2026.05.06

Q. お昼ご飯の最中に、誤嚥の事故が起こりました。幸い、利用者が死亡に到るようなことにはならず、周りのスタッフによる迅速な判断と処置とで事無きを得ました。 ですが、介護スタッフは事故当時、利用者の口にタイミングよく食事を運び、喉を注視しながら飲み込むまでの確認も怠っていませんでした。しかし、むせない誤嚥だったようで、「気づくのが一歩遅ければ…」と思うと、まだ研修中である新人が大量に入社してくる四月以降、不安でいっぱいになります。

A. 介護事故については、これまでも具体的な事例を中心に、その争点から皆さんに考えて頂ける素材を提供してきたかと思いますが、今回は、もう少し大きく介護事故そのものについて解説したいと思います。

そもそも「介護事故」については、転倒・転落や誤嚥といった現象そのものについてのイメージははっきりとしているものの、介護事故の定義となると、いまだに確立されたものはありません。

言葉のニュアンスによるものでもあるのですが、「介護事故」の介護というのが、高齢者のみならず障がい者や子どもに対してのケアまで含みこんでしまうという点や、また「介護事故」の事故という考え方も、医療過誤などと比較した場合、医療過誤のように積極的な行為について誤りがあった、つまり、ある特定の不適切な行為を行ったことによる損害というよりは、むしろ介護事故の場合には、「何もしなかった」ことによる損害の発生が問題になるわけです。「うっかり、目を離したすきに…」という具合です。

介護現場で起きる事故というものは、高齢者施設のように彼らに生活の場を提供し、その場の管理を任されている責任の下で発生する点に特徴があるものですから、「気づかなかった」、「誰も見ていなかった」という不作為が、争点になってしまうという性格を持っています。

ただ、そうなりますと、介護サービスを利用する段階で、転倒・転落や誤嚥のリスクが非常に大きい高齢者を預かるわけですから、無限大に責任があるように思われるかもしれません。しかし、高齢者自身の責任(過失)を問う裁判事例も少なくはありません。たとえば、59歳の障がい者に対する歩行介助が争点になったケースでは、「(原告は)おそらく少しくらいなら大丈夫との判断に基づいて歩き始めたものと思われるが、結局、本件事故は、判断を誤って介護者なしで歩き始めた原告自身の過失によって生じたものといわざるを得ず…」という判決や、また85歳の高齢者が区立の保養所の段差によって転倒し骨折したケースでも、「原告は、高齢者が急いで降りることは危険であることを十分認識していたものと認められる。…原告の側にも、踏み台のある洋室側から降りないで、踏み台のない通路側から急いで降りた点に相当の過失がある。」として、原告側に6割の過失を認めたものもあります。

ただし、以上のようなケースでは、認知症等がなく、判断能力が十分にある高齢者に対しての過失責任を問うものですが、高齢者施設での利用者の場合、ほとんどが認知症等で判断能力の乏しい利用者が相手となるため、一般的な市民法的感覚が通用しないということになってしまいます。ですから、介護事故の防止と、認知症ケアの充実とは車の両輪のように同時並行での研鑽が必要になるということです。

デイサービスやショートステイといった介護保険法上では在宅サービスに位置づけられているようなサービスであっても、要介護高齢者の身柄を預かっている場でのサービス提供中の事故という意味では、責任の重さはさておき、責任の有無については有ると言わざるを得ないのが実情です。過去の裁判事例から判断しても、転倒・転落や誤嚥と死亡との因果関係が明確ではなくとも慰謝料という名目で、損害額が認定されているケースが多くみられます。因果関係が十分に確定されなくても、「預かっていた」というだけで場を提供した施設や法人側に非があると言われれば、預かった側としてはたまったものではありません。

最近の厚生労働省『人口動態統計』からみた「不慮の事故死亡統計」では、誤嚥等の窒息でみると、高齢者施設での窒息死の6倍以上が自宅での窒息死となっていますし、転倒・転落でみると自宅での死亡事故は高齢者施設の約10倍近い数字となっています。ということは、専門職である介護スタッフの努力によってこれらの死亡事故を未然に防いでいる実態も存在するわけです。介護サービス利用時に、家族に対してこのような実態をお話しするかどうかまではともかくとして、高齢となり生物体としての機能が低下してきているような場合、ご相談にもあったように、いくら十分な見守りを実施していたとしても、避けられない現象が発生するわけです。

なかでも、高齢者施設で多発する介護事故については、転倒・転落が最も多く、ついで誤嚥となりますが、この二つには明らかな違いがあります。誤嚥事故の場合には、ある意味でall-or-nothing(オールオアナッシング)なところがあり、誤嚥が発生しても蘇生や適切な処置によって回復したとすれば、事故が起こる前の状態に戻れるわけです。さもなくば死亡か。また、食事が喉に詰まった場合の窒息と、食事中に心不全や心筋梗塞等が発症し吐き戻っての窒息とは、過失割合が異なるようにも思います。なので、十分な見守りをし続けていたにもかかわらず、事故を防ぎきれなかったということは起こり得るわけです。しかし、転倒・転落の場合には、最悪死亡に到らなくとも、大腿部の頸部骨折や圧迫骨折の結果、要介護度が上がるなど、より重度化するケースがほとんどなものですから、転倒・転落の恐れのある高齢者には、たえず見守る必要が施設や法人側にはあるということなんです。ですから、ヒヤリ・ハッと等の分析の仕方も、誤嚥事故と転倒・転落事故とでは違った論議が必要ということなんです。

介護事故をゼロにすることは無理です。事故は必ず起こるものと認識してください。

そのうえで、どこまでのリスクを負えるのか、どこまでが現在の施設のハード面、またマンパワーで対応できることなのかを、精神論だけではなく考え続ける視点が必要となります。