2026.05.06
Q. 家族からのクレームや苦情が後を絶ちません。もっともなご意見であれば、苦情といえども有難く改善に取り組めるのですが、無理難題に近い要求をされ、それを現場の職員にも強いるようなこともあるものですから、職員も嫌気がさしてその家族の利用者の担当を外れたいであるだとか、フロアの移動を申し出てくるだとか、それでなくても人員不足ななか、勤務のローテーションにさえ支障が発生するまでに至っています。 家族からの要求をどこまで聞き、また叶えることが望ましいのでしょうか?
A. これからの介護現場では、クレームや苦情がいま以上に増えることだけは間違いはありません。その背景につきましては、これまでの記事でも触れたところですから省略しますが、高齢者の層や家族の層が変わってきただけではなく、今後、ある一定の高齢者には自己負担が増すわけですから、その分、利用者本人や家族からの要求も高くなることは予想できます。
さて、今回の質問ですが、高齢者を預かる施設として、家族からの要望をどこまで叶えることが望ましいのか、つまり、どこまでが施設の責任で、どこまでを家族が負うべき責任の範囲なのか、という点ですね。
過去の記事でも取り上げましたが、在宅介護を受けていた認知症の高齢者が、徘徊中に鉄道の駅構内に侵入し列車に衝突。その賠償をめぐっての判例を紹介したことがありました。地裁の判決では、配偶者と長男である相続人に、認知症高齢者の監督義務があるとした内容でしたが、高裁では、認知症高齢者の配偶者である妻の責任だけを問うた結果となりました。その判決に到るまでの経緯が、今回の質問のヒントになると思われますから紹介します。
その前に、この事件の背景には、事故を起こした認知症高齢者がかなりの資産家であり、その配偶者や子どもたちも莫大な資産を相続することから、高裁では損害額の半分を相続人らに支払わせるという判断を下しました。
最終的には最高裁へ上告した事件ですが、このケースでは憲法判断を要する内容ではないため、高裁の決定がほぼ確定になると考えられます。
事故当時、84歳だった妻にのみ監督義務者としての責任が肯定された理由としては、「配偶者である」という点です。高裁は、民法752条の夫婦間における「同居し、互いに協力し扶助する」義務をあげ、婚姻中において配偶者の一方が老齢、疾病または精神疾患(認知症)により自立した生活を送ることができなくなり、徘徊等により自傷他害のおそれをきたすような場合には、夫婦としての協力扶助義務の一環として、その配偶者の生活について、自らの生活の一部であるかのように見守りや介護を行う身上監護義務があるとしたうえで、民法714条「責任無能力者の監督義務者等の責任」から、配偶者である妻を監督義務者に該当すると判断したものでした。
さらに配偶者には二分の一の法定相続分があることから、認知症の夫をもつ妻には、その加害行為によって生じた損害を支払うことも可能という考え方です。
一方、家長たる長男においては、監督義務者に該当すると判断した地裁に対し、高裁では成年後見の申立てがされれば成年後見人に選任される可能性が大きかったと推認されるものの、長男については後見人ではなかったことから、監督義務者としての責任を免除されています。この考え方からいえば成年後見人に選任されていたならば、妻である配偶者同様、認知症になった家族の監督義務を負うことを示唆するものです。
では、今回の相談に引きつけて、特養を含めた老人ホームに入所している高齢者の配偶者や、他の家族の責任についてはどうなるのでしょうか。
上で紹介した鉄道事件の判決から類推すると、配偶者以外の家族(息子や娘)は、成年後見人に選任されていないとするなら、身上監護上の義務はなく、民法の扶養義務規定からも、年老いた親を成人になった子が看る義務は最低限のものでありますから、老親を看る責任はほとんどないことになります。となりますと、親を老人ホーム等に入所させている場合には、介護が必要である老親と施設の母体である法人との契約ですので、何か施設内で介護事故等が発生した場合であっても、利用者と法人の理事長(営利法人であれば代表者)との関係に基づく請求なり賠償であって、過度なクレームや苦情を利用者の家族が申し出ることこそ、そもそもお門違い、という考え方になります。
さらに、入所している利用者の配偶者である場合、今回の高裁判決に従えば、夫婦間において配偶者の一方が老齢、疾病または認知症のような精神疾患により自立した生活を送ることができなくなった場合においても、生活全般に対して配慮し、介護し監督する身上監護を含めた協力扶助義務を配偶者は負うことになりますから、高齢者の老人ホームへの入所は、配偶者が存在しない場合もしくは配偶者がいたとしても例外中の例外的な現象になるわけです。くわえて配偶者には二分の一の法定相続分の権利も有しているわけですから。
この場合であれば、配偶者が本来義務として行うべき他方の配偶者の介護を、老人ホームに託しているという形をとりますから、老人ホームに入所していない配偶者からの施設へのクレームや苦情も、これまたお門違い、ということになります。
介護保険法上の介護サービス利用契約に基づき権利である、という考え方もできますが、費用のほとんどを税金と皆から集めた保険料で賄っているこの制度の、サービスを受ける権利性など、あってないようなものです。
ここまで話を整理しましても、介護現場で日々起こっている介護事故やクレーム・苦情に対して、より有効的な回答は導けません。クレーマーな家族に法律論で話をしたところで、火に油を注ぐだけでしょうから。民法で規定する夫婦間の協力扶助義務や家族責任、または今回紹介をした判決が間違っているのか、はたまた親を施設に預けておいて、過度なクレームや苦情を申し立ててくる家族の方が間違っているのか…、今後ますます増加することが予想されるクレームや苦情について、介護現場は介護現場での対応を図っていく必要があるでしょう。これまでのリスクヘッジの考え方では通用しません。リスクが発生する背景や環境が、過去のものとは異なるからです。
このようなことから、2026年10月にカスハラ法が施行され、過度なクレームや無理難題を吹っ掛けてくる利用者の家族等から職員を守ることができるようになりました。
ですが、法的に必ず問題になる点がここです。
「利用者や家族からのその行為で、サービス契約の解約なり解除ができるのか…???」という点です。