2026.05.06

Q. 利用者家族からの期待も大きいなか、どうすれば介護事故をなくすことができるんでしょうか?

A.「どうすれば、介護事故をなくすことができるのか…」。

その方法はありません。

介護現場では、必ず事故が起こる、と考えて下さい。事故が起こるということを前提に、「起こさないための取組みと」と、「起こしてからの対応のあり方」が重要だ と思って下さい。
くどいようですが、事故は必ず起こるものですから。「介護事故、ゼロ」と、「オムツ、ゼロ」とはわけが違うんです。

介護事故の法的な分析につきましては、過去のご質問で答えておりますから、それを参考にして頂きたいと思いますが、少なくとも事故をなくすという視点からではなく、 「事故にどう向き合うのか」という観点から話しを進めたいと思っています。

高齢者施設で起こった転倒事故の裁判から考えていきましょう。
この事例は、事故当時78歳で、骨粗鬆症、パーキンソン病(重症度分類が4)、高血圧症、神経症、抑うつ状態、めまい、そして軽度の認知症等の既往歴のある高齢者が、早朝に転倒していたと思われる事例です。

「早朝に転倒していたと思われる」と言いましたのは、早朝に介護士が車いすで原告をトイレ誘導した際、自力でトイレブース内の手すりを使って車いすから便座まで 移動しての排尿時、「私、転んじゃったの」という利用者の発言から明らかになったものです。

ここで紹介する主な争点は、転倒回避義務違反に係る債務不履行ですが、それよりもその背景に何があるのかを探っていきましょう。

利用者の家族側は転倒の回避義務違反について、
1、転倒しないよう介助することができるよう、職員らが十分に見守りできる場所に原告のベッドを置き、適切に見守りをする義務。
2、排泄介助を工夫する義務。
3、職員が随時応援に入れるような柔軟な勤務体制にする義務。
4、日常的に適切な歩行訓練をする義務。
5、転倒を防ぐため、ベッドの高さの低くする義務。
6、側面に手すりを設置する義務。
7、転倒時の骨折を防ぐために弾力のある床材を使用する義務。
を主張していました。

高齢者施設では、とりわけ「転倒事故」が最も多く発生するものですから、皆さんの施設でもこのようなトラブルがあった際、以上のような点で家族からのクレームに対 応しなければならないということです。

私がとても気になった点としては、上記の5「転倒を防ぐため、ベッドの高さの低くする義務」と、7「転倒時の骨折を防ぐために弾力のある床材を使用する義務」についてです。施設側は、5について「利用者がベッドに座った際、足が床に届く位置に設定し、もっとも立ち上がりやすい高さになっている」と主張しました。
7については、「弾力のある床材にしてしまうと、車椅子での移動やベッドの移動がしづらくなり、利用者にとっても歩きづらく転倒しやすくなってしまう」と抗弁しました。たしかに利用者の歩行を安定させる取り組みとしては、模範的な答えであると思いましたが、介護記録によると、「…夜中に転倒したと話す。ポータブルトイレの蓋を取ろうとしてよろけて転ぶとのこと。」、「…シルバーカーを引いて後ろ向きに歩いていたら後ろ向きに転倒したとのこと。」、「…居室中央で倒れているとのこと。」同室者によると、「…トイレに行こうとしてシルバーカーごと倒れたとのこと。」と、約1年間の記録の中にほぼ毎月2〜3回程度の転倒記録があるわけです。
その表現も、「—のこと」というように、直接の転倒を見たわけではない、聞き取ったような状況が伺えるわけです。

施設内での転倒事故の場合、職員による介助中に転倒させてしまったというよりはむしろ、「いつの間にか転倒していた」というように、転倒から時間が経過した後に転んでいることを発見するようなことは非常に多いと思います。当然のことながら、介護保険法上でも施設であれば3対1の職員人員の配置基準ですから、マンツーマンでの介護ではないので、観察に不十分なところがあるのも致し方ない点です。
また、ひと月の間に何度も同じような転倒を繰り返し、スタッフもそれなりの対応を会議等で確認するものの、決定的な解決策が見当たらないまま、「見守り」を続ける場合もあろうかと思います。

ですが、今回のケースの場合、「利用者がベッドに座った際、足が床に届く位置に設定し、もっとも立ち上がりやすい高さになっている」であるだとか、「弾力のある床材にしてしまうと、車椅子での移動やベッドの移動がしづらくなり、利用者にとっても歩きづらく転倒しやすくなってしまう」という、立ち上がりやすく歩行を容易にするという、一見正論のように見える主張も、一年間を通じて同じような発見できなかった転倒が十数回みられるということは、歩く条件を整えながらも放置しているような環境から、施設側の主張に後付けのような言い訳にしか思えないような抗弁が繰り返されているわけです。

介護事故のリスクを最大限少なくすることは可能です。先ほどの事例のような転倒のおそれのある利用者の場合、部屋の中心に畳を敷き、そこでベッドではなく布団にすれば、完全に立ち上がれないものですから転倒のリスクは極端に減少できます。誤嚥のおそれのある利用者に対しては、胃瘻造設することで誤嚥する危険性は激少します。ですが、それはもう介護ではなくなるわけです。

介護事故のリスクマネジメントとは、事故を完全になくすことではなく、「どこまでのリスクを背負うのか」という視点が必要です。歩行訓練をすれば転倒骨折のリスクはつきまといます。経口摂取することで食事の喜びを与えようとすれば、誤嚥による窒息のリスクはあります。

ではどちらの選択を支持するのか? 完全にリスクを取り去る非人間的な介護と、リスクを抱えながらもそのリスクを前提とした介護と。答えは、法人の理念を再度確認してみて下さい。施設であれば玄関等に大きく掲げてあるはずです。その理念に照らし合わせた場合、どちらの介護を行うのか、迷った時には法人の理念に立ち返って下さい。

もともと高齢者施設に入所されるような要介護者は、リスクの塊のようなものです。そのリスクとどう付き合うのか、どこまでのリスクを良しとするのか、それを職員全員で合意することが、いまできる最大のリスクマネジメントなんですよ。