事件は現場で起きている

事件は現場で起きている

質問内容をクリックすると答えが開きます。
>> Q1〜Q10へ >> Q11〜Q20へ >> Q21〜Q30へ >> Q31〜Q40へ >> Q41〜Q50へ >> Q61〜Q70へ

Q51. 九州エリアの特別養護老人ホームで生活相談員をしている者です。比較的大きい法人である私の施設では、新入社員が50名ほど入職してくれました。今年は高卒者と大卒者という介護の経験が極めて少ない新人も8割ほどになりましたから、新人研修についても介護技術だけではなく、介護保険制度や認知症の理解などの研修も一通り終わったところです。過去のからすの先生の連載を参考にしながら、うまく進めてきたつもりなんですが、新人の反応があまりよくなく、分かっているのか、分かっていないのか、質問に対してもほとんど答えられない状況でした。相談員という立場上、皆の前で研修等で話す機会も多いんですが、からすの先生がよく言われている「説明責任」が果たしきれているのか不安な毎日です。上手な説明の仕方やコツがあるのでしょうか?

A51. 新入社員への研修は、とても大切になってきます。はじめが肝心ですからね。新入社員は、入職する前に、いろんな予備的知識を詰め込んで入ってきます。ですが、入職し、皆さんのような先輩方の介護の仕方や、利用者に対する呼びかけ方、話し方、接し方で、「ここでは、これでいいんだ…」と判断するわけです。たとえば、お年寄りを「●○さん」と呼ぶのか、「○●ちゃん」と呼ぶのか。合言葉のように「ちょっと待っててください」とスタッフが利用者を待たせたままにするのか、それとも「待たせる」とこを施設として許さない方針なのか。
 
先輩である皆さんの一つひとつの行動が、新人にとっては「基準」となるわけです。もっとよくないのは、先輩職員の個々によって、利用者への対応や反応が異なり、新人がどちらを真似ればいいのか、戸惑うような場合です。その結果、新人は楽な方を選びますので。欲をいえば、新人教育の前に、現有スタッフの教育について、法人や施設での統一的な決まり事を設定しておく必要があるわけです。その落としどころや模範となるのも、生活相談員の役割の一つでしょうね。

さて、「説明責任」の重要性について、理解して頂いてとても嬉しく思います。そうなんです。これからの介護業界には、この「説明責任」が求められますからね。ここ10年間の介護事故裁判の争点をみても、その一つに「監督的立場(上司)にある者に対する指導義務」が必ず問われていることからも、指導的立場にある者が、部下に対して教育・指導する責任がある、ということは明らかです。皆さんは、「ちゃんと伝え、説明したつもり」でも、部下にとってみれば「頭ごなしに叱られた」としか受け止めていなければ、皆さんは指導義務を果たしたことにはなりませんから。
 
ご質問のなかにもありましたが、最近では、介護福祉士等の有資格者ではなく、高卒者から丁寧に育てる法人も多いようです。となりますと、私たちが措置制度の時代に実習や新人研修で教えられてきたような教育スタイルと、いまとでは、まったく方法が異なると思ってください。つまり、教育を受ける側である新人の、これまでの教育環境と、私たちが受けてきた教育のそれとでは、180度近く変化しているということです。
 
たとえば、よく「さとり世代」といわれますが、その世代はいまの20代前半くらいの若者を指します。もう少し上は「ゆとり世代」といわれ、2002年度の小中学校の学習指導要領で学習した27歳前後の若者を指します。バブル期を経験している私たちとは、まったく当時の社会環境が異なるわけです。いまの若者を象徴するキーワードだけを列記すると次のようになります。
 
「KY」空気が読めない、の頭文字。不景気しか知らないので欲がなく、頑張ってどうなる、という反応。Face bookの「認証」や「いいね」、ラインの「既読」といった「承認」にこだわる。地元志向なのも特徴です。大手安売りショップや100円で何でも買える店などの出現で、「安かろう、そこそこ良かろう」がブランド化していますし、あこがれよりも一体感を求める傾向が強く、そしてSNS(ソーシャルネットワークサービス)の普及によって、耳年増的なところがあるのもいまの若者の傾向です。
 
そういったなか、上司でもある管理職の皆さんが、どう説明責任を果たすのか。部下や新入社員の新人に、いくら時間をかけて話してみたところで、当の本人が理解していなければ、説明義務を果たしたことにはなりません。「そんな基本的なことから、一から説明しないといけないんですか…!?」と、質問とも抗議とも受け取れる問いかけを、管理者の方から直接私に向かって話されることがありますが、「そうです。管理職であるあなた自身の説明の仕方が、間違っているのかもしれませんよ…」と火に油を注ぎかねない返事をせざるを得ないのですが、説明責任を果たすために、多大な時間と労力を要することだけは確かです。
 
では、上責者として説明責任を果たすため、どのような工夫がいるんでしょうか? 説明責任の方法としては、二通りの手段が考えられます。口頭で伝える場合と、書面でのそれと。口頭による説明の場合、話の筋道はいうまでもありませんが、話し方やリズム、視線など細かい点での配慮が必要となります。また、書面による説明の場合にも、論建てに次いで字体やフォント等の見やすさも重要になってきます。ただ、言葉と文字との違いは、言葉の場合、行ったっきりの一方通行で消えていくもの、と考えてください。書面による文字の場合は、何度も読み返すことができ、消えないわけです。その違いを理解しながら、皆さんは、説明責任を果たさなければならないわけです。
 
私の拙い教育活動と、講演等において、人前で説明(口頭)をする際に心がけていることをお話しします。
 
まず、時間配分と必ず押さえなければならないポイントにズレがないようにします。一番伝えたい、伝えなければならないことは何か、そのためにどう話すのか、ということです。聞いている人の集中時間は10分程度です。その連続で話を展開してください。ポイントは繰り返すのが効果的です。なぜ、ここが大事なのかメリハリをつける必要がありますから。「ここで伝えたいことは、次の3点です。まず1つ目は…」といった感じです。「すでに伝えたはず、分かっているはず」というのは、伝える側の思い込みであって、伝わっているのか、理解しているのかどうかを、相手の言葉で確認・説明させることも重要です。大きな声ではっきりゆっくりと、間を空けながら、強弱をつけて、といった感じです。相手は、内容そのものよりも、伝える側の熱意や想いに反応し記憶されるものですから。また、介護現場では女性職員が多い傾向にありますから、人によって話す基準や態度を変えないという公平な姿勢が必要です。事前の準備としては、「準備は完璧に」です。自信が話す側にとって余裕につながり、相手にとっても安心につながるからです。人前で緊張しないコツなんてものは、ありませんので。

書面による説明では、数字を違う角度から扱うと効果的です。「4人に1人が高齢者」といったところで、何も面白くはない自明の話に終わるだけです。日本の人口で最も多い年齢が65歳であること。具体的な芸能人や法人内の該当する人をあげてみるのも身近な視点として扱えます。また60歳以上となると34%を占め、彼らだけで日本国土の1/3を占拠できること。都道府県で言えば、南の沖縄から彼らが移住したとすると、どの県まで占領することができるのか…などの会話で話をイメージ化することができます。

口頭による説明の場合、声の大きさや説得力、スピード、時間枠、視線、身振りを考えておく必要があるでしょうし、書面による説明では、見やすさ、文字の大きさ、文字の種類、段落の区切り、文の配置(座り)、句読点や接続詞、助詞の使い方といった文の作法に注意が必要です。

いずれにせよ、説明を受ける本人にとっては、皆さんの説明を「聞きたいわけでもなく、読みたいわけでもない」内容であるということを念頭に、説明責任を果たすには工夫がいるということです。

▲ PAGE TOPへ

Q52. 東海地方の特養で生活相談員をしている者です。4月からの新人スタッフも、それなりに頑張っていますが、彼らの介助や記録の書き方をみていると、介護事故が起きた場合、家族に何ら言い訳できる部分がなく、不安でたまりません。実のところ4月にも、転倒や誤嚥で亡くなられた利用者もおりましたし、今後、ご家族との交渉が始まります。ご家族からは、何回かの面談の後、電話ではありますが「損害保険の方ではいくらになりますか…?」という質問があるくらいです。
からすの先生の連載を読ませて頂きましても、災害リスクへの対応にシフトしなければならないと思うのですが、介護事故が多く、いまは時期的にも余裕がない状況です。
介護事故について、新人職員にも分かるような事故防止策について、ご指導願えませんでしょうか。

A52. 日々のお仕事、本当にお疲れ様です。そうですね。私の研究所にも、介護事故に関する和解や示談の相談が非常に多くなっておりますから、ご質問にありますように、日々の業務のなかで余裕がなくなっている状況も理解できます。

また、この4月から入職したような新人職員にとっては、はじめてのことばかりでしょうから、実際に大きな事故に到らなくとも、ヒヤッとすることは頻繁にあると思います。新人研修等で、「裁判事例からみた介護事故の実態について話してほしい…」という依頼も多くありますが、新人職員に対し、あまり介護事故のリアルな実態や判決内容を伝え過ぎると、その恐怖感から介助に萎縮し、「リスキーな方の担当にならなくて良かった…」と思われるのも本末転倒なことです。だからといって、「事故がないように…」と、伝えないわけにはいきませんからね。ですから、新人職員に対しての介護事故防止に向けた伝え方には工夫がいることも事実です。

過去の連載でも何度かお伝えしていますが、「介護現場では事故は必ず起きる」ということを前提にしてください。それを利用者だけではなく、家族にも伝えておくことが必要です。自宅においても、転倒や誤嚥は施設での場合と比べて何倍もの危険性があり、また施設ではマンツーマンでの対応ができるわけではないことも。
では、どうやって、新人職員に対して介護事故の防止策を伝えるのか?

大規模災害時におけるBCP(事業継続計画)は、みなさんの施設や法人でも取り組まれていると思いますが、その手法が使えます。BCPつまり事業継続計画とは、何か大きなトラブルがあった際、介護のレベルといいますか、水準がガクッと落ちるのを半分程度までのダメージで抑え、その後の復旧について、もとの介護レベルに戻すまでの期間を短縮させる、という取り組みのことです。介護事故についても、大規模災害時と同様なダメージがとくに働く職員に対して発生しますから。たとえば、転倒事故が同時に複数発生するだとか、転倒・誤嚥事故でフロアーにいる職員が総出となって対応しているさなか、違う利用者の看取り介護も同時にしなければならない状況であるだとか…。そうなると、その場しのぎの対応では間に合わないだけではなく、その後の家族への説明を含めた対応についても、後手に回ってしまい事実確認すらままならない状況も考えられます。

大規模災害時におけるみなさんの施設で、リスクを考える際の図上訓練と同じように、5W1Hの視点から、標準的な模範回答ではなく、みなさんの施設に応じた独自の対応や課題の「気づき」を理解しなければなりません。その「気づき」や「課題」を十分に引き出すため、何を行うのか(WHAT)だけではなく、誰が(WHO)、いつ(WHEN)、どこで(WHERE)、どのような手段(HOW)で行うのか、そして、なぜ(WHY)その回答を選択したのかを、より掘り下げるための訓練をしておいて頂きたいんです。

では、具体的に事例から演習していきましょう。
要介護度3で、85歳の女性利用者が、昼食後、トイレに行こうと立ち上がり歩き始めたところで転倒。あまりに痛みを訴えるので救急車を呼び、医療機関に受診させたところ、右大腿骨頸部骨折と診断された。
分かっているのはこれだけです。図上訓練のように、5W1Hの視点から分析していきましょう。そのなかで課題も浮かびあがってきますから。誌面の関係で、何を行うのか(WHAT)、誰が(WHO)、いつ(WHEN)について説明します。

何を行うのか(WHAT)
「なぜ、事故が起きたのか?」を真っ先に考えるべきではありません。事故は必ず起きるものですから。必ず起きる介護事故について、なぜ起きたのか? を考えてみたところで、あくまでも結果論にしか過ぎず、職員個人の問題や素質、頑張りに原因があるかのような流れになってしまい、次に事故を防ぎやすい体制作りには決してつながりませんから。
まず、事故をされた利用者のケアプランを確認してください。とくに別表(2)です。その用紙には、左から課題やニーズ欄があり、右に向かって長期目標、短期目標、一番右端に実施するサービス内容欄があると思います。事故発生の直近のケアプラン別表(2)で、とくに「実施するサービス内容」と、直近1ヶ月前までの介護記録を整理する必要があります。ケアプランと記録との整合性が非常に大事になります。それから、過去半年程度の「ヒヤリ・ハッと」も過失責任を問う上で重要になります。また、要介護度3ということですので、認知症も含め過去の既往歴の確認を医師の意見書からまず確認してください。

誰が(WHO)
「トイレに行こうと立ち上がった…」ということですから、歩行介助の必要性があったのか、先ほどのケアプランや記録等で確認できると思いますが、四六時中の介助が必要のない方や、見守り程度の必要しかない方の場合には、その事故発生時もっとも近くにいた職員からの聞き取りや、その利用者が属するフロアの責任者が、その方のことを一番知っているはずですから、相談員レベルの職員が聞き取りを行う必要があります。何を行うのか(WHAT)の確認も、フロア責任者と相談員クラスの職員で行います。

いつ(WHEN)
事故発生後、事故報告書を作成する必要があるでしょうから、その報告書作成と同時に、上記のことを確認する必要があります。もちろん、家族へ事故発生の一報を入れた後に、家族への対応が必要となりますから、事故発生の一報後、家族との面談や交渉の前に準備しておく必要があります。時間が経つほどに記憶も曖昧になり、かえって自己防衛的な感覚も頭をもたげるものですから。なるべく事故発生後時間をおかないことが賢明です。また、医療機関に受診とありますが、転倒後、何時間後に救急車を呼んだのか、という点も非常に大事です。「期待権の侵害」といって、「もっと早い時期に病院に連れて行ってもらっていれば、こんなにひどくならなかったのに…」という家族からの訴えは、転倒・転落事故裁判では必ず争点になる部分ですので。

転倒・転落事故における過去5年間ほどの介護事故裁判の争点は、①「『ヒヤリ・ハッと』からみた過失の有無」、②「ケアプランと実施された介護記録との整合性」、③「リスクマネジメントに対する職員教員」、④「病院への搬送のタイミング(期待権の侵害)」、⑤「監督的立場(上司)にある者に対する指導義務」、⑥「適切な人員配置」となっていますから。

▲ PAGE TOPへ

Q53. 関東地区で施設長を仰せつかっている者です。利用者から職員への暴力について、サービス提供の拒否ができるのかどうか、お知恵をお借りできればと思っております。特養に併設しているデイサービスに通われている男性利用者が、女性介護職員に対し好意を抱き、ストーカー的なつきまといの結果、思いが叶わないと感じた利用者が、好意を寄せる女性介護職員に脅迫行為と暴行にまでおよび、職員自身が恐怖で出勤できない状況にまでおかれています。職員を守るため、またこのままでは職員からの退職が予想されるなか、利用者へサービス提供の拒否を申し入れようと考えています。

A53. そうでしたか。施設長としてもここまでのケースは前代未聞のことだったと思われますし、当事者である女性職員の恐怖と不安は計り知れないものがあったことと思います。このようなケースは、息の長い取り組みが必要になり、完全に解決し安心するまでには時間がかかる、ということを管理者の方は覚悟しておいてください。

特養をはじめとした介護事業所を取り巻くリスクは、いま、大きく分けて4つあります。㈰大規模災害時の対応リスク、㈪高齢者の層が激変するというリスク、㈫日々発生する介護事故のリスク、最後に㈬労務管理を含めた人材のリスクです。今回、ご相談のあったストーカー、脅迫・暴行のようなケースは、㈪高齢者層の変化に伴うリスク、㈫介護事故リスク、㈬労務管理のリスクに広く該当するものです。

高齢者層の激変リスクについては、現在、我が国の人口割合でいうと65歳の方が最も多く、次いで66歳、67歳と続きます。「2025年問題」といわれる由縁も、この年齢層の高齢者が75歳以上の後期高齢者に突入することに関係がありますし、さらに60歳以上のシニアを含めた人口層でいえば、なんと人口の34%を占めることになりますから、比較的若い層の高齢者が、今後、皆さんの介護サービスを利用することについてのリスク、ととらえて頂ければ結構です。

介護事故リスクとの関係でも、従来は、介護職員が介助中に利用者を転倒させてしまうであるだとか、うっかり目を離したすきに誤嚥させてしまうであるだとか、職員が利用者に不利益を与えてしまうケースが主でしたが、認知症の利用者が認知症の利用者に危害を加えてしまったようなケースもあり、そしてこれからは、ご相談にもあるような、利用者が職員に危害を加えるケースも頻発すると考えられます。

では今回のケースで、問題のある利用者に対し、サービス提供の拒否まで踏みきれるか考えてみましょう。

介護保険法で規定される事業所が、利用者へのサービス提供を拒否できる例外的なケースとは、事業所の利用者定員や職員数の関係から利用申込みに応じられない場合や、利用者の所在地に対して、事業所の実施エリア範囲外な場合、そしてその他として、適切な介護サービスを提供することが困難な場合、とされています。基本的には正当な理由なく、とくに所得の多寡や利用者の所在地などを理由に、サービス提供の拒否をすることはできません。

ご相談のケースの場合、サービス提供の拒否ができる例外規定として、「その他、適切な介護サービスを提供することが困難な場合」に該当するか否かです。介護事業所において、暴言や脅迫まがいの行為、暴行などについては、ごく一部の利用者や家族にそうした例もありましたし、被害を受けるのも多くは男性職員であったように思います。ですが、今回のようなストーカー行為がエスカレートした暴行事件については、過去にあまり例を見ず、行政解釈も含めて統一的な見解は存在しません。 同様のことは病院においても、医師法第19条1項「診療に従事する医師は、診察治療の求めがあった場合には、正当な理由がなければこれを拒んではならない」という規定が存在します。いわゆる応招義務といわれるものです。この場合でも、過去の裁判事例では医師が国に対して負う義務であって、患者に対して直接負う義務ではない、と規定されています。つまり、患者が医療機関や医師に対して、診療請求権を有しているわけではなく、それに反しても罰則はありません。介護現場においても、同様の解釈がなされています。

そうはいっても医療や介護の領域は、一般の商取引をめぐる契約とは異なり、生命や日常生活を直接的に支えるものでありますから、診療拒否や介護サービス提供拒否は極めて例外であると考えた方がいいでしょう。

ですが、今回のご相談のようなケースの場合、とくに介護現場で発生したことの難しさと意味を整理しておく必要があると思われます。難しさとは、認知症状のある方をサービスの対象としている点です。認知症を患う高齢者の場合、刑事的(民事も)な責任能力を問える相手ではないことから、これまでも女性職員が、男性利用者から身体を触られたり、また罵声を浴びせられるようなシーンは多々あり、職員個人の気持ちの切り替えで何とか整理し乗り切ってきたのではなかったでしょうか。また、認知症状によって判断能力がなくなり、これまでとは質の異なる問題行動が発生したとしても、そのことへの対応が、仕事としての対人援助業務の範囲内にあるのではないか、という側面も争点となります。 しかし、今回の相談内容では、利用者に認知症や精神疾患的な妄想があるのかまでは定かではありませんが、ストーカー的行動や脅迫・暴行にまで及んでいる以上、法人や施設としては使用者責任と職員の安全配慮義務の履行という視点から、しかるべき対応をとる事態におかれていると思います。

具体的には、警察に被害届を出させるよう、被害に遭った職員を促します。暴行にまで到っているということですので、医療機関へも同時に受診させ診断書を作成しておく必要があります。一方、法人としても、使用者責任として職員の安全を確保する必要がありますので、警察への被害届を出す必要があります。どのような被害かというと、そのトラブルのために職員が出勤できず、人員の補充やサービス提供のために必要となる人員基準を満たせない場合も考えられるわけです。また、ストーカー行為に及んでいる利用者からすると、目当ての職員が休んで出勤していないことから、デイサービスにまで訪れ、他の職員に居場所を尋ねたり、さらなる脅迫が繰り返される可能性も大きいことから、他の職員の安 全確保のためにも必要であるということです。警察機関としては、一般的なストーカー対応として、転居する、職場を変わる等のアドバイスを行うはずです。そうした場合、被害に遭った職員は大きく人生設計が狂わされるだけではなく、法人としても貴重な人材を失うリスクがあるわけです。

よく似た事例に、利用者の家族がほぼ毎日面会に訪れ、その家族が職員の介助行為について難くせをつけ、職員を罵声し続けた結果、職員の方が精神的に追い詰められ勤務できず退職届を提出するにまで到った相談もありました。イメージとしては、母親が入所し、その息子や娘が毎日面会に訪れ、ほぼ一日中職員の介助を監視しているような場面設定です。このようなケースでは、法人側としてその家族に対し、刑法上の業務妨害罪にあたることを説明する必要があります。職員の業務としての活動が、第三者からの難くせや暴言によって妨げられ、そのために業務に支障が生じた事実がその理由です。場合によっては、利用者に退所して頂くか、または面会に来る家族への面会時間や回数、面接する場を制限す ることも可能です。

ただ今回の質問に対する回答についても、被害を受けたという事実を裏づける記録や、他の職員たちからの証言、つまり第三者による援護も必要になってきます。ストーカー行為等を含めた今回のような相談は、高齢者施設であっても今後、確実に起こることが想像されますし、また、職員の誰もがそのリスクにさらされているということを理解しておいてください。

▲ PAGE TOPへ

Q54. 九州地方で生活相談員をしている者です。先月の超大型台風の影響で、施設周辺に特別警報が発令されました。当施設は、福祉避難所の指定を受けていたものですから、地域の方が大量に避難して来られ、また特別警報が出された直後から、避難するために自宅を出ることすら困難な状況におかれている地域の要介護者への対応を協議している最中、山間部に位置する施設の裏山が崩れ、大量の土砂が施設内に流れ込むなど、大雨と土砂災害の怖さが分かったような気がしました。比較的、台風の影響に慣れている私たちの施設でも、一時的に全ての機能がストップしてしまいました。以前から「防災チェックシート」のようなものでチェックしていましたが、まったく役に立ちませんでした。再度、防災について職員全員と考え直したいのですが、何かアドバイスを頂けると幸いです。

A54. 今回の巨大台風は、九州地方だけではなく、東北でも河川の氾濫や堤防の決壊等、甚大な被害が報告されましたから、全国各地で水害と土砂災害に見舞われた期間だったと思います。

これまでの大規模災害に対する連載でも、津波リスクに対する内容が主だったと反省しています。夏本番となるこれからの時期に多くなってくるのが、ゲリラ豪雨を含めた大雨と、大雨に伴う土砂災害でしょうね。とくに山間部では、土砂災害に細心の注意を払う必要があります。土砂災害にいたる直接的な要因は、大雨だけではなく、地震そして火山噴火などによって引き起こされることも覚えておいて下さい。

津波による直接的な被害を受けない、という意味では、海岸線に接していない自治体は、内陸県といわれ、具体的には埼玉、栃木、群馬、山梨、長野、岐阜、滋賀、奈良の8県となります。そして、奈良県を除いて7つの県はすべて隣接しており、マグニチュード8級クラスといわれている南海トラフ巨大地震が発生した場合、内陸県であることから大津波による直接的な害を被る可能性は低いものの、津波によって被災した圏域からの利用者の受入れを期待される県としての責任と役割が大きくなってきます。つまり、大災害時における自施設の役割を、被災圏からの「受入れ施設」として機能させることが求められるということです。これは、何も海に接していない内陸県独自の災害リスクというだけではなく、同じ県内でも、沿岸部と山間部があるエリアであれば、同じように利用者や職員の受け入れを期待される施設となることを意味します。

「-防災について、職員全員と考え直したい…」という事でしたら、土砂災害に見舞われる可能性の高い施設である、というだけではなく、自施設での災害対応力向上という視点から、皆さんには考えて頂きたいと思っています。つまり、「リスクの正確な把握」です。具体的な話し合いのテーマとしては、①市町村が発行しているハザードマップや、国土交通省が管理しているハザードマップポータルサイト等をみて、自施設がどのような立地条件・環境におかれているかを確認し話し合ってください。例えば、河川等の氾濫や水害、土砂災害、液状化、豪雨、暴風などの項目からです。②施設周辺の避難場所(一時避難所)や避難所(二次避難所)の場所、そこへの経路、手段についても話し合ってください。③施設が立地する土地の由来や歴史について、地域の方にも協力いただき知っておいてください。

つまり、「リスクの正確な把握」については、皆さんもよく目にするような、「防災チェックシート」の項目にチェックしている程度では、リスクの正確な把握、とくに「十分な把握」とはいえないことを意味しています。では、大規模災害時における「リスクの正確な把握」について、私から質問をさせて頂きます。「みなさんの施設において、最悪の場面とは何をイメージしますか?」 一つ例をあげると、北海道の社会福祉施設では、「二月に電気が不通となること」がほとんどの施設において最悪の事態であり、利用者だけではなく職員にとっても死を近くに感じる事態、と語っていました。
皆さんの施設は、どのような立地・環境にあるのでしょうか? 山間部であれば、大雨による土砂災害があげられるでしょうし、川沿いであればゲリラ豪雨などでの河川の氾濫や堤防の決壊などの浸水があげられます。市街地であっても、地震や火災の際には道路の大渋滞が予想されますから、車での移動や避難は不可能となりますし、埋め立てた場所に施設が立地しているような場合には、地面の液状化で建物が傾くことも考えられます。  

ハザードマップ等を利用して、自施設における「地理的リスクの把握」からはじめる必要があります。職員によっては、遠くから通っている者もいるため、施設周辺の土地について、昔から知っているわけではない可能性もあります。施設が立地する土地にまつわることや、避難場所までの経路など、どこを通っていくのがもっとも安全なのか、地域の方の意見も交えながら確認することは重要な視点です。
今年の2月に出された「大川小学校事故検証報告書(宮城県石巻市)」でも、あのときの大災害によって、事故発生時11名の教員のうち10名が亡くなりましたが、その7割の教員が大川小学校での勤続年数が2年未満と短かったことが分かっています。つまり、その土地のことを知らない職員による、施設外への避難の場合、より地域のことを知っている者による知恵が必要であるとも言えるわけです。
地震による大津波と、大雨による土砂災害。防災という視点から、この二つには大きな違いがあります。地震は予測することができませんが、大雨は気象情報によって勢力や上陸日時、進路等ある程度の予測をすることができる点です。つまり、身近な危機に対し「備える」ことができるという点です。
 
私からの質問であった、「みなさんの施設において、最悪の場面とは何をイメージしますか?」に対する話し合いの中から、皆さんの施設独自の防災マニュアルや、防災ハンドブックなるものを作成していただきたいのですが、これらは模範解答的な、答えを求めるようなスタイルではなく、それぞれの施設における立地条件や設立年の違い、職員構成や利用者の年齢・障害の程度等が異なりますので、皆さんの施設にとって、もっとも困難であると思われる災害と時間、条件等の場面設定を行い、施設独自の防災マニュアルを作るための「気づき」と「課題」を発見するためのものと認識してください。 
施設としてのマニュアルの完成度が高くても、実際に起きるであろう大規模災害時に役立たなければ、まったく意味のないものになってしまいます。
 
繰り返すようですが、防災をめぐる職員全員との論議のなかでは、模範的解答やありきたりな答えではなく、皆さんの施設で、「何がどこまで準備できていて」、「何が不足しているのか」、「その不足を満たすには、何が必要で、どこに限界があるのか」を気づき、自施設では限界のあることを、他事業種や地域との連携のなかで補完し合えるのはどこの部分であるのか、について、認識していただく機会ととらえて下さい。

▲ PAGE TOPへ

Q55. 四国地方で生活相談員をしている者です。先月の台風11号に伴う水害では、高知県や徳島県に甚大な被害の傷跡を残していきました。私が勤務する施設でも、近くの河川が決壊し、施設の一階部分は完全に水に浸かってしまいました。勤務して15年目を迎えますが、ここまでの浸水は初めてのことでした。
 
からすの先生の連載を読み、備蓄品の整理等、防災に対する備えをしてきたつもりではいましたが、避難指示が出された時には、避難するべきなのか、先生がよくお話しされているように、籠城スタイルの立てこもり型で耐え忍ぶのか、非常に迷いました。

A55. 今年の夏は、連続した大型台風の襲来によって、九州や四国だけではなく、東海や東北に到るまで、日本列島すべてが異常気象に見舞われました。
 
なかでも、大雨特別警報が発令されたような区域では、過去に経験をしたことがないような河川の氾濫・決壊、浸水に襲われました。
 
ご質問にありました「避難するタイミング」…。これがもっとも難しい点です。以前の連載でも、触れたところだと思いますが、宮城県岩沼市の海岸線に面している特別養護老人ホームの職員・利用者全員が、当初計画されていた避難場所ではなく仙台空港に逃げ込み、九死に一生を得、「奇跡の生還」とメディアでも大きく報道された施設がありました。私も調査のために何度も訪れ、施設長や管理者の方にお話を聞く機会に恵まれました。避難のため、利用者を乗せた車両を仙台空港まで職員がピストン運転し、恐怖のなかでひどく動揺しているに違いないわけですが、「なぜ、冷静に行動できたのか…?」を伺ったわけです。それに対して、「津波の恐ろしさが分からなかったから…」という返事を聞いた直後
、次の大規模災害の怖さが分かったようにも思えました。
つまり、次の首都直下型地震であろうと、南海トラフ地震であろうと、地震に伴う巨大津波が海上で発生し、数十分後、陸地にもたらす惨状を、我々は既にメディア等で知っているわけです。冷静でなくなった場合の、次の対応ほど恐ろしいものではありません。ですから、私たちは、「危険や危機」を「恐怖」にまでしない備えが必要であるということです。そのためには、「判断」するための「状況確認」が必要となりますし、その「タイミング」や、「根拠」が求められます。
 
ご質問にありますような「避難するタイミング」については、被害の発生についての予見が可能であったか否かが問われます。先の東日本大震災による大津波で犠牲となった、町立保育園園児の遺族が提訴した裁判でも、町側に地震に伴う大津波によって、浸水範囲が保育所のある陸地にまで及ぶことが予測し得たかどうかが争われました。
 
提訴された町立の保育所は、海から1.5離れたところにある平屋の建物であり、町のハザードマップでも津波浸水予測区域外とされていました。保育所では、発災直後、防災無線やサイレン設備が破損し、ラジオやテレビも停電になり視聴不能となったことから、保育士が町の災害対策本部まで車で赴き、災害対策本部長である町の総務課課長に指示を仰いだわけですが、「現状待機」との返答を得たわけです。その回答を保育所に戻り園長に伝え、結果として発災直後から1時間15分間も園児らと保育士は園庭に待機し続けたため、避難が遅れた3人の園児が亡くなったわけです。
 
争点としては、保育委託契約の債務不履行ということで、町立保育所である園児の避難方法を求められた際に、避難を要する旨の指示をすべき義務、保育士に園児らを安全な場所に避難させる義務、保育士らに、避難の際に少なくとも一人の保育士が一人の園児を誘導するなどの適切な方法で避難すべき義務、等があげられました。
 
ご質問にある、「避難するタイミング」に絞って、町立保育所での争点を整理すると次のようになります。
・避難指示を出すほど、保育所に津波が到達することを予見できていたか?
・予見するための情報を収集できていたか?
・その情報のなかから、予見すべき危険性の程度は?
・保育士や現場のスタッフに求められる避難させるべき義務は?
・避難指示を仰ぐ、避難指示を受ける…。はたしてその指示は的確なものだろうか?
 
地震や津波についての情報収集という意味では、電気等のインフラがストップするなか、町の災害対策本部は、設置されたテレビ(ワンセグ)やラジオによる情報収集、つまり災害対策基本法第23条の2第4項1号で定められた情報収集の事務が、適切に遂行できたのか否かが問われました。また保育所では、保育委託契約に基づき園児を保護者に引き渡す義務を行うにあたって考慮すべき点が問われ、被災している周囲の状況により園児を他所に移動させることについての危険性の有無や、園児を迎えに訪れる保護者による保育所において引き渡しを受けることへの期待、さらに保育所において園児を引き渡すことの確実性、その具体的な方法などが争点になりました。
 
さらに個々の保育士に対しても、保育委託契約に基づいて、園児らを安全に保護者に引き渡すため、災害発生時に情報を収集し、収集した情報をもとに避難させる等の義務について問われましたが、今回のケースでは、保育士の一人が災害対策本部に避難指示の伺いをたてたところ、本部長による「現状待機」の指示を得ていたことから、保育士個人による予見の可能性を低くみた結果となりました。最後に、1人の保育士が1人の園児を誘導するなどの方法で避難すべき義務については、どの方向からどの程度の津波が押し寄せているのかの情報を得ることなく、津波が目前まで迫ってきている危機的状況のもとでは、避難行動として保育士各自が速やかに園児とともに津波から遠ざかることしかできなかったであ
ろうと結論づけています。
 
このような視点から、町立保育所で保育中の園児らが巻き込まれて死亡した事故につき、町側に予見可能性がなかったとして町の責任が否定された事例でした。過去の連載でも、同じような東日本大震災による津波によって、幼稚園児たちが送迎バスとともに巻き込まれ死亡した裁判を紹介しましたが、その場合の予見できたかどうかの可能性としては、地震学者でも予知できなかった巨大地震の発生という点ではなく、その後に襲ってくるであろう津波被災の可能性を、防災行政無線やラジオ放送によって予見できたかどうかという視点から、学校法人である幼稚園側の責任を重くみた判決でした。
 
保育所と幼稚園とでは、行政管轄が異なるものの、避難弱者という点では共通しています。避難弱者である災害弱者は、今回のケースで紹介しました子どもだけではなく、障がい者や妊産婦、そして皆さんが勤務する高齢者施設のお年寄りも当然のように含まれます。
 
この夏の異常気象では、台風に伴う豪雨によっての浸水被害と土砂災害が主でした。避難する場合の情報収集、避難先、避難する経路の確認、その具体的手段、順序等、これらから「避難するタイミング」を計る必要があります。

▲ PAGE TOPへ

Q56. 東北地方で生活相談員をしている者です。来年の4月から、介護保険法が大きく変わると言われていますが、具体的にはどのように変わり、介護の現場で勤務する私たちの働き方にどう影響するのでしょうか? 

A56. 全国各地で頻発する自然災害への備えや、毎日のように起こる転倒をはじめとした介護事故への対策、そして数年前から非常に多くなっている利用者や家族からのクレーム等で、介護の現場はいま混沌としていることでしょう。そんななか、介護保険法の大きな改正が来年度から実施に移されるとあって、制度変更への対応もする必要があるなど、希望よりも不安の方が大きい毎日を過ごされていると思います。
 
質問にあります通り、来年度から、介護保険制度の運用が大きく変わろうとしています。皆さんも耳にされたことがあると思いますが、数年前から論議されてきた「社会保障と税の一体改革」の考え方を具体化するために、医療法や介護保険法の改正案の19本を個々に審議するのではなく、大筋に沿って一括して論議し成立させた法律が、来年度から実施に移されるということです。正確には、今年の6月18日、国会で成立した「地域における医療及び介護の総合的な確保を推進するための関係法律の整備等に関する法律」というのが、今回の改正内容であるいわゆる「医療介護総合推進法」です。
皆さんも、「要支援って、介護保険から外されるみたい…」だとか、「利用料の1割負担が上がるらしい…」という噂を耳にしていると思います。
「どうして、今頃…。それもこの時期に…」と思われるかもしれません。背景としては、政府が消費増税への理解を国民に得るため約束をした、持続可能な社会保障制度の再構築に向けての流れと考えられます。現在、60歳以上のシニア層が国内の34%以上を占め、かつ人口的に最も多い65歳~67歳までの団塊世代が、いまから10年後の2025年には後期高齢者に達する環境を考えれば、医療や介護の適切かつ効率的な給付と、その給付を少しでも抑えなければ、社会保障費の破綻を招くという現状から出された法律なわけです。
とくに、高齢者の急増に伴う社会保障給付費の増大だけではなく、それを負担する現役世代の人口が減少するなか、患者や利用者の不必要な給付を制限し、かつ一方で自己負担の引き上げも図りながら、世代間での負担と給付のバランスを考えるという発想です。
改正の内容は多岐に及びますが、皆さんの現場に直接関係するものだけを取り上げたいと思います。
 
介護保険法の改正部分については、下記の4つとなります。
①要支援等の軽度介護者は市町村へ
現在の介護保険法では、介護の必要度に応じて要介護度を1~5に分類し、生活支援が必要な、軽度の高齢者などについては要支援1~2と、合わせて7つのグレードによって分けられ、全国一律のサービスを受けることができました。ですが、この法律によって、介護の必要度が低い要支援1~2の利用者に対する訪問介護と通所介護は介護保険制度のサービスから外れ、市町村の事業へと移されます。つまり、今回の改正によって、要支援者に対する予防給付が、段階的に市町村の地域支援事業に移行されるということです。ただし、要支援者に対するサービスであっても、より専門性が高いと思われる訪問看護や訪問・通所リハビリ、福祉用具貸与等は、介護保険事業としてそのまま残されます。
②特別養護老人ホームの入所制限
この法律によって、来年の4月以降に特別養護老人ホームへの入所を希望する者は、要介護度3以上と限定されます。特養への入所希望が多くあるものの、絶対的に施設数が足りない状況から、在宅で生活することが難しい中重度な者を優先させるという考えです。特養への入所希望待機者は全国で約53万人と、この10年間で約10万人増加するなど、重度化する要介護高齢者の受け皿が未整備な状態からくる措置と考えてください。ちなみに、この待機者のうち要介護度3以上の者は、約3分の2を占めています。ですが、現在すでに入所していたり、要介護度1や2であったとしても、やむを得ない事情が存在する場合には、市町村の関与のもと入所できるなどの特例措置も設けられています。
③利用料の増加
介護サービスを利用した場合、いまの介護保険法では、1割の利用料を負担することになっていますが、来年の8月からは、一定額以上の所得のある者の負担が2割に引き上げられます。一定額以上の所得とは、主に年金等を指すわけですが、単身の場合では年間280万円以上の所得のある者が対象となり、夫婦の場合では359万円以上の年収を有する者とされています。
④補足要件に「資産」を勘案
特別養護老人ホームだけではなく、老人保健施設などに入所する場合において、介護保険施設では2006年度から、食費や居住費(ホテルコスト)について自己負担が原則となってきました。しかし、住民税非課税世帯や生活保護受給者等については、それらの費用を一部補助する補足給付というものがありました。これまでの補足給付で勘案される要件は、所得のみで資産についての規定はありませんでしたが、年金等の収入という視点だけではなく、預貯金等の「資産」についても、負担の公平化を図るため、補足要件が加えられました。具体的には、単身で預貯金等が1千万円以上ある者、また夫婦では2千万円以上ある場合には、補足給付をしないことが定められました。
 
今回の改正内容は、適切な負担と給付のバランスを再構成することが目的でありますから、所得のある者や資産のある者にはそれなりの負担を強いるものの、低所得者層への保険料の軽減も考えられています。第一号被保険者である高齢者の保険料については、保険者である市町村が徴収額を決定し、高齢者の所得に応じて基準額をベースに軽減措置がありました。これまで所得が少ない高齢者に対しては、基準額の2分の1や、4分の1といった二段階での減額措置を、来年度からは30%から70%減の三段階とし、低所得高齢者の負担軽減を図っています。
 
しかし、残された課題が多いのも事実です。たとえば、要支援者に対する予防給付サービスを、地域の特性に応じたものとするため、市町村の事業に移行させましたが、税収的に体力の乏しい自治体の場合には、サービス切捨てのような状況が想定されます。つまり、市町村間での格差が明らかであるため、どこで老後を過ごすかによって、最期の死に方にまで差が生じる、ということです。さらに、今回の法改正でも食事代や居住費に対する補足給付の要件に、これまでの所得という考え方に加え、預貯金等の資産の有無が付け加わりましたが、国民総背番号制(マイナンバー制度)がいまだ論議の途中といった段階で、資産を誰が何の権限でもって調べ、どう管理するのか、といった難題も残されたままです。

▲ PAGE TOPへ

Q57. 関西地方で生活相談員をしている者です。10月に発生した台風18号、19号の影響で、施設の1階まで浸水し、深夜に職員総出で土嚢を積み上げ、気づいたら朝を迎えるような状態でした。からすの先生がついもおっしゃっていた「1階から2階にどうやって利用者を移動させるのか?」の難しさを痛感した日だったように思います。とくに今回の台風が、土日で併設しているデイサービスがお休みの日だったものですから助かったものの、これが平日であれば、と思うとゾッとします。これからの災害対策について何かアドバイスを下さい。 

A57. この夏から秋にかけての台風は、勢力も強く、介護現場で働く皆さんにとっても土砂災害を含めた浸水を伴う水害に悩まされたことと思います。今回の強い勢力を保ったまま日本を縦断した台風は、立て続けに週末に上陸したため、デイサービスなどではさほど被害は大きくなかったのかもしれません。しかし、入所系である老人ホームでは土日祝日といった発想は関係なく、苦労されたと思います。とくに台風19号は、九州から西日本にかけて夕方から深夜に上陸し、猛威を振るったことが特徴でした。つまり、「夜勤帯の災害」というのが、想定している災害リスクのなかでも最高ランクに位置づけられるものですから。

その理由としては、職員の数が圧倒的に少ない時間帯であることや、特別警報を伴うような豪雨災害の場合には、落雷等で停電が考えられますので、夜勤帯に、それも人手が少なく、電気が使えないことからエレベーターも使用できずに暗闇のなかでの介護となるからです。そして1階フロア部分の浸水となれば、当然のことながら避難するのに時間を要する子どもや障がい児・者、そして高齢者といった避難弱者に対して避難を呼びかける避難準備情報が災害対策基本法に則って自治体から発令され、避難勧告や避難指示等の順でアナウンスされているタイミングと考えられます。高齢者施設の場合には、そのハード面から頑丈な建造物であるため、放射能災害や近隣での大火の場合を除いては、どこかに避難するというよりは、むしろ留まるという籠城型の方が望ましい、と予てからお伝えしてきました。

ですが、備えることはできます。最近ではとくに、特別警報を伴うような豪雨や土砂災害といった水害や浸水被害が特徴的ですが、地震や噴火など予知できない災害とは異なり、気象庁による発表を、テレビ(ワンセグ)や携帯ラジオ、そしてカーナビ搭載車であればテレビによって事前に情報を収集し、予測を立てることが可能なため、予測できる、つまり被災するまでの時間や規模・程度の予見が可能ということになります。

これからの防災対策についてのアドバイス、という意味では、「避難」をキーワードとして、台風や豪雨による土砂災害等の水害に際し、いかに予測し、避難すべきなのか、留まるべきなのか、を判断しなければならないという点につきます。

以前にも連載で紹介しました東日本大震災時の津波事故で亡くなった保育所と幼稚園の事例から、被災までの時間やその程度など、予見可能性を図るうえでの災害情報の入手について説明したいと思います。

つまり、気象庁から発表された災害情報を、テレビやラジオ、そして防災行政無線等でどう災害情報を入手したのか、また入手できたにもかかわらず、そうしなかったのかについてです。

宮城県山元町立保育所のケースでは、現状待機という災害対策本部からの指示で、発災から1時間15分の間、園庭で待機していた園児のところまで津波が来襲し、園児3名が亡くなった事例です。津波による被災時刻までにどのような災害情報が発信されており、どのような方法で情報を受信していたのか、という点に絞り整理すると、次のようになります。

町立保育所内では、防災無線やサイレンの設備が損壊し、ラジオやテレビも停電により視聴不能となり、また町役場福祉課に携帯電話をかけるもののつながらない状況のなか、避難指示を得るべく、保育士が車にて災害際策本部に駆けつけ「保育所です。避難指示を下さい」という質問をし、「現状待機」という指示を災害対策本部から受けたのが午後3時25分から午後3時30分までの間でした。ちょうどその頃には、気象庁により大津波警報の予報区が拡大された第三大津波警報が発令された時刻と重なり、発災直後の午後2時49分からNHKテレビでも岩手県・宮城県・福島県の沿岸部の様子をヘリからの中継で放送し続けていたわけです。裁判所も、避難指示を行うという選択をする場合、災害対策本部が町立保育所に津 波が到達するであろうことを予測できたかという観点から、気象庁やNHKテレビといった災害報道の発信状況を、地震発生直後の午後2時46分から午後3時10分頃までと、午後3時10分頃から午後3時30分頃までの時間帯に分けた整理を行い、津波の襲来を町立保育所が受けるのかどうかの予見可能性を計っています。この災害情報の収集に関しては、結果として災害対策本部内に設置されたテレビ(ワンセグ)やラジオによる情報収集を行うことができず、災害対策基本法23条2第4項1号における情報収集の事務が適切に行われていたとはいえないと判断したケースでした。

次に、幼稚園の事例では、園児を乗せた送迎用のバスを海岸線沿いに向かって走らせた結果、津波に巻き込まれ5名の園児が亡くなった事例です。ここでも、避難の際に予見可能性を図るうえで必要となる災害情報の入手という点に絞って整理すると、午後3時02分過ぎ、「園児らをバスで帰せ」という園長からの指示がでた時点では、気象庁による大津波警報が防災行政無線、NHKラジオ、石巻コミュニティラジオ、東北放送ラジオ等でも宮城県沿岸部での津波高や津波到達時刻を発表していました。たとえば、NHK仙台放送局は、午後2時51分~午後3時08分までの間に、宮城、岩手、福島沿岸に大津波警報の発表を9回、宮城県への津波到達予想時刻が午後3時、予想される津波の高さは6mであることを12回伝えています。

災害情報を入手・確認できないままでいたことから、午後3時10分被災した小さいバスの運転手は、「まだ自宅でバスの送迎を待っている保護者がいるかも知れない」と思い、海岸線沿いである正規の送迎ルートの停留所付近まで向かいましたが保護者と出会うことができず幼稚園に戻っている最中、渋滞により停車していたところ津波に巻き込まれた事例でした。このケースでは、災害情報の入手に関するミスだけではなく、学校保健安全法第29条1項により作成が義務づけられている幼稚園地震マニュアルでも、大地震発生時には高台にある幼稚園において園児を保護者に引き渡すよう定められていたことなどを、職員らに何ら周知していなかった点も批判されました。

これらの事例から、被災という危険を予見することが、災害情報等の入手によって可能であることが分かりました。ですが、津波や土砂災害等の浸水については、到達時刻や被災の規模などがある程度、予測できるとはいえ、広島市の土石流災害でも、発災前から落雷による停電で入手できる情報に限りがあったこと、また携帯電話のワンセグテレビや携帯ラジオであっても、平時から電波の受信状況が悪い山間地などでは情報が入手しにくく、予見できるだろう災害情報へのアクセスにも困難を極める場合が考えられます。さらに、災害情報を入手でき避難の必要性がある、と判断した場合であったとしても、相談にもあったように深夜でありまた特別警報を伴うような豪雨であった場合などでは、避難そのものが 非常にリスクの高い行為だと言えます。

繰り返すようですが、地震や噴火を除いての自然災害、つまり津波や豪雨による浸水被害、土砂災害等は予見可能性を計ることのできる災害と考えられます。この予測できる災害に対して、情報をどう収集しその情報をもって避難する場合のリスクと、避難しない場合のリスクとを整理し、その後にどういった行動を採るのか、これらの「備え」が今後の私たちにとって考えるべき「備え」です。

▲ PAGE TOPへ

Q58. 関東地方の特別養護老人ホームで勤務する主任介護員です。いつも連載の内容を、月一回のフロア会議での研修に利用させて頂いております。最近とくに多くなっていますのが、夜勤帯に起こる利用者の転倒・転落事故です。もともと夜勤帯には職員の数も少なく、しっかりとした見守りもできるわけではありません。利用者がベッドから転倒した場合のダメージを軽減させるため、ベッドではなく畳等の使用も考えているのですが…。
転倒・転落のリスクについて、どこまで防ぐことができるのか、アドバイスして頂けると幸いです。

A58. 過去の連載のなかでも触れたところではありますが、「事故は必ず起こるもの」と考えて下さい。「事故をなくす」、「事故を減らす」という発想ではなく、「どこまでのリスクなら、負うことができるのか」という視点が必要になるわけです。
ですが、質問にあるような転倒・転落事故が頻発し、その度毎に家族から説明を求められ、クレームを含め鳴り続ける事務所への電話に対応することは、当事者である職員にとってかなりの負担になります。

最近の裁判事例から、夜勤帯に転倒・転落事故が発生した場合、施設側にどこまでの配慮が必要となるのか紹介したいと思います。

事故当時、人工透析もしており、認知症もあった81歳の男性が、深夜ベッドの脇に倒れ脳出血を発症して死亡したケースです。遺族となった家族側は、施設側の転倒・転落防止義務違反に基づく損害賠償請求をしてきたわけですが、転倒・転落防止の具体的な義務とは、①ベッドの使用ではなく室内に畳を敷き、その上に寝具を置いて転落の際の衝撃を緩和すべき義務、②消灯時間帯において、離床センサー等を使用して高齢者がベッドから転倒しないよう、もしくは自力歩行して転倒しないよう監視すべき義務、③ベッドの高さを低くするとともに、その周囲にマットを敷くなどして転倒時の衝撃を緩和し、負傷ないし死亡を防止すべき義務、④四輪の歩行補助具を使用させ転倒を防止すべき義務、⑤消灯時間帯 において、職員による頻繁な巡回体制をとった見守りすべき義務、⑥事故の発生原因やその対応、死因等に関する十分に納得できる説明をすべき義務などを主張し、①~⑥までを含めて転倒・転落の防止措置を適切に受ける期待権を侵害したことによる損害を争ったものです。

これに対して裁判所は、死亡した高齢者が排尿排便におむつを使用していたにもかかわらず、シーツだけではなく床や椅子にまで便が付くような状況にあって、ベッドに替えて畳を使用したり、ベッドの横にマットを使用することが衛生上の問題を引き起こす懸念があり、他の利用者も含め畳やマットの利用が、かえって転倒を引き起こす危険性があること等を併せ考えると、床に畳やマットを使用することが合理的であるとは言えないと判断しています。また、職員による頻繁な巡回等に関しても、日中はベッドの周辺を歩くことはあったにせよ、座位または臥位にてほとんどをベッド上で過ごすことが多く、就寝時には睡眠剤を使用しており、記録上夜中に目を覚まして歩いた様子が窺えないことなどから、転 倒することがあるかもしれないという予測可能性はあったにせよ、事故発生時刻である午前三時頃を含む深夜に目を覚まして歩き始めることまで、具体的に予測可能であったということは困難であるとして、巡回し見守る義務を退ける内容となっています。さらにこの点については、最近の介護・医療従事者をめぐる人手不足の問題にも触れ、かつ中山間地で過疎化が進む地域での職員確保の難しさにも言及し、事故当時の夜勤帯における人的態勢が直ちに不適切であるとは言い難いとしながら、事故当時夜間に概ね五回ほど職員が巡回していることを考えると、職員による四六時中の観察し続ける行為は不可能であると結論づけたものです。そして、利用者の転倒による死亡の原因や、死因を究明しなかった点、解 剖の提案をしなかった点、そして死亡事故直後における説明と、その後の説明とで若干の食い違いがあった点などから、遺族らが説明義務違反を主張した内容も退ける結果となりました。

過去、5年間程の転倒・転落事故裁判の原告側主張を整理すると、施設側に求めている内容が分かります。
●職員らが十分に見守りできる場所にベッドを設置し、適切に見守りをする義務
●転倒を防ぐため、ベッドの高さを低くする義務
●側面に手すりを設置する義務
●転倒時の骨折を防ぐために弾力のある床材を使用する義務
●ベッドの使用ではなく畳やそれに類する寝具を置いて転落の際の衝撃を緩和すべき義務
●離床センサーマット等を使用して高齢者がベッドから転落しないよう監視すべき義務
●職員による頻繁な巡回体制と見守りすべき義務
●事故の発生原因や、その対応、死因等に関する説明義務
●適切なタイミングで医療機関に受診(搬送)させる義務(期待権の侵害)

また、実際に裁判となった場合、上記の施設側に求められる義務に関連して、これらの主張を裏づけるための資料や根拠には次のようなものがあげられます。

○「ヒヤリ・ハッと報告書」、「事故報告書」の整理と提出(事故発生日までの当人における過去の「ヒヤリ・ハッと報告書」や「事故報告書」から、事故との因果関係を図るため)
○ケアプランと実施された介護記録との整合性(とくにケアプラン第二表における「実施するサービス内容」と、実際の介助内容、そしてその内容を記載した記録との整合性)
○リスクマネジメントに対する職員教員の実施体制(年間の研修計画等)
○監督的立場(上司)にある者に対する指導義務(職員間での説明義務も重要な視点)
○適切な人員配置(人員基準を満たしているのか、その配置に不備はないのか等の視点…人員配置上、人数的な不備はなくとも、たとえば誤嚥の恐れのある利用者への食事介助や見守りに、新人と実習生等のペアが適切ではない点など)

施設内の事故のなかでも、群を抜いて多いのが「転倒・転落」に関するものです。転倒・転落事故の多さについては、今も昔も変わりがありません。ですが、昔のように誠心誠意、利用者や家族に対して頭を下げ続ければ何とか許してもらえた時代とは異なり、これからは上記にあげましたような争点や、根拠に基づく介助が求められるわけです。

▲ PAGE TOPへ

Q59. 都内の老人ホームでフロアリーダーを仰せつかっている看護師です。からすの先生の連載は、毎月の事例検討会議の締めくくりとして、法的な視点からのアプローチということで使わせて頂いております。
急に寒くなってきたせいもあるのでしょうか、転倒事故が毎日のようにあり、その対応に苦慮しているところですが、利用者の転倒後、どのようなタイミングで病院に受診させればいいのか非常に迷います。病院であれば医者がいますので、すぐに指示を仰ぐこともできるのですが…。アドバイスを頂戴できれば幸いです。

A59. そうですね。以前の記事にも書かせて頂きましたが、「同じ利用者が、ひと月の間に何度も転倒してしまう」という現象は、ごく当たり前のことです。それを介護職員の怠惰さや努力不足からくるものであると理解しないでください。事故が起こることの可能性や、マンツーマンの介護ではないことに加え、施設としてどこまでの努力が可能であるのか、可能な限り事故を防ぐために法人としてどのような工夫を行っているのか、を利用者やその家族に説明する責任が、今後より必要になると思います。
 
さて、転倒事故後の医療機関へのアクセスやそのタイミングについてということですね。
最近の転倒事故でも、医療機関に速やかに連絡し、医師の診察を受けさせるべき義務が争点になっているケースが多くみられます。「期待権」といわれる部類に含まれていると思いますが、よく医療現場で使われる考え方です。「適切な診療に基づく治療が行われていれば、救命された(後遺障害を残さなかった)可能性が極めて高い」と判断されたような場合に、適切な治療が行われることへの期待を裏切ったという発想のものです。介護現場での転倒・転落にひきつけて言うなら、「転倒や転落が起こった後、症状が治まっているように思えたので医療機関に受診せず、看護師の判断で様子をみることにした。しかし、その後の診断で大腿部頸部骨折や圧迫骨折が発見された。その間の数時間、母親は痛い思いをし続けたことで期待権を侵害した」という感じでしょうか。
 
高齢者がデイサービスの送迎中のバスの中で転倒し、看護師が利用者の足のつけ根や腰を確認し、外傷や熱感、腫れなどの異常所見が確認できず、また自力での歩行が可能であったことから、すぐに医療機関への診察が必要ではないと判断したものの、結果として翌日に右大腿部の頸部骨折が判明した最近の判例があります。このケースでは、利用者を常時見守るなどして転倒を防止すべき義務に対する違反については、「…排尿を済ませ、忘れ物を確認した上でデイサービスの車両に乗車した利用者が、職員において他の利用者の乗車を介助するごく短時間の隙に、不意に動き出して車外に降りようとしたことについて、これを具体的に予見するのは困難であり、介護のあり方として相当な注意を欠くものであったとはいえない」として、デイサービス側の責任を否定しました。しかし、医療機関へ速やかに連絡し、医師の受診を受けさせるべき義務には違反しており、期待権を侵害した、と判断しました。
 
その理由について説明したいと思います。まず、判決としては「(デイサービス側に)利用者である高齢者の生命、身体等の安全を適切に管理することが期待されるもので、介護中に利用者の生命及び身体等に異常が生じた場合には速やかに医師の助言を受け、必要な診療を受けさせるべき義務を負う」という前提に触れた後、転倒した利用者が痛みを訴えながらも、当日の午後7時と11時の2回にわたり自力でトイレに向かっていたことや、利用者の家族に事故の報告をした際も病院に連れて行くようにとの要望を受けていなかったことから、緊急性を要しなかったとデイサービス側は主張しました。しかし「…医師に対し事故の状況やその後の症状等について説明をした上で、利用者の痛みの原因や必要な措置に関する助言を受けていれば、直ちに痛みを生じている骨折部分を固定し、医療機関を受診するようにとの指示を受けることができたものと認められるから、利用者が翌朝まで右足大腿骨骨折の傷害について適切な医療措置を受けることができなかったことによって生じた肉体的精神的苦痛について、デイサービス側は債務不履行による損害賠償請求を免れない」として利用者や家族からの期待権の侵害について認めたものでした。
この期待権の侵害をめぐっては、2005年12月8日の最高裁判決が一つの基準となっています。ですが、この期待権については実定法上の定めがない抽象的な権利侵害の考え方でもありますから、利用者や家族が「過剰な期待」をしているような場合にあっては、医療・介護関係者に過度なプレッシャーがかかってしまうことに他なりません。ですから、冒頭でもお話ししましたように、施設として対応可能な範囲や、事故を防ぐために取り組んでいる点などの説明責任が問われるわけです。
 
今回の質問者が看護師であるという点で予備的にお話ししますが、先ほどのデイサービスの送迎車内での転倒事故をめぐっては、被告である法人側内部で、看護師である職員が利用者を病院に連れて行くようにとの指示をしなかった、と責任転嫁的な主張もあるのですが、裁判所は「看護師は被告側内部の人物であり、同人がその判断を誤ったことが法人側の責任を免ずべき理由とならないことは明らかである」として、一蹴したものでした。
 
このやりとりからしても、一見何ら外傷がないように思える転倒等の事故であった場合、「誰が何をもって医療機関への受診が妥当と判断するのか」が問われるわけです。老人保健施設とは異なり、特別養護老人ホームでは、医師が常駐しているわけではなく、例えいたとしても診察できるだけの処置室を有しているわけではありません。とくに認知症を患う高齢者の場合、骨折をしていたとしても症状を訴える能力が乏しく、さらに痛みや熱発等の症状が出るまでにタイムラグがある場合が考えられます。あるケースでは、利用者が介助中に転倒し、あきらかに圧迫骨折等を引き起こしているだろうと職員が思い救急車で入院のできる病院に搬送したところ、医師がレントゲン写真をみながら、「確かに骨折しているが、この1年の間に同じ個所が複数回骨折しています」という笑い話にならない話を聞いたことがあります。
 
では介護現場として、医療機関への搬送という視点から、どのタイミングでどのような判断をなすべきなのかについてお話しします。過去の連載にも書きましたが、介護事故についての定義は存在しません。「転倒・転落」や「誤嚥」といった現象があるだけです。介護保険法令の運用規定上にも「…利用者に病状の急変が生じた場合その他必要な場合には、利用者の家族または緊急連絡先である後見人に連絡するとともに、速やかに主治医または歯科医師に連絡を取る等の必要な措置を講ずること」という規定しかありません。具体的なことは法人や事業所で定め、定められたことの「合意」が必要であるということです。つまり、どの程度のことを介護事故とし、どこまでをヒヤリ・ハッととするのか、といった事業所内での取り決めと同様、どの程度であれば看護師に相談すべき事象なのか、逆にいえば、どの程度までであれば現場のスタッフの判断で次の介助に移れるのか、という基準です。そして次に現場の看護師を含めた医療スタッフが、どの程度であれば自らの専門職の範囲内で処置しても許される範囲であるのか、また医師に連絡し指示を仰ぐべき事象なのか、それとも救急車による搬送をすぐにでも行わなければならないようなケースであるのか、の基準を施設内でつくり、その「周知」と「合意」が必要というわけです。

▲ PAGE TOPへ

Q60. 関西地方の特別養護老人ホームで、事務局を任されている者です。いつも連載を読ませて頂き、フロア内で回覧させて頂いておりましたが、教えて頂きたいことがあり初めて連絡をさせて頂きました。来年度からの職員採用の準備と並行しまして、来年の2月~3月に実施を予定しております新入社員研修の講師をしなければなりません。過去の連載のなかでも「説明責任」の重要性や「伝え方」については理解できましたが、報告の仕方や教え方に何かコツがあるのか、と思いまして…。

A60.事務局としてのお仕事は、企業体でいえば間接部門でありながらも、法人機能の要ともいうべき位置にあります。この時期でいえば、職員採用から始まり、入職してからの研修等、法人内教育という意味でも非常に重要な役割を担っています。
「申し送り」や業務的な伝達ではなく、まとまった時間を与えられての研修講師という意味では、「伝え方」に違いがありますし、また今後、法人内研修での講師だけではなく、法人外での報告会や発表会などの機会も増えることが予想されますから、「誰かの前で話をすること」の重要性は増す一方でしょう。「誰かの前で一定時間以上話す」ということは、紙媒体の資料やパワーポイント等の視聴覚教材でもって話すということです。どちらにせよ、話すという「話術」が必要になります。そう、「話す技術」ということですね。
 
みなさんも介護保険制度が変更になった際など、行政関係者が行うような研修で、目を白黒させながら睡魔と闘った経験があろうかと思います。なぜ眠くなるのか…。話がつまらないからです。誤解しないで頂きたいのですが、何も行政関係者の話が上手くないと言っているのではありません。目的が違うからです。これらの研修は、単価の改正や、加算の取り方、それにまつわる注意事項といった事務的な事実関係の周知のみを目的としているからです。心に残るよう、何かの記憶と結びつけながら理解させるような性格の研修ではなく、正確に伝えることを目的にしているからなんです。
 
今回の質問者が講師として話される新入社員研修のテーマは分かりませんが、テーマとしてはおそらく「法人の沿革と理念」のようなテーマで理事長もしくは施設長が話された後、「法改正も含めた介護保険制度の仕組みと理解」や「介護事故とリスクマネジメント」、「認知症高齢者の理解と正しい介護技術」、「社会人としてのマナー講座」などがオーソドックスなものでしょう。これらのテーマとしては、客観的な事実として正確に理解し、誰が聞いても同じような行動や行為が期待されるものと、認識や考え続けることで理解を促すものとに分けられるでしょう。いずれにせよ、限られた時間内で、必要なポイントを繰り返しながら話す「術」が必要になります。

研修の講師ということであれば、まず時間の尺が問題となります。10分~20分で終わるようなものではなく、少なくとも1時間以上の尺が与えられますから、伝えたい情報についての素材(ネタ)や仕込みが必要になります。話すということは、素材をどう仕込み、それをどう加工し、そして分かりやすくどう「伝える」のか、の連続的な作業をいいます。皆さんも話し上手な人に対して、「引き出しの多い人」という表現を使ったことがあるかもしれません。その引き出しとは、話題やアイデアの豊富性を指しますが、引き出しの多さだけで話がまとめられるわけではありません。情報の多さでいえば、いまでは携帯電話やスマートフォンからインターネットを介し溢れんばかりの情報があるわけですから。その情報や伝えたい素材を、どう加工し、伝え、相手の心と頭に染み込ませることができるのか、が重要になってきます。情報「収集」能力ではなく、情報「編集」能力が問われるということです。 

では、どうすれば溢れんばかりの情報に対して、何を選び、どう練り上げることができるのか…。
私の拙い経験から言いますと、10年以上ブログを書き続けています。書くための情報を入手するだけではなく、それを介護や福祉、そして社会保障との関係とどう結びつけていくのか、という思考の訓練にもなるからです。書くことを日常生活の中で義務化することで、そのほとんどが話の素材になり、引き出しの多さにつながってきます。また日記ではなくブログと言いましたのは、ブログは少なからず第三者の目に触れ、時には炎上することも予想されるわけですから、絶えず読まれることを意識しながら文を書いているわけです。そこが日記と違うところです。皆さんも、日々の介護記録を、「誰かに読まれる」ことを前提に書くようにしてください。介護事故裁判では、ケアプランと記録との整合性が徹底的に検証されるのが常ですから。
遠回りなようですが、「書く」ことで「話す」こともある程度上達するものです。その逆も真なりです。話し上手な人は、書くことも上手な場合が多いです。具体的な技術になりますが、伝えなければならない「数字」については、見る角度や視点によって意味が違ってくるというトリックが含まれているものです。書くことに必要な要素は、「時間」と「編集能力」、そして最後に「物語性」を加えることです。書くことに慣れてくれば、話すことに余裕が生まれてくるわけです。
発想を変えてみましょう。皆さんは、どんな指導者(講師)になりたいと思っていますか? 印象に残ったその講師のどこを覚えていますか? それはなぜですか? このような視点から皆さんが「聞いてよく分かった講師」、「眠くならずに難しい話もよく理解できた講師」とは、以下のような点を工夫していると考えられます。
 
時間配分、話す時のスピード、伝えたいことの構成、重要な部分は繰り返すなどの説得性、話す際の視線や身振り(ゼスチャー)などです。それと同時に、研修会等では資料も配布されたりするわけですが、その資料(パワーポイントも含め)の見やすさ、文字の種類、文字の大きさ、段落の区切り、文章の配置(座り)、句読点や接続詞、助詞の使い方といった文章作法などの工夫によって、より話すことを際立たせるのにも役立ちます。  
皆さんが今後、誰かの話を聴いた場合、このような視点から「評価」するのも、あなたが話をする際の振り返りができて良いかもしれません。

「教える」という技術については、教えなければならない知識でいうと、スマートフォンからインターネット上のものがガセネタも含め氾濫しています。正しい知識をどうつなぎ合わせ、未来への知恵と力にしていくのかがポイントになります。またその知識を縦横無尽に教えるために駆使するには、それらの新しい知識を引き出しに整理し、タイミングを計りながらその中身を引き出さなくてはなりません。そのためには、知識のポイント部分を記憶しておく必要があります。大規模災害時や突発的な有事への対応等に関しても、マニュアル等を引っ張り出して眺めている時間的余裕がないのと同じように、ある程度の「暗記」は必要です。ですから、ポイントとなる部分については、「覚える」という作業が必要となります。
「教えるための技術」として、小手先のテクニックや作ったような笑顔だけでは、聴いている者の記憶には残りません。やはり同じ話をするにしても、話す側の「人柄」や「生き方」が、聴く者にとっての記憶に残るわけです。

最後に、ここ数年間の介護事故裁判の争点をみても、「説明責任」が必ず問われていますし、来年度からの介護保険法の改正に伴い、ある一定の高齢者層にとっては負担増となる介護分野において、「なぜ、倍以上も利用料が上がっているのか…」、「先月よりかなり負担する金額が増しているが、食事や介護のサービスはなんら変わっていないと思うんだけど…」という質問は必ず出てくると思います。その際にどう説明し、説明するための知識をどう入手し、整理し、伝えるのかというところにまで持っていく必要があります。皆さんが果たすべき説明責任の履行の前に、何を説明し、どう組み立て、どう伝えるための技術を駆使していくのか、がポイントになるわけです。

▲ PAGE TOPへ

▲ PAGE TOPへ

  • 烏野セレクト非常用備蓄セット
  • 所長 烏野猛ブログ からすのたけしの頭の中の冒険 所長:烏野猛のブログはこちら
  • 論文 今まで雑誌や大学の文献に執筆してきたものを公開していきます。仕事に必要な知識の習得や資格取得のための勉強の一助になればと思います。
  • 事件は現場で起きている。介護の現場で実際に起こった事件の質問に所長の烏野がお答えします!