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Q11. 先生、はじめてご連絡します。私は、某専門学校の介護福祉士コースに所属する2年生で、この春に卒業する者です。実は、先月、以前から就職したかった特別養護老人ホームから内定通知を頂き、とても喜んでいたのですが、先日、内定の取消しを施設から電話でもらいました。
以前から就職したかった施設でしたので、ボランティアにも参加し、実習にも行き、実習の段階から「是非、うちで働いてもらいたいから、はやく履歴書をもっておいで」と施設長にも言われているような状況でした。内定取消しの理由は、私が毎日書きこんでいる携帯のブログを施設のどなたかが見て、そのことが施設長の目に触れ、内容が守秘義務違反にあたる、とのことでした。
大学の図書館に置いてあった『月刊老施協』の「教えて介護保険 Q&A」を以前から読んでいたので、たまらなくなり先生にメールを打ちました。
これから私はどうすればいいのでしょうか? 現在も施設職員になるために就活中です。
A11. これは、ひと月ほど前に頂戴したメールの内容です。この学生さんには、「早く元気になって、吉報を待ってるよ」という返事をしましたが、この問題につきましては、守秘義務違反というだけではなく、現在問題にもなっている情報漏洩につながる視点として、このコーナーに載せたいと思います。
皆さんもご存知のように、海上保安職員による尖閣諸島ビデオ流出事件といい、警視庁は認めてはいませんが、テロ関係の治安に関するインテリジェンスの漏洩しかり、またアメリカでのウィキリークスが流出させた極秘外交文章など「情報漏洩」に関する事件が、非常に多く報道されています。
まず、今回の相談の争点ですが、まだ職員ではない学生さんが書き込んだブログの内容が、内定の取消しに該当するような内容であったか否かです。想像の域を超えませんが、この学生さんは、この施設に就職したくてたまらなかったことを考えると、強烈な施設批判というものではなく、実習中のものであれば「利用者さんのことを考えると、職員さんの対応は冷たく感じた…」であるだとか、内定までに就職面接やレポートの実施があったと思われますが、面接での聞かれた内容などをブログに載せていたのではないかと思われます。あと、気になったことが、ブログの中で実習期間中やボランティア等の際に接した利用者さんの名前や写真を載せてはいないか、という点です。今回、相談のあった学生さんの内定取消しについて、ブログなどの情報発信(漏洩)が内定取消しの事由にあたるのかという点ですが、そもそも採用の内定とは法律上どのような位置にあるのかについて説明したいと思います。まず内定とは、応募者に対する会社の採用予定の通知とこれに対する応募者の承諾によって労働契約が成立します。つまり、会社側が「うちで仕事をしてもらいたい」との願いを込めて、求人(アプローチ)活動をし、学生さんを含めた社員予備軍が応募(エントリー)。そして面接等を実施し、会社側が「この人に来てもらいたい」と願い出るのが内定ということです。正確には、解雇権留保付きの労働契約です。結婚までの儀式で言えばプロポーズです。このプロポーズにエントリーした者が納得すれば、内定の承諾となるわけです。一般的には、会社側が内定通知(必ずしも文章によるものではなくても口頭でも可)を出すと、就職確定という考え方になりますね。
では、内定の取消し、つまりすでに成立した労働契約の一方的な解約(解雇)、先ほどの例でいうなら、プロポーズの撤回となる理由としては、学生さんの場合なら「学校を卒業できなかった場合」があてはまり、「健康診断に異常が認められた場合」、「犯罪を犯し刑事訴追されたような場合」など、会社側として採用内定当時知ることができず、また知ることが期待できないような場合であって、内定の取消しが客観的に合理性をもち、社会通念上相当として是認されるものに限られる、というのが一般的な考えとなっています。
ですが、昨今の経済事情からみて、内定の取消しもやむを得ないという状況もあり得るわけですが、その場合であったとしても、会社側としては整理解雇に準ずる取扱いが必要になりますから、内定の取消しについて十分な必要性があったこと、会社側として内定取消しに回避の努力を行ったこと、取消しとなる対象者の選定が妥当であったこと、そしてこれらを含めて内定者に十分な説明と協議を行うことが求められます。
もちろん、条件付とはいえ、将来的な労働契約が結ばれているのですから、内定を受けた側としては、内定をもらった時点からの就職活動を中止するわけなので、その機会を失ったことについての賃金補償を会社側はしなくてはなりません。
今回の相談の内容では、内定取消しの連絡があったということですが、ずるいことを考える法人では、今のご時勢のなか、内定取消しを出したことに社会的バッシングのリスクを考え、学生さんの側から「内定辞退」を促す場合もあったと思われます。今回相談のあった学生さんの場合、施設側に内定取消しについて異議をとなえ、全面的に争そい、仮にそのまま内定取消しの取り消しがされ、就職できたとしても職場内で居づらくなることは想像がつきますので、今回は次への就職先にチャレンジすることを勧めたいと思います。
ですが、これらを含んで、施設側が横柄な対応をとることは極めてリスクが高いと思われますし、今後、このようなケースが増加することを考え合わせると、法人としてもケースの蓄積として内定取消し者に対する説明責任のあり方や手続き、その方法への対応と対策として真摯に受け止める必要があると思います。
現在の情報社会ですから、今回のブログだけではなく、ツイッターや動画発信情報YOU TUBE(ユーチューブ)、誹謗中傷満載の2チャンネルなど、手軽な情報発信装置やそのための手段は、規制できないほど私たちの身近に、それも生活の手段として存在しています。
施設の管理者からみれば、今回のトラブルが、これから就職しようとする学生さんのみならず、現在勤務している職員が、相談者と同じように情報を発信している危険性があるということです。
ですから、「情報は漏れるもの」という認識が必要であって、「隠せるもの」という発想はナンセンスな考え方です。情報が漏れることを前提としたリスクヘッジのかけ方が、これからは必要なんです。
「ブログやツイッター、YOUTUBEっていったい何?」という管理者や法人のトップがいるところでは、今回の相談者のような場合、終始感情論や昔の精神論、経験論で処理される危険性が極めて高く、情報の漏洩に対するリスクよりも、こういった管理者やトップがいることのリスクの方が本当は問題なんですよ。
Q12. 4月からの新入社員研修について、頭を悩ましています。昨年暮れまでのところで、施設に必要な人員確保のために採用面接も行い、内定通知、承諾通知ももらい、3月からの入社前研修として実際の業務に慣れてもらうための研修計画を送付したところ、今の時期になって採用予定だった者の保護者から連絡があり、「給与額が納得できない。夜勤等の労働時間が長すぎるのではないか…」などの問い合わせがあり、結局採用予定者である本人ではなく、保護者の方から内定の辞退を一方的に申し込まれました。
その結果、今のこの時期になっても採用面接をしなければならない状況です。
このような事態にならないような、入社前の人材選択、採用面接時点で注意することや、入社後の新人研修マニュアル等について留意することを教えてください。
ほとほと疲れました。新人スタッフに対して、それでなくても配慮した取り組みを行っているのですが…。
先生、助けてください。
A12. 本当にお疲れ様です。人材は「人財」とも言い換えられますし、とくに介護現場では、売り上げとなる介護報酬のほとんどが固定費である人件費として流れていきますので、まさに「人財」なんですよね。
内定についての法的位置づけについては、先回のQ&Aに載せておりますから、それを参照して頂きたいと思っておりますが、最近の保護者(?)と言いますか、新人スタッフの親の特徴については、「ヘリコプターペアレント」とよく言われますよね。略称、「ヘリペア」と呼ばれるようですが、アメリカで生まれた言葉だそうです。大学進学等で実家を離れた子と頻繁に連絡を取り合い、わが子に不利益が生じれば大学へ乗り込んでクレームをつけ、就職試験にも付き添うなど、過保護、過干渉の親を指すようです。まるでヘリコプターに乗って上空を旋回しながらいつも子どもを見守り、何かあると急降下して子どもを救おうとするような様子からこの名がついたようです。急降下だけではなく、今回の相談は、急降下爆撃に近い内容ですが…。
介護現場では、現在利用者さんやその親族からのクレームへの対応で四苦八苦している状態ですが、これからは新人も含めたスタッフの保護者からハイパーなクレームがくることも想定される職場になってきましたね。この実情だけは、相手があることですから、防ぎようがないことですが、予防線としてそんな親をもつ新入社員を採用の段階で見分けることはできるかもしれません。
まず、面接場面では「どうして介護の道を選んだのか?」といったオーソドックスな質問をすると、「お年寄りが好きだから」「実習で『ありがとう』と言われ、感謝される仕事がしたい(褒められたい)」「困っている人、人の役に立つ仕事をしたいと思って選んだ」という回答が非常に多く聞かれます。しかし、これだけであれば要注意です。特に男性がこの言葉を言いだすと、一般的に男性介護職員の方が弱い印象を受けますから注意をしてください。採用までの過程や欲しい人材の採用部署が、法人やその時々の状況によって異なりますから一概には言えませんが、個人の説明責任能力がある程度高ければ、ヘリペアからの脅威もかなりの程度減少できると思います。となると、面接の質問項目も、次のような場面設定からどう答えるのかを注意深く観察するように心がけてください。
「おじいさんが今朝、玄関先で倒れて救急車で運ばれ、主治医は、脳梗塞の疑いがあると言っているようだ、とあなたのおばあさんから電話がありました。おばあさんは、あなたに次のようなことを聞いてきました。あなたならどう答えますか?」という問題設定をして、次の質問にどう答えるのかを注意深く観察して下さい。
Q1 うちのおじいさんは、介護保険って、使えるの? お金なんて支払っているのをみたことがないんだけど?
Q2 どこに相談に行けばいいの?
Q3 一体、何が使えるの?
Q4 いくらかかるのかしら?
Q1に関しては、介護保険でいう「被保険者」の知識を問う質問です。面接者としては、被面接者が第1号被保険者、第2号被保険者の年齢的条件の違いだけではなく、それぞれの被保険者の資格要件、受給要件の違いを問うかなり高度ではありますが、程度の高い質問ですから、この問いに被面接者がどう答えるかで、介護保険についての知識の深さと応用力が判断できます。お金を払っているのか、という問いかけについても、第1号被保険者の方であれば原則年金から徴収されていること、第2号被保険者であれば医療保険料に介護保険料も上乗せされ徴収されていること。なので、支払っている、という自覚がなくでも大丈夫であることの説明ができれば十分です。
Q2のどこに相談すれば、という質問は「保険者」の知識を問う質問です。どこかの事業所で、私の提案通り面接者がこの質問をした際、被面接者が「保険会社」と答え、ひっくり返りそうになったという話もありますが…。
Q3の何が使えるのか、の質問は「保険給付」の中身や、保険給付を確定する際の「認定」の手順や知識を問うものです。
Q4のいくらかかるのか、という費用については、原則1割である、という回答があれば良しとしましょう。また前職が同じような介護の事業所であれば、介護事故を想定した設問を投げかけると、その分析力から、アセスメント力、プラン力、評価力の力を見る事ができます。この介護事故を通した面接は、採用面接だけではなく、求めるレベルや基準を明確にさえすれば、人事考課制度や昇格試験にも十分使用することができます。
新入社員向けのマニュアルとしては、名古屋地裁が平成20年9月24日に下した判決内容が参考になると思われます。むせない誤嚥に気づかなかったヘルパー2級の介護員が、利用者を死亡させた事故で使用者である法人代表者の責任を、新入社員に対する研修の参加状況や新人職員研修マニュアルから導き出した事例です。
判決文の中でも、「事業会社においては、新人研修を行い、新人教育マニュアル及び『入社後3週間以内に完了する事項』と題する書面を配布し、研修を行っていること。新人教育マニュアルにも報告・連絡・相談の重要性や事故処理方法について記載されており、事故処理方法としては『現場で何らかのミス・対応しきれない事態が起こった場合は、直ちに会社へ連絡し、指示を仰いで下さい。ヘルパーの判断で対応できた場合でも現場を離れる前に会社へ状況報告し「離れてもよい」という指示が出るまで現場を離れないで下さい。』などと記載されていること、…これらの研修等によってヘルパーの過失を防ぐことは十分に可能であると認められることから、ヘルパーの過失は看護師である代表者による体制整備の不備であるとは認めがたい。」として、法人代表者の責任が退けられただけではなく、新人研修についてのガイドラインについても参考となる事例です。
この事件は、訪問系介護事業所のケースでしたが、施設においても新人研修については同じことが言えると思います。つまり、何年も前に作成された一般的な業務マニュアルではなく、「期限を設定した」マニュアルが新人介護スタッフには必要であるということです。期限を設定して、新入社員に対しては到達目標を課し、提供する介護サービスの質を担保すると同時に、その期限までに彼らが達成できるような上司の指導やサポートが必要ということでしょうね。
ただ、どちらにしても、「人は使ってみなければわからない」というのが、介護だけではなく、すべての業種において言えることですが…。
Q13. 私は管理栄養士です。私が勤務する特別養護老人ホームでは、食事の面に力を入れており、月一度のバイキング料理をはじめ、お正月の餅つき、鏡開きの際には餅の入ったぜんざいを提供しています。また高齢者の誕生日には、入所者から希望をうかがい、出前の寿司や鰻などをとって提供しています。利用者さんは非常に喜んでくれているのですが、いつか誤嚥事故につながり、せっかくお年寄りが楽しみにしているこのような行事が、リスクという視点から中止になってしまいそうで日々の業務もヒヤヒヤしながらこなしているといったところです。
高齢者の希望や嗜好を最大限取り入れたいという施設の思いは分かるのですが、高齢者のニーズは高まる一方です。
先生、食事の選定や、食事提供についてのリスクについて教えてください。
A13. 管理栄養士としての業務、お疲れ様です。施設の中での管理栄養士の役割については、今後ますます重要な位置づけになってくるように思われます。
食事についてのリスクとしては、一番に誤嚥が考えられますが、ユニット化や朝昼夜の食事提示における人員配置など、ハード面での制約や人員配置的な制度的制約か、法制度的には適合していたとしても、任意での改修や改善という点では、コストとのバランスで非常に難しい点があるのも理解しています。
施設においては、入所者の要介護度も上がり、認知症も重くなっている状況の中、食事を楽しみにしている利用者の方の意向をうかがいつつ、事故を起こさないようにしなければならない…。本当に難しいことと思っています。
最近の裁判事例の中で、食事中の誤嚥に関するものがありました。これは、特別養護老人ホームのなかで、入所者の誤嚥事故につき、介護職員に過失があるとしてその不法行為を認め、老人ホームの開設者の使用者責任が問われた事件です。
誤嚥となった食べ物は、玉子丼に入っていた鳴門かまぼこが喉に張りついて誤嚥を起こしたものです。この誤嚥に対して、口から泡を出していた段階で吸引の措置をしたのですが、その数分後再び利用者さんが口から泡を出して苦しそうな呼吸をしてチアノーゼが出ているのを職員が発見。再度吸引を試み、食事を一時中止し、その後介護職員らが車いすに乗った利用者を食堂から寮母室の前に運んで経過を見ていた際に、また利用者さんが顔面蒼白でぐったりとしている状況を発見した、という事例です。
裁判所は、「…これら度重なる急変に対して、医療の専門家である嘱託医に連絡して適切な処置を施し、119番通報をして救急車の出動を直ちに要請すべき義務を怠った」として施設側の過失を認定しました。
争点としては、玉子丼の鳴門かまぼこを誤嚥した点と、度重なる急変への対応の不十分さを問うものでした。
たしかに裁判所の言うことはそうかもしれませんが、人員配置上医師を常設する義務までない特別養護老人ホームにあって、医師への連絡や、また救急車の出動要請などについては、そのタイミングとその判断が非常に難しいのも事実としてあります。
この場合、考えられる食事中の誤嚥に関するリスクへの対応としては、誤嚥が疑われた場合の吸引の措置について、その処置が適切であったのかどうかをまず考えないといけません。現在、特別養護老人ホームにおいては介護スタッフが吸引器を使用した医療行為に関しても、しかるべき研修等を受けていれば違法性が阻却されるようになっています。この場合の誤嚥物の吸引が、どのような資格者が行った行為であるのかについては争点になっていませんが、初期対応のまずさを考えなければなりません。
そして誤飲となった異物を取り出したかどうかの確認、つまり誤嚥の原因となった異物が何であるのかを想定し、どこまでの吸引をすれば異物を取りきったとするのかについての判断が、度重なる急変とその対応に求められる視点です。また、今回のケースでは直接的な争点にはなっていませんが、誤嚥の原因となった玉子丼が、施設内で管理栄養士等によって提供されたものではなく、出前(外注)であったことも今後のリスクヘッジを考えるうえで重要なポイントになります。
誤解のないようにということですが、出前(外注)の食事提供が必ずしも悪いということではありません。施設では提供しにくいものもありますし、また個人の嗜好で自己負担ではあるもののどうしても○○が食べたい、といったニーズを叶えて差し上げるのもまた施設の役割だと思っています。しかし、その際、施設内での調理と食事提供であれば、利用者の方の咀嚼状況や病状等からの塩分調整といった配慮がアセスメントシートから分析でき、それが献立や食事の提供方法に反映させることも可能ですが、外注の場合、あくまでも健常者が食することを前提としている場合が圧倒的に多いものですから、出前についても、店側に食される利用者の状態を簡単にでも説明し、何らかの配慮が可能かどうかを確かめ、それでも提供できるかどうか、そして利用者ご本人に確認し、注文をとるという手続きが必要になります。もちろん、それらの経緯については記録しておかなくてはなりません。ケアする側の担当者が代わった場合でも、経緯の記録から手続きを踏襲することができますから。
食事は、高齢者施設にあって、入所者の方の最大の楽しみといっても過言ではない実態があるものの、喜んでいただく食事提供と誤嚥というリスクのはざまで、判断が難しいシーンもあろうかと思います。
食事や外出のリスクについても、具体的な例から考えたいと思います。誕生日には近くの大型スーパーの中に入っている回転寿司屋で、介護スタッフや家族も交えた外食の取り組みを実施している施設がありました。高齢者の方はたいそう喜び、「来年の誕生日もまた同じように寿司が食べたい」と施設に帰ってきてからも口にされるものですから、他の利用者の方も誕生日には外食をして喜んでいるということです。読者の皆さんは、一体何がこの場合でのリスクだと思われますか? リスクを最小限度に抑えるために、介護スタッフは事前に下見に行き、店側にどういった状況の高齢者が来店予定であるのか、また来店予定の高齢者の咀嚼状況等を簡単に説明したうえで、何らかの配慮が期待できるのか否かについても聞き取りを行い、そのやり取りを記録しておく必要があります。
これらの「下見」は、何も外食だけに限らず、これから暖かくなった際に、桜見物などの外出も施設行事として組み入れられていると思いますが、その際にも天候などの関係で地面が滑りやすくなっていないか、他の見物客との往来も想定した場所の確保と、より適した時間帯の設定等が必要になります。外出当日に何らかの事故が起こった場合でも、下見に行き、その時には想定できなかった事態であることを証明することが、過失責任割合との関係でも免責の部分で重要になってきます。
これまでは、施設ケアマネの方からであったり、また生活相談員の方からのご質問がほとんどを占めていましたが、管理栄養士の方からのご質問、ありがたく思っています。施設の中での栄養士の役割は、今後ますますクローズアップされるでしょうし、利用者の方の「美味しかったよ」という笑顔をはじめとして目に見える形でのやりがいを得られる職種です。リスクを一方で考えながらも最高の食事を皆さんに提供してくださいね。
Q14. 今回の東北地方太平洋沖地震によって、被災した老人ホームで働いている介護職の者です。施設には他の被災した老人ホームからの利用者を多く受け入れ、さらに地域で在宅サービスを利用していた方や、そして地域の避難所として一般市民の人までもが老人ホームに集まってきている状況です。
実は、老人ホームで働いている私自身も被災し、津波で道がなくなり、がれきの中、施設まで行くことができず、地震から5日目にしてやっと出勤することができました。
しかし、出勤できたものの今度はガソリン不足の関係や、他の介護スタッフも被災し連絡もつかないような状況のなかで帰宅することもできず、4日間施設に泊まり込み、連続早出のような夜勤のような状態で勤務していました。
そして震災から10日目の早朝、ほとんど眠れず疲れ切っていたんだと思いますが、大きな余震に襲われた拍子に階段から足を滑らせ、転落。右足首を骨折してしまいました。誰も経験したことのない大震災ですから、命があっただけ幸せですし、今は職場の環境や働き方に文句を言っている場合ではないのですが、いつまでこの状況が続くのかと思うと、不安でたまりません。とくに、施設の一部も津波の影響で水に浸かり、改修が必要ですし、未だ連絡がつかない職員もいるような状態です。右足首の骨折のため避難所で手当てを受け、しばらくの安静と言われていますが、給料や治療費についてどうなるのか、ものすごく心配です…。
A14. まずは、今回の大震災で亡くなられた方へ、哀悼の意を表するとともに、被災にあわれた方が少しでも元の生活ができるよう、私たちも共に助け合い、悲しみを分かち合うことをお約束いたします。
さて、今回相談のあった方とは、直接電話でお話しすることもできたので、窮状がひしひしと伝わるものがありました。
震災直後には、まずは高齢であり認知症でもある「守らなければならない利用者」への対応に追われる数日となるのですが、災害等の非常時には、状況が把握できるようになるおおむね4日目くらいの時期から、今度は「自ら」のことを考えだすものです。被災直後から数日間の働き方は人員配置や運営基準等を超えた超法規的で臨機応変な対応が求められますから、ある意味では戦場です。しかし、少し一段落し、利用者への介護に目処がついてくると、介護スタッフは働き続けるための防衛を考えるのは当然のことです。復興まで10年と言われていますが、被災した老人ホームにおいても、数か月から数年は元の状態に戻すまでに時間がかかりますから。
今回のご相談は、非常時における介護リスクというものではなく、災害時における職員の働き方や保護のあり方をめぐるものです。
規模や範囲、また地震の性格は異なるものの、1995年の阪神・淡路大震災、そして2004年の新潟県中越地震の際にも今回のような相談が寄せられ、災害時における施設職員の労働リスクについては共通するものですから、以下に順を追って解説しましょう。
まず、震災によって、勤務先である施設まで通勤することができない期間が4日間あったということですが(5日目から出勤)、どのような事情があろうとも、勤務先から指示がなく通勤できなかった場合、つまり、本人に出勤する意思があるにもかかわらず、震災による影響で交通機関がマヒし通勤できない場合には、欠勤扱いとなります。また、休業手当などの救済措置もありますが、震災の場合には、労基法26条の解釈でも、「使用者(法人)の責に帰すべき事由」に該当しないので、賃金・休業手当とも職員が受け取ることはできません。ですが、この相談者の場合には正規の職員であることを考えると、施設側としては有給休暇の消化として処理するのが望ましいと思います。
ただし、施設側から職員に対して自宅待機の指示があったような場合については、労基法の休業手当の規程があてはまりますから、平均賃金の60%以上の休業手当を請求することができます。
つぎに、出勤後帰宅することもままならないため、4日間施設に缶詰状態での勤務、ということですが、被害の復旧や業務上の必要性から、長時間の残業や休日出勤を命じられる(命じられなくとも、暗黙の了解で介護しなくてはならない…)ことも十分考えられます。通常の残業や休日出勤であれば、労基法上「臨時の必要がある場合…」、「原則として事前に労働基準監督署長の許可を受けて…」、「必要な限度内において…」となりますが、今回のような非常事態においては、信義則上(「信義誠実の原則」の略であり、互いに相手方の信頼を裏切らないよう行動すべきであるという法原則)暗黙の了解のうちに、誰かが利用者に対し介護を含めたそれ以上の生活支援をしなければならない状態にあるわけですから、介護スタッフには通常業務以上の就労義務があると考えられます。
ですが、復興の過程が落ち着きを見せるか否かにかかわらず、残業や休日出勤をした場合の割増賃金を、労働者側は請求することができます。
そして震災から10日目の早朝の地震によって身体のバランスを崩し階段から転落し右足首の骨折ということですが、当然のことながら労働災害(労災)の適用となります。
今回の相談にはなかったケースですが、例えば、施設への通勤途中に、避難所にも指定された同じ施設に杖をつきながらゆっくりと向かう高齢者を見かけ、善意で介助していた際、路面状況が悪く二人とも転倒し介護員が負傷したような場合でも、通勤途上の負傷と理解し、労災の適用が認められると考えられます。
通常における通勤途中での事故では、人命救助の行為が通勤の中断と考えられ、通勤保護災害の対象とは認められません。過去の判例でも、通勤途中での消火作業や水難救助などの善意行為は、通勤と関係がない通勤の中断という考え方を採用しています。しかし、災害時等での救助活動においては、臨機応変に包括的な助け合いが必要となりますから、通勤の中断という考え方をとるのではなく、通勤途上と判断するので労災としての適用が可能であるという考えです。
平時の際には考えなかったことでも、今回のような地震による非常事態中での勤務の場合、「非常時だから仕方がない…」と言う部分と、「非常時だからこそアクシデントも多く発生し、労働者としてわが身を守るために知っておかなくてはならない…」部分とがあります。
最後に相談者の方を含め、被災地で頑張っている施設職員の方、今の状況を乗り越えて下さい。酷なことを言っているのは重々承知の上です。ですが、今の皆さんの工夫や勇気が、次に被災地となる介護施設スタッフへの知恵となって活きてきます。同じ仲間として、苦しみだけではなく希望も分かち合いたいと心から思っています。今のあなたを私たちは全力で支援します。
あなたは独りではなく、今のあなたが、次の誰かを助けることになるんですから。
Q15. 烏野先生の講演を福岡で聞かせて頂きました3年目の生活相談員です。
東日本大震災では福岡研修の際、同じテーブルでディスカッションをした相談員の方の施設も、多くの利用者さんや職員である多くの仲間が津波で亡くなったと、後日電話をした際に泣き崩れていらっしゃいました。
東北地方の震災をうけて、私の施設でも非常時の対応を早急に整えないといけないと思っているのですが、日々絶え間なく起こる小さい介護上での事故やクレームに振り回されているというのが現状です。
烏野先生に質問なのですが、利用者さんやご家族から持ち込まれる実際のクレームや相談は、私が勉強した社会福祉士レベルではほとんど解決できず、何の法律に則って解決の糸口を見つけるのかさえ、分からなくなることがしばしばあります。
私の法人では、特別養護老人ホームだけではなくグループホームもあり、重度の認知症の方が増えてきた(重度化している)ことを理由に、事故が起こった場合の責任が回避されないこともよく理解しているのですが、小さな事故がそれも同じような事故が頻繁に起こっています。裁判にまで発生するような大きなトラブルまではいきませんが、小さいそれも同じような事故が頻繁に起こるものですから、私も含めた介護のスタッフも「…またか」といった感じで、アクシデントに対する感覚が少し麻痺しているようにも思えます。
こんな状況ですので、「大震災があった場合には…」ほとんど何の対応もできず、考えただけでゾッとする思いで毎日のクレーム対応と事故報告書の整備、そして地震情報に
A15. 今回の東日本一帯を襲った大地震は、国民の多くの人に対して、生き方や働き方の見直しを迫った大きな試練だったと思います。今でも全国で大きな地震が発生する危険性が専門家により報告されているなか、「試練だった…」と過去形で話すにはいかないほど今の私たちは試されていますね。
「想定外の…」「未曾有の…」という表現で語られることが多い今回の大災害ですから、施設においても災害に対してどこまでのリスクを図る必要があるのか、日々の業務で忙殺される現状の中、途方に暮れられているのもよく理解できます。
ですが、これだけは覚えておいてください。「平時のリスクヘッジが、非常時の対応に必ず役立つ」ということを。つまり、「非常時の対応は、平時のリスクマネジメントの応用である」ということです。
過去、阪神・淡路大震災や新潟県中越地震の際にも、被災地域また被災したエリアからの要援護高齢者の受入れに携わったことがありました。その際にも、平時のリスクマネジメントの意識が高い施設では、若干の混乱はあったものの、リスクという認識で十分な対応が結果としてできていました。逆に平時のリスク意識が乏しいところは、非常時の際リスクがリスクを生み「地震のために仕方がなかった、止むを得なかった」という理由では看過できないほどの大きなミスやトラブルを引き起こした施設がほとんどでした。
ですから、この非常事態の今こそ平時におけるリスクヘッジのかけ方を、冷静な視点でみる習慣をつけておいてください。
ご相談の中にもありましたが、利用者さんやご家族のクレームやそれへの対応について、社会福祉士をとられた際に勉強した知識がうまく活用できない…、というジレンマもよくわかります。
結論から言いますと、現在の法制度を見る限り、問題解決につながるような法的根拠がズバリあてはまるケースは非常に稀であり、また法的に正しくても、介護の現場でそれを当てはめようとすると、かなり無理がある展開を強いられたり…、というのが現実です。現場で発生するトラブルは、これまでの連載でも繰り返しお伝えしました通り、介護保険法を含めて財産法や契約法、親族法といった民法の領域や消費者契約法、労働法、自立支援法、生活保護法等、根拠と思われる法令が多岐にわたり、一筋縄ではいかないケースがほとんどでしたよね。くわえて、各都道府県からでる通知通達によって、微妙にエリアによる実施状況が異なることもよくあることです。
ですから、災害時も含めた現場スタッフの動き方については、情報をいかに整理し、法の解釈の仕方も視野に入れた臨機応変な取り組みが必要になってきます。
ご質問の本題に入りますが、細かい事故で、かつ度重なる事故をめぐる対応方法については、最近の裁判事例がヒントになるかもしれません。被災となった施設から、利用者さんを受けいれた側の施設にとっては、このような度重なる事故が発生するように思いますからね。
この事故は、認知症対応型共同生活介護(グループホーム)に入居中の86歳の高齢者が自室のベッドから転落し受傷した事故につき、施設経営者に安全配慮義務違反があるとして法人側に損害賠償責任が課せられたものです。介護者側の安全配慮義務違反に基づく事業所の損害賠償責任を問うものですが、被災された高齢者を受け入れる施設側の問題としても応用ができますから。判決では、「平成15年11月20日にベッドから転落、一週間後の27日にも転落、12月4日にもベッドから落ちそうになっていたのを職員が発見し、ベッドサイドに椅子を置き対応。12月23日ベッドにすれすれに寝ていたのを職員が気づいて移動、平成16年1月30日にベッドから転落、左大腿部頚部骨折により入院したことを考え合わせるとベッドからの転落事故が多発しているにもかかわらず、転落防止に十分な措置を取らなかったことに、本契約上負っている安全配慮義務につき債務不履行責任が生ずる」と結論づけています(平成19年11月7日 大阪地裁判決 一部認容一部棄却で確定)。
まずここで問題となるのは、過失責任(割合)を決める上でも、「ヒヤリ・ハッと」の分析ができており、次への対策ができ、そして議事録も含めて記録があるか、という視点です。短期間の間に同じ利用者さんに対しての同じような転落事故。認知症の高齢者がほとんどであるというグループホーム内での事故ですが、特別養護老人ホームにおいても環境的には同じような事故が想定されます。事例を見る限りでは、11月20日に一回目の転落ですから、その後に利用者さんのアセスメントを再度整理しなおし、転落防止についての対策がひらかれ、事故報告書への記載だけではなく、以後同じ利用者さんに対しての転落防止に備えた策を講じなければなりません。
「介護現場では必ず事故は起こる」という認識は、理解のある利用者・家族、そして裁判にまで展開した場合の裁判官もある程度までは理解しています。しかし、転倒・転落の事故だけではなく、誤嚥、溺水、薬の誤配等の事故についても同じ手順での対策が必要となり、今回のケースではその手順を疎かにしてしまったことでの安全配慮義務との関係で、債務不履行責任があるという判断がなされたものです。
介護保険法の基準省令上でも人員配置との関係で、必ずしもマンツーマンではない体制の中、「事故は必ず起きる」という前提に立ったとしても、事故発生後に求められる事故予防のための対策の有無がキーワードとなります。この手続きを踏まえたうえで、事故は必ず起きるものの、次なる事故を起こさないような事前の取組が必要となってくるんです。
大災害などにおける緊急時・非常時のリスクマネジメントは、平時でのリスクマネジメントの応用なものですから、災害時に今回のような転落事故があったような場合、スペース(場所)や時間的余裕、法令上の人員配置等が一時的に非常にタイトな状況があったとしても、リスクを認識する視点が日ごろから養われていると、十分ではないまでもどこに注意を配り、記録とまでいかなくとも何をメモし、生活指導員であれば、どう介護スタッフに支持することがベターなのか、がわかってくるものです。
「想定外の…」「非常事態だったから…」を理由にしない、言い換えるならば言い訳にしない介護のあり方が、これからも求められる視点となります。
Q16. 先生に質問ですが、高齢者施設内での転倒・転落や誤嚥の事故で、実際に裁判で勝ったケースはあるのでしょうか?先生のお話では、施設内で事故が起こった場合、記録の不備や職員の未熟さから、圧倒的に利用者や家族側に有利な条件(法人側には不利)ばかりがあるように思います。
実際に裁判にまで到ったケースで施設側が勝ったような事例から、何に注意をして部下を指導し、事故が起こらない仕組みをどう作ればいいのか、といつも悩んでいます。
A16. そうですね。皆さんの業務の中身をみると、躓いて転べば大腿骨の頸部骨折につながり、食事をすれば誤嚥による窒息死に到るような方ばかりをお世話しているわけですから、対照的に保育所や幼稚園での子どもに同じような状況が発生したとしても、大けがやまた亡くなるようなことはなく、注意義務のかけかたや過失のとらえ方も随分と違うものがありますよね。
介護事故をめぐる多くの家族(遺族)の主張を聞いても、「そもそも高齢者が転んだら、こうなることは…」「そもそもお年寄りの食事中に少しでも目を離すなんて…」という圧倒的に「ごもっとも」な主張で向かってくるわけです。心の中では、「なら、家族で見てても同じようなことが起こりますよ…」と言いたいところですが、そうとも言えず、「私たちはお金も払ってて、あなたたちは介護のプロなんでしょ…!!!」とくるものですから、もう何も反論できなくなるわけです。あげくの果てには、「おじいちゃんを返して…!!!あんなにも好きだったのに…。この人殺し…」とくれば、もう話し合いでは解決せず、裁判になってしまうわけですよね。
法人側にとっても、変に和解や示談でことを済ませるより、裁判でスタッフの介護行為の正当性を主張し、職員や組織を守る展開が、今後の法人づくりの上でも良い場合もあります。
介護事故が裁判にまで発展したケースでいえば、ご質問の通り、法人が負けてしまうケースがほとんどです。下記に、最近の高齢者施設での誤嚥事故で法人側が勝ったケースを紹介しますが、裁判の勝ち負けは担当した弁護士が介護現場の実態や介護事故が医療事故と微妙に異なることが分かっているのか、といった専門家としての力量にも左右されますし、また両方の意見を聞く裁判官の得手不得手にも左右されるのが事実です。
逆に裁判で勝ちを収めた事例から、「こういう点を主張すれば、はたして勝てたのか…?」という疑問をぶつけながら質問にお答えしたいと思います。
当時82歳の女性が、高齢者施設に入所し3か月目の夕食時に誤嚥、死亡した事件ですが、利用者である高齢女性の死因と施設及び介護スタッフらの過失が争点になったものです(平成22年8月26日横浜地裁棄却<確定>)。
この事例では、遺族である高齢女性の夫と彼らの長男長女が原告として登場し、また誤嚥直後の様子を同じ入所者である認知症の利用者の証言が出されるなどした事件でした。
争点の一つである死因については、夕食時に食事を詰まらせたことによる誤嚥なのか、それとも利用者の持病であった心筋梗塞または脳梗塞によって意識がなくなり、それに伴って吐き戻しの誤嚥を原因とするものなのかが問われました。
判決では結論として食物の誤嚥ではなく、既往症から考えて脳梗塞もしくは心筋梗塞による発作からの吐き戻しによる窒息死と判断しています。しかし、判決文をみると、施設に入所中、心疾患および脳疾患に関する投薬はなく、また脳梗塞や心筋梗塞の発症を抑制するための対応もとられていないこと、さらに裁判所は食事による誤嚥ではないことの理由として、「…仮に食物を誤嚥し、窒息して意識消失に至ったのであれば、当人は苦しんだり、むせ込んだり、胸を叩いたりするなどの動作をしたり、音を立てたりするのが自然な成り行きと考えられるところ、当人にこのような動作をしたことを認めるに足る証拠はない…」という判断をしています。しかし誤嚥というのは、むせない誤嚥も実際の介護事故では多く、過去にもむせない誤嚥を経験したことがないヘルパーが誤嚥であることを気づかずに救急対応が遅れ裁判になったケースも存在します。このようなことから、死因についてはかなりの疑問が残るところです。
二つ目の争点である施設ならび介護スタッフの過失については、誤嚥等の緊急時における職員教育、食事介助中の介助者の立ち位置、見守りを含めた観察、誤嚥後の救命措置の方法などが細かく問われました。
ここでも判決では、施設ないし介護スタッフの働き方からみた過失について、「職員教育」では救急救命マニュアルの作成、急変時にとるべき内容及び方法、医師及び看護師への連絡、コールの手順、救急搬送の手順書が存在し、年一回の定期的な勉強会の実施等から、スタッフ教育が不十分であるとまでは評価できない、という認識をしました。ですが、これらの手順書やマニュアルがいつ頃つくられたもので、事故当時でも有効なものであるのか、また研修の内容、頻度、到達度等、効果測定なるものがあるのか、といった研修や教育の有効性が問われるべきだったと思います。つまり年一回の勉強会で足りる知識・技能であったものなのか、参加者は全員なのか、という視点です。
また、「適切な人員配置」についても、裁判所が言う通り、事故当時の当施設において基準省令上の人員基準は満たしており、この部分では問題はないように思われます。しかし、人員の基準ではなく、たとえ利用者との割合で人員基準は満たしていた場合でも、「ヒヤリハッと報告書」などから、時間帯また繁忙時間における職員配置に無理がなかったのか、報告書からも職員配置が手薄な場面での事故が頻発していたのではないか、といった視点が今後の争点となってもおかしくはないと思います。
次に「入所者を適切な位置で食事をさせ、注意深く観察することの義務」についても、介護士が突然の意識消失を予見することができず、観察の程度も不十分ではなく、席替えをしなかった点について過失はない、と裁判所は判断しました。しかし利用者のアセスメントから、脳梗塞や心筋梗塞などの持病は把握できるはずですし、また事故がおきた一週間程度前から5回の嘔吐の事実を認識していながら、見守り等も含めた食事中の誤嚥を予見できなかったとはいえないように思います。
最後に、介護施設における裁判事例もかなりの数にのぼり、過失責任を問う上でも争点の項目が多様化しているように思います。たとえば、「AEDの設置義務」や「適切な救命措置をとらなかった過失」についても争点になりましたが、高齢者施設にAEDの設置義務がないこと、またエアウェイ挿入や吸引の行為は法令上禁止されている医行為に該当する可能性が極めて高いため使用しなかったことに対しての違法性はないと判断されています。さらに、アンビューバッグの使用や、心臓マッサージの実施、痰切り用(吸引器用)カテーテルの使用や掃除機用カテーテルの使用といった細かい項目についても、今後、誤嚥事故等での介護職員・法人に求められる緊急時の対応方法に示唆するものがあると思われます。
ただ、ご質問にあるように、「何に注意をして部下を指導し、事故が起こらない仕組みをどう作ればいいのか」については、「ヒヤリ・ハッと報告書」や「事故報告書」を手かがりに、細かな検証作業が必要です。具体的には、「記録の整合性」です。
つまり、アセスメントからケアプランへの落とし込み、そして長期・短期目標を記載した介護計画から実際に提供された介護記録への落とし込みへの振り返りを行うことで、「記録として何を書く必要があり、どんな文言が不要なのか」といった考察が、必要とされる情報収集の項目を明らかにし、同じ事故を繰り返さない要素になりますから。
具体的な例をあげると、「転倒に注意しながら安定した歩行」とケアプラン上に長期・短期目標としてあげながら、歩行・補助具の活用等の記録がまったくなく、転倒に配慮した記録が一切なかったり、またケアプランの長期・短期目標に「違和感なく食べるものの、今後、咀嚼しやすい献立」としながら、実際の実施記録には「食事の際のむせ込みが多く続く」というような、逆のことが記録化されているなど、矛盾する整合性のない記載がある記録を多く目にします。言い換えると、転倒や誤嚥については、長期・短期目標にそれらの注意事項があげられていながら、実施記録の方では些細な表現のなかにプランや目標とまったく逆のことが記載されたような記録が目につくということです。
「記録を読んで、どんなケアプランなのかが想像できるか?」、「ケアプランをみて、どんなアセスメントなのかが想像できるか?つまり、利用者像がイメージできるか?」といった逆の視点から、「限られた時間や交渉のなかで何を聞いておかなければいけないのか」「何をケアプラン上の目標としてあげるべきなのか」。そして「実際の介護サービスを提供していくうえで、現実可能なものであるのか」という視点を養っておくことで、裁判の勝敗はともかくとして、介護スタッフが実践している行為の正当性が裏づけられますから。
Q17. 複数の特別養護老人ホームをもつ法人に勤務する生活相談員兼施設ケアマネの者です。
最近の新人スタッフと話をしていると、仕事の時間についての相談が非常に多くなってきています。たとえば、各種委員会や会議について、ほとんどのスタッフが役割を兼務している中、スタッフの休日に会議や委員会が入った場合にも参加を義務づけているのですが、「休日出勤になりますか?」といったような内容です。
恥ずかしながら、私の職場では「1日8時間」労働なんて、あってないような感覚で仕事を進めてきましたし、当然、利用者さんの状況次第で、一般の会社のようにタイムカードを押して「はい、さようなら」とはいかない職場環境です。また、仕事の中身という点では、同じ8時間の労働時間の中でも、新人などまだ仕事ができないスタッフにとってみれば、慣れていない分時間がかかりますから、同じ8時間といっても仕事の中身や濃度に違いがあります。
また、先日も「超過勤務や休日出勤について割増賃金などの申請書などを下さい」と、この4月から入った新人スタッフから迫られました。私も勤務して10年以上になりますが、こんな質問は初めてだったものですから、今後、介護現場でも労基法の適用が強化されるようになると、先ほどのような質問は「日常茶飯事になるのか…」と思うと、目まいがしそうな気分でした。
先生、介護現場と労働基準法との関係について、教えてください。
A17. そうですね。介護の仕事と言えば、これまでは手弁当で施設をつくり、また休みなど個人の事情はそっちのけで「お年寄りのため」を合言葉にやってきた経過が、今の介護現場をつくってきた紛れもない事実でしょう。高齢者分野だけではなく、身体・知的を含めた障碍者領域、また児童の領域においても、同じような労働環境の下で、熱いトップと一緒になっての仕事のスタンスがあったように思います。
ですが、昨今の若者にみられる仕事の取り組み方が、「少し不自由だけれども、あったかい家族のような会社での仕事」から、「個人の自由を大切にしながら仕事はドライに割り切る仕事の仕方」へ、社会全体が移行していることも一方では事実としてあります。
これは何も介護現場だけではなく、一般の企業体においても同じことが言えるように思います。
とくに介護現場の中では、仕事の性格上、スタッフ個々の人格が働き方に大きく影響する分野ですから、労働時間も含めた勤務形態の統制は、一般企業に比べていささか遅れていたといっても過言ではありませんね。
ご存知のとおり、現在審議されている次の介護保険法の改正によって、労働基準法上の違反(違法)が、事業所指定の取消し要件にもなる方向性が打ち出されました。そうなりますと、相談にあったような悩みに対し、法人として一定の約束事を設けざるを得ない状況になります。
「介護現場において労働基準法がどのように適用されるか」につきましては、一般の企業と同じくいくつかのポイントがあります。とくに介護現場という労働時間の変則勤務がしかれている職場にあっては、次のような項目に気を配る必要があると思われます。
職場には、必ず「就業規則」というものがスタッフの目につく場所に置かれているのが原則(たとえば、出勤簿の横やタイムカードの近くなど)ですが、その就業規則に掲載されている約束事を再度確認された方がいいように思います。
この「就業規則」というのは、仕事環境を決めた職場の約束事であり、そこで働くすべての労働者がみることができるものです。しかし、おそらく介護現場にいるほとんどの職員は、この就労規則を見たこともなく、またその存在さえも知らない場合が多いでしょうね。
労働者である介護スタッフ側も、自らが職場に対してどのような責任と義務を負っているかを確認したうえで、権利を主張する必要があります。
そういった意味では、今回の介護現場での労基法を含めた法令遵守の徹底が、労働者としての義務と権利、使用者である法人側の義務と権利を明確にし、気持ちや心だけではない介護を、言い換えるなら業務という発想に立ったうえでどう想いや気持ちを乗せていくのか、という論議に持っていく機会になればと考えています。
話が長くなりましたが、働く上での約束事としての「就労規則」から、介護現場で配慮しなければならない項目を整理したいと思います。
◆ まず「就業規則」そのものの有無
はじめに「就業規則」を作成して、労働基準監督署に届けているのか、という点です。介護事業を開設する方の中には、実際の介護業務については長けた経験があるものの、法令に則った働き方についての認識が乏しい方が少なからずいます。これも「ハートがあれば何とかなる…」、「気持ちがあれば分かってくれる…」というのは、「…はず」であって、厳しいようですが、このような姿勢ではトップとして部下を雇用する資格はないと言わざるを得ません。
また、「就業規則」の内容が法令を遵守したものになっているか、という視点も同時に必要です。常時10人以上のスタッフを雇用する場合には、労働基準監督署に届出義務が発生しますし、またその中に労働時間や休日、休暇や賃金などの法的項目の有無や明記が問題になります。
◆ 労働条件の明示
労働契約ないし雇用契約を結ぶ際に、労働時間や賃金、退職に関する条件などを明記した書面を、法人側が労働者個々に交付しているか、という視点です。とくにこの労働契約書を、スタッフに説明したうえで交付しているかがポイントになります。
文章による書面の交付がない場合、労働基準監督署からの勧告をうける可能性が高くなりますから。
◆ 労働時間
1週間のうち労働時間が40時間を超えている場合には、労働基準監督署からの勧告を受ける可能性が高くなります。また、介護労働の場合は、変則的な変形労働時間制を採っている場合が多いため、そのことが就業規則や労使協定に定められているかが問題になります。労使協定がある場合には、労働基準監督署に届ける必要があります。
また、時間外・休日労働に関する件については、残業や休日勤務を指示する場合の協定書が必要となり、その協定書は内容が合法的であるのか、また協定書の有効期限なども確認しておく必要があります。
さらに、2010年4月からの労基法の改正によって、法定労働時間が60時間まで超過する場合には、25%以上の割増賃金を支払わなければならず、さらに60時間を超えるような場合には、50%以上の割増賃金を支払わなくてはなりません。ただし、資本金または出資の総額が5000万円以下の事業所や、常時使用する従業員が100人以下の中小事業主には当分の間、上記の規定を猶予されることになっています。「業務時間内に記録も含めた必要なケアを終わらせる」ための業務の見直しの契機にしてください。
◆ 休日について
休日については、原則1週間につき1日以上と定められています。例えば、最低4週間に4日の休日が与えられているかどうか、また1日8時間の労働時間の場合、週休2日の休日が与えられているか、などを確認しなければなりません。
◆ 年次有給休暇について
有給休暇については、法律どおりの日数を介護スタッフに与えているか、パートの介護スタッフなど労働時間が短い人にも別の定めがあるのか、を確認しなければいけません。職員が退職する際、よく有給休暇を買い取るような場合もありますが、それは厳密に言うと違法行為になる恐れがあります。
◆ 割増賃金について
残業代金や、休日出勤手当については、残業の場合25%以上の割増、休日出勤の場合には、35%以上の割増賃金の支払いが必要となります。また割増賃金の計算には、各種手当も含めた計算が必要になります。
◆ 健康診断について
1年に1度の定期健康診断が必要ですし、介護労働のように深夜に及ぶ業務形態が常なところでは、6か月ごとに1回の実施が義務化されています。
最後に、介助中での事故の損害や、またデイサービスなど送迎中の運転による車両事故などの損害について、スタッフの注意不足から事故を立て続けに起こしてしまったような場合、スタッフの給与から損害の一部を天引きするような法人がありました。しかし、これについても違法な控除となります。雇主側としては、見せしめも含めてまた、次なる事故を起こさないようにとの効果を図る意図は理解できますが、給与から控除できるのは原則、税金と社会保険料のみです。
つまり、給与とは、「通貨で」「全額を」「直接本人に(振込も可)」「毎月1回以上」「一定の期日に」支払わなければならないものだからです。
労使とも、より気持ちよく仕事をするために、それぞれの立場での義務を理解したうえで、権利の主張が行われるべきでしょうね。いずれにせよ、すべては利用者へのより良い介護を目的とするものなんですから。
Q18. 特別養護老人ホームで事務長をしているものです。烏野先生の連載を読ませて頂き、いつも目からウロコが落ちる思いなのですが、考えれば考えるほど、「介護事故って何…?」というそもそも論が頭をよぎって、よぎるだけではなく、頭から離れられなくなっています。
介護スタッフ向けの法人内研修を企画しなければならない立場にあるのですが、病院の事務に長く携わってきた私ですので、病院での医療事故と介護施設での介護事故の違いがよく分かりません。
また連載の中でもありましたが、過失責任との関係で、「ヒヤリ・ハッと」の分析が欠かせないことは理解しているんですが、何をもって事故と数える「アクシデント」で、何が「インシデント」にあたるのか…。
そもそも介護事故とは何なのか…、混乱してきております。
A18. 事務長様からのメールでありがたく思っております。最近、私の方で頂戴するメールが、現場の介護スタッフ以上に、管理者や事務長様、また施設長様からのものが非常に多くみられる傾向にあります。
ご質問が多岐にわたっていますが、順を追って説明させて頂きますね。
まず、「介護事故…」と聞くと、介護現場で働くスタッフのみならず管理者の皆さまも、すぐさま「転倒・転落」「誤嚥」「薬の誤配」などが頭をよぎるでしょう。介護事故の実態という意味では、先ほどの「転倒・転落」「誤嚥」「薬の誤配」「溺水」などをイメージしますが、厳密に「介護事故とは…?」という介護事故の定義について、いまだはっきりとしたものは存在しません。
国も、数年前に介護事故の定義も含めた実態把握のための調査に乗り出しましたが、「何をもって介護事故とするのか?」、「『ヒヤリ・ハッと』でいうインシデントと一体何が異なるのか?」という疑問に対する考え方が、各都道府県によってあまりにも違うものですから、調査を断念した経緯があります。
しかし、介護事故そのものの定義などがいまだ不確定であったとしても、介護保険制度の誕生によって契約の当事者性が高まったことを受け、保険契約との考え方にもとづき、介護中での事故に対して責任の所在が問われ、賠償のあり方についても論議されるようになった頃から、介護業界ではリスクマネジメントという発想が定着するようになってきました。
つまり、介護保険制度の取り扱い事業所にとっては、介護サービスの提供業務が民法上での契約関係におかれることから、介助中の事故が発生した場合、その損害の補償については第一次的にサービス提供者である事業所がその責を負うと言うルールが確立したわけです。
その結果、介護事故をめぐっての争いが避けられず、裁判にまで到るケースが多く現れることになります。
介護事故の特徴を、介護事故裁判の特徴と置き換えて話を進めた方が、争点が明確になるものですから、以下に介護事故裁判の特徴を説明したいと思います。
介護事故における裁判は、医療における事故とのそれと比較した場合、検証が非常に難しい点が特徴的です。医療事故における検証作業では、まず期間が定められた治療という目標、言い換えるならゴールが明確ですから、その疾病やけがに対して、どのような経過でどんな施術が、また何の薬剤の投与が必要か、という流れがある意味では合理的に決まっているわけです。つまり、ある一定程度においてマニュアル化が可能なわけです。
しかし介護事故の場合、自立した生活を支援するということが目的となりますので、ほとんどの場合で継続性が主となる日常生活上の世話に力点が置かれることになります。
医療との比較で考えてみても、介護が食事、排泄、入浴、就寝といった日常生活上の世話の過程で事故が起こるものですから、家族ではない職業専門職の者が実施する際の専門家たる行為についての論議も、医療関係者のそれよりも遅れているというのが実情です。ですから、「誰の指示で、どこまでの介護をすればいいのか?」という点で、介護スタッフだけではなく、指導する立場にある管理者の方も、相談を頂いた事務長様同様に悩んでいることだと思います。
また、「どこまで介護をすればいいのか…」、といった介護行為そのものをめぐる専門性の不確定性に加え、高齢者層の劇的な変化という視点も、介護事故をクローズアップさせる要素の一つです。
最近の介護事故裁判をめぐる傾向を鳥瞰しても、今の高齢化を反映したものとなっており、「保護の対象としての高齢者」ではなく、「権利の対象=消費者としての高齢者」の像が浮かび上がります。つまり現在、介護サービスを利用している者が、70~100歳といったいわゆる戦争経験者である層から、今後、団塊世代をはじめとしたシニアといわれる介護予備軍の出現が、介護サービスを提供する際のリスクという点で拍車をかけている傾向も否めません。かつ、高齢者の層の変化だけではなく、介護現場で働くスタッフにも変化が現れてきています。介護事故の当事者という意味で、利用者や家族が、施設なり事業所である法人を訴えるという従来のパターンだけではなく、認知症の利用者が認知症の利用者に害を与えて訴える(遺族や家族も含む)ケースや、また最近では介護スタッフが利用者や家族を訴える(実際には判断能力のない利用者の加害行為であることから、彼らの責任能力を問えないため、結果として管理者である法人が職員から訴えられることになる)ケースまで、介護事故の際における当事者とそのベクトルに変化がみられます。
このようなことから、数量的にも介護事故は増加していると実感として思われますが、介護事故の定義がいまだ確立しておらず、当事者も含めた問題の現れ方も多様化していることから、統計的な把握は難しいのが実情となっています。
一昔前であれば、利用者や家族も「世話になっている」という意識から、法人に対して法廷での争いなど想像もつかなかったことでしょう。しかし、現在、介護労働の提供が民法上の契約として位置づけられ、かつ利用者負担が強化される中、当然のこととして「サービスとしての介護」をめぐって、争いが多発するのも理解できます。
利用者や家族の意向に沿って、また彼らの望む通りの介護を行っていれば、それが「いい介護」につながるのでしょうか? そうではないはずです。
介護保険法の目的や趣旨にもある「自立支援」を考えた際、「利用者のできることはご本人で行ってもらう」という介護が、時として「前の職員はここまでやってくれたのに…」と利用者やその家族からなじられる場合もあろうかと思います。
「利用者や家族が望む介護」ではなく、介護のプロとしてどこまでの介護が業務上の責務なのか、ということを介護事故の裁判事例から浮かび上がる項目や、その項目に対する判断を素材に、日々の介護業務のあり方を問い続ける習慣が必要であるように思います。
つまり、介護事故を分析すると言うことは、皆さんが日々の介護業務をどう高めたいと目標を掲げながら挑戦しておられるのか、何を見直す・改善の余地が残っているのか、を問う作業であるとお考え下さい。
Q19. 東南海地震が起きると、「あの時の東北地方と同じような大惨事に見舞われるのではないか…」と、今からリスクマネジメントについて真剣に取り組み始めた、海岸線沿いにある関西の老人ホームで働く生活相談員です。
いつも先生の連載を読んでは、「自分の施設で先生が問題として取り上げられていることが起ったら…」と思いながら、施設内でのリスク委員会では、毎月先生の連載を議題に研修を行っています。
そこで質問なのですが、わたしの施設も海沿いにあり、東北で起きたような津波が来ればひとたまりもありません。今、先生の方でも災害対策プロジェクトに関わられていると施設長からも聞きましたが、具体的な防災対策についてではなく、同じような大災害があり、施設や地域が壊滅状態になった想定外のような場合でも、利用者や家族から訴えられたりすることはあるのでしょうか?
Q19. いつも連載を読んでいただき、また施設内研修でも題材として使って頂いていることに嬉しく思っています。
あの東日本全域を襲った大震災から半年以上が経ちますが、ご相談にありますようなことを暗示するような裁判が実際に起こっています。
宮城県石巻市にある幼稚園の送迎バスがあの時の津波に巻き込まれ、4?6歳の園児5人が亡くなった事故で、高台にある園から地震直後、海沿いにバスを走らせた対応などに問題があったとして、遺族が園を運営する法人に対して損害賠償を求めたものです。
おそらく、震災犠牲者の遺族が、法人の管理責任をめぐって訴訟を起こすのは初めてだと思います。
遺族側の訴えの中身は、大津波警報が発令されていたにもかかわらず、幼稚園内で待機しなかったことや、避難に対しても適切な誘導をしなかったことについての過失責任をめぐってです。
幼稚園を運営する法人側は、あのような町全体を破壊するような津波の予測は不可能であり、法的責任はない、との主張をしています。
これは、子どもを対象にした幼稚園での裁判ですが、同じような争点が高齢者施設にも当てはまるものと思っています。おそらく、今回の園児遺族裁判でも、遺族側とすれば「同じように津波の被害があった同じような立地条件の幼稚園であっても、被害を最小限におさえた園もある」といった他法人との比較から、日ごろからのリスクマネジメントのありようが争点になると思われます。
そういった意味では、被災の規模、種類、また施設の立地条件などの違いを考慮したとしても、近隣にある高齢者施設同士でありながら、利用者・職員に多くの死亡者を出したところと、間一髪で被害を最小限度に抑えたところとがあるのも事実です。
ですから、ご質問のように、今後復興が進み、被災者の遺族らが冷静に「あの時の施設の対応は、はたして正しいものだったのだろうか…?」という疑問が沸き起こることも当然考えられることですし、私も含めて皆さんにとっては、正確な情報とその当時にとった選択についての説明責任が問われると思います。
結果として、今回の園児をめぐる裁判では、あれだけの災害ですから、トップやその時に居合せた者の判断に誤りがあったとしても、法的責任まで問うことは難しく、違法性はないと考えられます。
ご相談のあった生活相談員さんが働いている関西の職場も、海岸線沿いということですから、関西出身の私はだいたいの地域がイメージできます。ですが、仮に東南海地震が発生し、同じような規模の地震や津波が起きた場合、質問の中にもあった「想定外の…」や「未曾有の…」という表現で責任を回避することはできなくなるということを肝に銘じておいて下さい。
次の大災害においてはおそらく、未曾有の…でも、想定外の…でもなく、「予測できた想定内の出来事」になるということです。
それは、「東日本で起きた大災害をどう教訓として、施設として取り組み、想定されるリスクについての整理と実行可能性があるものにまで論議し訓練してきたのか」、が問われることを意味しています。
ですが、非常事態に備えるということは、何も防災や人命救助といった、ハード面や物資面の強化といった側面からの取り組みだけではありません。
以前からの連載の中でもお話ししている通り、「非常時のリスクヘッジは、平時のリスクマネジメントの応用」であると考えておいてください。
つまり、介護事故におけるリスクマネジメントに引きつけて考えても、平素からのヒヤリ・ハッと報告書の作成、そのフィードバック、利用者の「アセスメント票」と「ケアプラン」そして「実施記録」との整合性を図っておくこと、といった平時からの地道な取り組みが、「いざ、有事」の際にも奏功するということです。
「なぜ、記録の書き方や、ヒヤリ・ハッと報告書の工夫が、災害時の非常事態にも役立つのか…?」
それは、介護事業を営む法人のトップだけではなく、そこで働く管理者や最近入社したスタッフであったとしても、日ごろからどうリスクを認識しているのか、といった「個々の業務に対する根拠」をたえず確認できているか、という意味での認識です。
人命と尊厳を預かる高齢者施設で働く者にとって、大災害を含めた非常事態に対し、何を優先順位におき、その優先順位に沿って誰がどう行動するのか、についての「慣れ」が必要になります。
この「慣れ」を「癖(クセ)」にまで高めて下さい。「想いやハートで介護をする」、「優しさと思いやりの介護」をスローガンとして日々の業務に取り組むことも必要なのですが、情熱や優しさ、熱意だけでは、優先順位上もっとも優先しなければならない利用者の人命と尊厳を守るには、いささか心もとない気がしてなりません。
当然、今回のような大災害時においては、超法規的な行動も求められますし、マニュアルとは180度違う対応が必要なこともあります。ですが、超法規的な対応をとる場合においても、またマニュアルとは180度違う行動をとる場合においても、「行為・行動の根拠を考え、説明できる習慣」を日ごろの業務の中から整理できるようにまでしておかないと、非常事態の際の判断が鈍り、判断の根拠についてもあいまいなままの行動が最もリスクになってくるものですから。
何度も繰り返すようですが、次に起こるであろう大災害は、もう「経験したことのない…」という言い訳は通用しません。すべて予測できた出来事ですし、すべてが想定内であると考えてくださいね。
では、そのために「何を、どうするのか…???」
現在、全国老施協でも厚労省からの研究補助事業を受け、次なる大災害に向けての特別養護老人ホーム向けマニュアルの整備に全力を傾けているところです。
同じ加盟施設である同胞の犠牲や無念さを、今の私たちが受け継ぎ、次につなげるよう力を合わせて乗り越えていきましょう。小さなことでもリスクに対する認識と根拠づけへの習慣といった取り組みが、乗り越えのための道しるべとなりますから。
Q20. 特養で介護主任をしている30代半ばを過ぎた男性です。
現在のところに勤務して16年目になります。私が勤務する法人は、1法人で複数の施設をもつ地域では最も大きな事業所として歴史も古いところです。
仕事を辞めようかと思っています。日々の介護業務にはそれなりのやりがいも感じているのですが、上司からの評価も「対人関係、コミュニケーションが苦手…」というレッテルを張られています。仕事上でのミスや対応のまずさについて、上司はすべて私の「コミュニケーション不足」が原因であると言い、しかしながら、家族からのいい評判などだけは上司自らの手柄にするような職場の環境です。また部下の介護スタッフもそれほど勉強しておらず、言われたことだけをしているような状況です。
いつも責任のある仕事をしたいと思っているんですが…。
次の就職先を選ぶにあたっては、何に気をつければいいでしょうか…?
A20. 最近、あなたのような質問を頻繁に受けます。何回か前の連載で、皆さんの働き方と労働基準法との関係について書いて以降、仕事に対しての不満や、辞めたいという相談はウナギのぼりです。
その質問には2つのパターンがあります。
一つは、今回のような職員からの転職について注意すべきことは何か、というもの。
もう一つは、法人トップやまた管理者から、労基法違反が指定の取消しになることを受けて、労務上どのような対策をとればいいのか…。というものです。次の連載では、労務管理上、施設の管理者や法人トップから、「どうやって介護現場で残業を管理すればいいのか…?」についてお話ししたいと思っています。
まず、今回のケアマネ兼生活相談員の男性からの質問ですが、視点を変えて考えてみましょう。
私が法人のトップや人事権に裁量のある立場の者であれば、「あなたを雇わない」という判断を即座にするでしょうね。
どうしてだか分かりますか…?
働くことや、仕事についての意味や意義を問いかけるようなビジネス書は、書店に行けば山ほど積んでありますから、働き続けるためのノウハウについてはそれらを参照ください。
介護現場での仕事観や情勢の特殊性を含めて、あなたにお話ししたいと思います。
あなたは今の職場で働き始め16年目ということですよね。ということは、措置制度下での老人ホームのあり方や、介護保険制度がスタートしたての慌ただしい現状、そして現在高齢者施設の実情や、抱える課題についても肌身で感じてきたこの16年なんですよね…?言い換えるなら、措置から契約という制度転換や高齢者像および家族像の変化、そして今では、サービス提供という意味で実質的には1割以上の利用者負担を高齢者本人や家族から頂きながら、それが自身の給与やボーナスに直接反映していることをもっとも敏感に感じうる立場にある方なわけですよね…?
にもかかわらず、「上司からの評価や上司の対応、部下の介護スタッフも劣っていて、責任のある仕事がしたいから…」という正当に評価されていない、報われない、周りからの支援もなく、本当はもっと責任のある仕事を任されたいのにそれが叶わない…。だから辞めたい…、というご相談ですよね。
もし、私が今まで書いてきたことが当たっているのであれば、あなたはどこに行っても不平や不満だけは一人前の、使い物にならない人になってしまいます。だから、「あなたを雇わない」と私は言ったんです。
「仕事とは辛い、しんどいもの。だから、我慢して乗り越えなさい」という意味ではありません。もう少し、今の介護現場に引きつけて仕事の位置を考えてみましょう。
あなたはまず、日々の仕事が介護保険制度下における民法上での「約束」であるという考え方、つまり、介護サービスは一種の商品であるという発想に到っていますか…!?あなたが提供している介護サービスは、より高い品質保証がなされた「商品」と考える必要があります。「商品」であることから、もちろん「返品」という発想もあり得るわけです。
在宅サービスでの介護報酬の方がここでは分かりやすいかもしれませんから、たとえば訪問介護サービスで考えてみましょう。訪問介護事業所から派遣されたヘルパーが、約1時間の身体介護のサービスを提供したとしましょう。介護報酬というシステムでいうと、サービス提供月の翌々月に4020円(402単位で1単位10円とすると)が事業所に入るわけです(正確には1割の利用者負担がありますが)。
この場合であっても、美人で料理も掃除も完璧なヘルパーがサービスを提供したからといって、何らかの加算がつくわけではなく、また逆に愛想の悪い料理も下手で掃除も四隅にゴミが残っているような仕事しかできないヘルパーがサービスを提供したからといって、何らかの減算となるわけではありませんよね。
つまり、介護保険制度上では、ある一定の質が保証されている介護サービス提供を前提として、事業所の指定がなされ、事業所に介護報酬が振り込まれる、という流れをとるわけです。
また、先ほど「日々の仕事が介護保険制度下における民法上での『約束』である」という表現を使いました。介護の現場で働く者は、利用者である高齢者に対して、どのようなサービスを提供する必要(義務)があるのか、あなたは考えたことがありますか?ただ単に下の世話をして、飯を食わせるだけではないのです。
介護事故裁判の争点から説明するのが一番分かりやすいかもしれません。介護保険制度がはじまった2000年度以降の介護事故裁判の争点には、ほとんどのケースで「債務不履行」という言葉が登場します。「訴えてやる」とは、実際には「損害賠償請求」というお金でトラブルを解決することを意味するのですが、その金銭でトラブルを解決する方法の一つが、この債務不履行という考え方なんです。
「債務不履行」の言葉を分解してみると、「債務」は「守る必要がある約束や義務」と考えてください。「不」は、「非」と同様に打ち消しの意味がありますね。最後に「履行」とは「実施する」という意味があります。ですから、この債務不履行とは、「約束していたにもかかわらず、その約束を守ってくれなかった」という意味になり、そのことをもって、損害を受けたから訴える、という意味です。
つまり日々、提供されている介護現場での債務不履行責任による損害賠償請求とは、ケアプランで実施すると約束されていた介護が、実際には行われていなかった、また記録等の不備から介護を実施していたかどうかさえもわからなくなった場合の訴えです。
あなたは労働契約と言う意味では、法人とあなたとの雇用をめぐる権利義務関係になりますが、仕事の遂行という視点では、「利用者からお金をもらってしかるべき約束を果たす」必要があるということです。
上司からの評価も、「対人関係、コミュニケーションが苦手…」という言葉がありましたが、対人関係を円滑にする上でのコミュニケーション技術も、利用者との間で果たすべき約束を守るために、そもそも判断能力が低下しており約束することすら難しい高齢者や家族に対し、説明義務を果たすという点からも、上手なコミュニケーションのとり方を学び、技術を向上させる必要があるわけです。
あなたが言う「仕事」とは、いったい何をすることを指しているのか…?介護の仕事とは、一般企業と比較した場合においても、比較的仕事の対象者である利用者に向き合い、仕事の価値判断や業務の方向性を会社の方向性ではなく、利用者に沿うことを是とされている環境にあります。
にもかかわらず、今のあなたは「どこを向いて仕事をしているのか」かが分からないような仕事の仕方や職場への評価なものですから、「私なら雇わない」と言ったまでのことです。
介護現場の仕事とは奥深いものです。あなたの今の置かれている環境、キャリア、得意とする領域を、利用者の益につながる方向で、約束という視点から再度見直してみる時期ではないでしょうか。「30代半ば過ぎ」ということですから、年齢的にも最後のチャレンジですよ。