説明責任」の重要性や「伝え方」については理解できましたが、報告の仕方や教え方に何かコツがあれば教えてください。

A. 話すという「話術」が必要になります。そう、「話す技術」ということですね。

みなさんも介護保険制度が変更になった際など、行政関係者が行うような研修で、目を白黒させながら睡魔と闘った経験があろうかと思います。なぜ眠くなるのか…。話がつまらないからです。誤解しないで頂きたいのですが、何も行政関係者の話が上手くないと言っているのではありません。目的が違うからです。これらの研修は、単価の改正や、加算の取り方、それにまつわる注意事項といった事務的な事実関係の周知のみを目的としているからです。心に残るよう、何かの記憶と結びつけながら理解させるような性格の研修ではなく、正確に伝えることを目的にしているからなんです。

今回の質問者が、例えば法人内の研修等を任され、新入社員に対して話をしなければならない、と仮定しましょう。おそらく「法人の沿革と理念」のようなテーマで理事長もしくは施設長が話された後、「法改正も含めた介護保険制度の仕組みと理解」や「介護事故とリスクマネジメント」、「認知症高齢者の理解と正しい介護技術」、「社会人としてのマナー講座」などがあなたに与えられたオーソドックスなテーマでしょう。

これらのテーマとしては、客観的な事実として正確に理解し、誰が聞いても同じような行動や行為が期待されるものと、認識や考え続けることで理解を促すものとに分けられるでしょう。いずれにせよ、限られた時間内で、必要なポイントを繰り返しながら話す「術」が必要になります。

皆の前で話す、ということであれば、まず時間の尺が問題となります。10分~20分で終わるようなものではなく、少なくとも1時間以上の尺が与えられますから、伝えたい情報についての素材(ネタ)や仕込みが必要になります。話すということは、素材をどう仕込み、それをどう加工し、そして分かりやすくどう「伝える」のか、の連続的な作業をいいます。

皆さんも話し上手な人に対して、「引き出しの多い人」という表現を使ったことがあるかもしれません。その引き出しとは、話題やアイデアの豊富性を指しますが、引き出しの多さだけで話がまとめられるわけではありません。情報の多さでいえば、いまでは携帯電話やスマートフォンからインターネットを介し溢れんばかりの情報があるわけですから。その情報や伝えたい素材を、どう加工し、伝え、相手の心と頭に染み込ませることができるのか、が重要になってきます。情報「収集」能力ではなく、情報「編集」能力が問われるということです。

では、どうすれば溢れんばかりの情報に対して、何を選び、どう練り上げることができるのか…。
私の拙い経験から言いますと、20年以上ブログを書き続けています。書くための情報を入手するだけではなく、それを介護や福祉、そして社会保障との関係とどう結びつけていくのか、という思考の訓練にもなるからです。書くことを日常生活の中で義務化することで、そのほとんどが話の素材になり、引き出しの多さにつながってきます。

また日記ではなくブログと言いましたのは、ブログは少なからず第三者の目に触れ、時には炎上することも予想されるわけですから、絶えず読まれることを意識しながら文を書いているわけです。そこが日記と違うところです。皆さんも、日々の介護記録を、「誰かに読まれる」ことを前提に書くようにしてください。介護事故裁判では、ケアプランと記録との整合性が徹底的に検証されるのが常ですから。

遠回りなようですが、「書く」ことで「話す」こともある程度上達するものです。その逆も真なりです。話し上手な人は、書くことも上手な場合が多いです。具体的な技術になりますが、伝えなければならない「数字」については、見る角度や視点によって意味が違ってくるというトリックが含まれているものです。書くことに必要な要素は、「時間」と「編集能力」、そして最後に「物語性」を加えることです。書くことに慣れてくれば、話すことに余裕が生まれてくるわけです。

発想を変えてみましょう。皆さんは、どんな指導者(講師)になりたいと思っていますか? 印象に残ったその講師のどこを覚えていますか? それはなぜですか? このような視点から皆さんが「聞いてよく分かった講師」、「眠くならずに難しい話もよく理解できた講師」とは、以下のような点を工夫していると考えられます。

時間配分、話す時のスピード、伝えたいことの構成、重要な部分は繰り返すなどの説得性、話す際の視線や身振り(ゼスチャー)などです。それと同時に、研修会等では資料も配布されたりするわけですが、その資料(パワーポイントも含め)の見やすさ、文字の種類、文字の大きさ、段落の区切り、文章の配置(座り)、句読点や接続詞、助詞の使い方といった文章作法などの工夫によって、より話すことを際立たせるのにも役立ちます。
皆さんが今後、誰かの話を聴いた場合、このような視点から「評価」するのも、あなたが話をする際の振り返りができて良いかもしれません。

「教える」という技術については、教えなければならない知識でいうと、スマートフォンからインターネット上のものがガセネタも含め氾濫しています。正しい知識をどうつなぎ合わせ、未来への知恵と力にしていくのかがポイントになります。またその知識を縦横無尽に教えるために駆使するには、それらの新しい知識を引き出しに整理し、タイミングを計りながらその中身を引き出さなくてはなりません。そのためには、知識のポイント部分を記憶しておく必要があります。大規模災害時や突発的な有事への対応等に関しても、マニュアル等を引っ張り出して眺めている時間的余裕がないのと同じように、ある程度の「暗記」は必要です。ですから、ポイントとなる部分については、「覚える」という作業が必要となります。

「教えるための技術」として、小手先のテクニックや作ったような笑顔だけでは、聴いている者の記憶には残りません。やはり同じ話をするにしても、話す側の「人柄」や「生き方」が、聴く者にとっての記憶に残るわけです。

最後に、ここ数年間の介護事故裁判の争点をみても、「説明責任」が必ず問われていますし、来年度からの介護保険法の改正に伴い、ある一定の高齢者層にとっては負担増となる介護分野において、「なぜ、倍以上も利用料が上がっているのか…」、「先月よりかなり負担する金額が増しているが、食事や介護のサービスはなんら変わっていないと思うんだけど…」という質問は必ず出てくると思います。その際にどう説明し、説明するための知識をどう入手し、整理し、伝えるのかというところにまで持っていく必要があります。皆さんが果たすべき説明責任の履行の前に、何を説明し、どう組み立て、どう伝えるための技術を駆使していくのか、がポイントになるわけです。

そして、AIはすべての答えを、いまはほぼ正確に教えてくれます。ですが、その知識なり情報をもって、第三者に伝えるのは、あなた自身です。HPにある「日々の想い(note)」の「なぜ噺家なのか」、「なぜ交渉人なのか」もご覧になってください。

これからは、「伝える術」が重要になるんです。

AIは、いつもあなたを褒めて元気づけてくれるかもしれません。ですが、あなたの代わりになって、闘ってはくれませんから。