2026.05.06

Q. 私が勤務する施設でも、近くの河川が決壊し、施設の一階部分は完全に水に浸かってしまいました。勤務して15年目を迎えますが、ここまでの浸水は初めてのことでした。避難指示が出された時には、避難するべきなのか、籠城スタイルの立てこもり型で耐え忍ぶのか、非常に迷いました。

A. 線状降水帯等による豪雨、それに伴う大規模な浸水によるリスク。

一番試されるのが、「避難するタイミング」です。以前の記事でも、触れたところだと思いますが、宮城県岩沼市の海岸線に面している特別養護老人ホームの職員・利用者全員が、当初計画されていた避難場所ではなく仙台空港に逃げ込み、九死に一生を得、「奇跡の生還」とメディアでも大きく報道された施設がありました。

私も調査のために何度も訪れ、施設長や管理者の方にお話を聞く機会に恵まれました。避難のため、利用者を乗せた車両を仙台空港まで職員がピストン運転し、恐怖のなかでひどく動揺しているに違いないわけですが、「なぜ、冷静に行動できたのか…?」を伺ったわけです。それに対して、「津波の恐ろしさが分からなかったから…」という返事を聞いた直後、次の大規模災害の怖さが分かったようにも思えました。

つまり、次の千島海溝地震や首都直下型地震、そして南海トラフ地震であろうと、地震に伴う巨大津波が海上で発生し、数十分後、陸地にもたらす惨状を、我々は既にメディア等で知っているわけです。冷静でなくなった場合の、次の対応ほど恐ろしいものではありません。ですから、私たちは、「危険や危機」を「恐怖」にまでしない備えが必要であるということです。そのためには、「判断」するための「状況確認」が必要となりますし、その「タイミング」や、「根拠」が求められます。

質問にありますような「避難するタイミング」については、被害の発生についての予見が可能であったか否かが問われます。先の東日本大震災による大津波で犠牲となった、町立保育園園児の遺族が提訴した裁判でも、町側に地震に伴う大津波によって、浸水範囲が保育所のある陸地にまで及ぶことが予測し得たかどうかが争われました。

提訴された町立の保育所は、海から1.5キロ離れたところにある平屋の建物であり、町のハザードマップでも津波浸水予測区域外とされていました。保育所では、発災直後、防災無線やサイレン設備が破損し、ラジオやテレビも停電になり視聴不能となったことから、保育士が町の災害対策本部まで車で赴き、災害対策本部長である町の総務課課長に指示を仰いだわけですが、「現状待機」との返答を得たわけです。その回答を保育所に戻り園長に伝え、結果として発災直後から1時間15分間も園児らと保育士は園庭に待機し続けたため、避難が遅れた3人の園児が亡くなったわけです。

争点としては、保育委託契約の債務不履行ということで、町立保育所である園児の避難方法を求められた際に、避難を要する旨の指示をすべき義務、保育士に園児らを安全な場所に避難させる義務、保育士らに、避難の際に少なくとも一人の保育士が一人の園児を誘導するなどの適切な方法で避難すべき義務、等があげられました。

質問にある、「避難するタイミング」に絞って、町立保育所での争点を整理すると次のようになります。

・避難指示を出すほど、保育所に津波が到達することを予見できていたか?
・予見するための情報を収集できていたか?
・その情報のなかから、予見すべき危険性の程度は?
・保育士や現場のスタッフに求められる避難させるべき義務は?
・避難指示を仰ぐ、避難指示を受ける…。はたしてその指示は的確なものだろうか?

地震や津波についての情報収集という意味では、電気等のインフラがストップするなか、町の災害対策本部は、設置されたテレビ(ワンセグ)やラジオによる情報収集、つまり災害対策基本法第23条の2第4項1号で定められた情報収集の事務が、適切に遂行できたのか否かが問われました。また保育所では、保育委託契約に基づき園児を保護者に引き渡す義務を行うにあたって考慮すべき点が問われ、被災している周囲の状況により園児を他所に移動させることについての危険性の有無や、園児を迎えに訪れる保護者による保育所において引き渡しを受けることへの期待、さらに保育所において園児を引き渡すことの確実性、その具体的な方法などが争点になりました。

さらに個々の保育士に対しても、保育委託契約に基づいて、園児らを安全に保護者に引き渡すため、災害発生時に情報を収集し、収集した情報をもとに避難させる等の義務について問われましたが、今回のケースでは、保育士の一人が災害対策本部に避難指示の伺いをたてたところ、本部長による「現状待機」の指示を得ていたことから、保育士個人による予見の可能性を低くみた結果となりました。最後に、1人の保育士が1人の園児を誘導するなどの方法で避難すべき義務については、どの方向からどの程度の津波が押し寄せているのかの情報を得ることなく、津波が目前まで迫ってきている危機的状況のもとでは、避難行動として保育士各自が速やかに園児とともに津波から遠ざかることしかできなかったであろうと結論づけています。

このような視点から、町立保育所で保育中の園児らが巻き込まれて死亡した事故につき、町側に予見可能性がなかったとして町の責任が否定された事例でした。過去の連載でも、同じような東日本大震災による津波によって、幼稚園児たちが送迎バスとともに巻き込まれ死亡した裁判を紹介しましたが、その場合の予見できたかどうかの可能性としては、地震学者でも予知できなかった巨大地震の発生という点ではなく、その後に襲ってくるであろう津波被災の可能性を、防災行政無線やラジオ放送によって予見できたかどうかという視点から、学校法人である幼稚園側の責任を重くみた判決でした。

保育所と幼稚園とでは、行政管轄が異なるものの、避難弱者という点では共通しています。避難弱者である災害弱者は、今回のケースで紹介しました子どもだけではなく、障がい者や妊産婦、そして皆さんが勤務する高齢者施設のお年寄りも当然のように含まれます。

避難する場合の情報収集、避難先、避難する経路の確認、その具体的手段、順序等、これらから「避難するタイミング」を計る必要があります。