2026.05.06

Q. 転倒事故が毎日のようにあり、その対応に苦慮しているところですが、利用者の転倒後、どのようなタイミングで病院に受診させればいいのか非常に迷います。病院であれば医者がいますので、すぐに指示を仰ぐこともできるのですが…。アドバイスを頂戴できれば幸いです。

A. 「同じ利用者が、ひと月の間に何度も転倒してしまう」という現象は、ごく当たり前のことです。

それを介護職員の怠惰さや努力不足からくるものであると理解しないでください。事故が起こることの可能性や、マンツーマンの介護ではないことに加え、施設としてどこまでの努力が可能であるのか、可能な限り事故を防ぐために法人としてどのような工夫を行っているのか、を利用者やその家族に説明する責任が、今後より必要になると思います。
さて、転倒事故後の医療機関へのアクセスやそのタイミングについてということですね。「期待権の侵害」といいます。

最近の転倒事故でも、医療機関に速やかに連絡し、医師の診察を受けさせるべき義務が争点になっているケースが多くみられます「適切な診療に基づく治療が行われていれば、救命された(後遺障害を残さなかった)可能性が極めて高い」と判断されたような場合に、適切な治療が行われることへの期待を裏切ったという発想のものです。

介護現場での転倒・転落にひきつけて言うなら、「転倒や転落が起こった後、症状が治まっているように思えたので医療機関に受診せず、看護師の判断で様子をみることにした。しかし、その後の診断で大腿部頸部骨折や圧迫骨折が発見された。その間の数時間、母親は痛い思いをし続けたことで期待権を侵害した」という感じでしょうか。

高齢者がデイサービスの送迎中のバスの中で転倒し、看護師が利用者の足のつけ根や腰を確認し、外傷や熱感、腫れなどの異常所見が確認できず、また自力での歩行が可能であったことから、すぐに医療機関への診察が必要ではないと判断したものの、結果として翌日に右大腿部の頸部骨折が判明した最近の判例があります。このケースでは、利用者を常時見守るなどして転倒を防止すべき義務に対する違反については、「…排尿を済ませ、忘れ物を確認した上でデイサービスの車両に乗車した利用者が、職員において他の利用者の乗車を介助するごく短時間の隙に、不意に動き出して車外に降りようとしたことについて、これを具体的に予見するのは困難であり、介護のあり方として相当な注意を欠くものであったとはいえない」として、デイサービス側の責任を否定しました。しかし、医療機関へ速やかに連絡し、医師の受診を受けさせるべき義務には違反しており、期待権を侵害した、と判断しました。

その理由について説明したいと思います。まず、判決としては「(デイサービス側に)利用者である高齢者の生命、身体等の安全を適切に管理することが期待されるもので、介護中に利用者の生命及び身体等に異常が生じた場合には速やかに医師の助言を受け、必要な診療を受けさせるべき義務を負う」という前提に触れた後、転倒した利用者が痛みを訴えながらも、当日の午後7時と11時の2回にわたり自力でトイレに向かっていたことや、利用者の家族に事故の報告をした際も病院に連れて行くようにとの要望を受けていなかったことから、緊急性を要しなかったとデイサービス側は主張しました。しかし「…医師に対し事故の状況やその後の症状等について説明をした上で、利用者の痛みの原因や必要な措置に関する助言を受けていれば、直ちに痛みを生じている骨折部分を固定し、医療機関を受診するようにとの指示を受けることができたものと認められるから、利用者が翌朝まで右足大腿骨骨折の傷害について適切な医療措置を受けることができなかったことによって生じた肉体的精神的苦痛について、デイサービス側は債務不履行による損害賠償請求を免れない」として利用者や家族からの期待権の侵害について認めたものでした。

この期待権の侵害をめぐっては、過去の最高裁判決が一つの基準となっています。ですが、この期待権については実定法上の定めがない抽象的な権利侵害の考え方でもありますから、利用者や家族が「過剰な期待」をしているような場合にあっては、医療・介護関係者に過度なプレッシャーがかかってしまうことに他なりません。ですから、冒頭でもお話ししましたように、施設として対応可能な範囲や、事故を防ぐために取り組んでいる点などの説明責任が問われるわけです。

先ほどのデイサービスの送迎車内での転倒事故をめぐっては、被告である法人側内部で、看護師である職員が利用者を病院に連れて行くようにとの指示をしなかった、と責任転嫁的な主張もあるのですが、裁判所は「看護師は被告側内部の人物であり、同人がその判断を誤ったことが法人側の責任を免ずべき理由とならないことは明らかである」として、一蹴したものでした。

このやりとりからしても、一見何ら外傷がないように思える転倒等の事故であった場合、「誰が何をもって医療機関への受診が妥当と判断するのか」が問われるわけです。老人保健施設とは異なり、特別養護老人ホームでは、医師が常駐しているわけではなく、例えいたとしても診察できるだけの処置室を有しているわけではありません。とくに認知症を患う高齢者の場合、骨折をしていたとしても症状を訴える能力が乏しく、さらに痛みや熱発等の症状が出るまでにタイムラグがある場合が考えられます。あるケースでは、利用者が介助中に転倒し、あきらかに圧迫骨折等を引き起こしているだろうと職員が思い救急車で入院のできる病院に搬送したところ、医師がレントゲン写真をみながら、「確かに骨折しているが、この1年の間に同じ個所が複数回骨折しています」という笑い話にならない話を聞いたことがあります。

では介護現場として、医療機関への搬送という視点から、どのタイミングでどのような判断をなすべきなのかについてお話しします。過去の記事にも書きましたが、介護事故についての定義は存在しません。

「転倒・転落」や「誤嚥」といった現象があるだけです。介護保険法令の運用規定上にも「…利用者に病状の急変が生じた場合その他必要な場合には、利用者の家族または緊急連絡先である後見人に連絡するとともに、速やかに主治医または歯科医師に連絡を取る等の必要な措置を講ずること」という規定しかありません。具体的なことは法人や事業所で定め、定められたことの「合意」が必要であるということです。つまり、どの程度のことを介護事故とし、どこまでをヒヤリ・ハッととするのか、といった事業所内での取り決めと同様、どの程度であれば看護師に相談すべき事象なのか、逆にいえば、どの程度までであれば現場のスタッフの判断で次の介助に移れるのか、という基準です。そして次に現場の看護師を含めた医療スタッフが、どの程度であれば自らの専門職の範囲内で処置しても許される範囲であるのか、また医師に連絡し指示を仰ぐべき事象なのか、それとも救急車による搬送をすぐにでも行わなければならないようなケースであるのか、の基準を施設内でつくり、その「周知」と「合意」が必要というわけです。