事件は現場で起きている

事件は現場で起きている

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Q5. 今の利用契約書には利用料を滞納した場合の規定がありません。現在利用料金を滞納している方への対応と、今後、利用者さんからの利用料の滞納があった場合にはどうすればいいでしょうか?

A5. このような問題は、今後ますます増えてくると思われますね。

まず、「サービス利用契約書」や「重要説明書」等に利用者さんが支払うべき支払い義務の規定がなくても、法人が介護サービスを提供している以上、利用者さんが法人に対して利用料金の支払義務があるのは当然のことです。おそらく、身元保証人の方や、身元引受人の方が当人の介護サービス利用の際の契約書に名前が載せられていると思いますが、その保証人の方や引受人の方に当人の未納分利用料金を支払ってもらう手もありますが、彼らに利用料金を立て替えて支払う法的義務まではありません(彼らが善意で支払ってくれれば良いのですが…)。なので、法人側としては、保証人や引受人に事情を説明して当事者に代わって支払ってもらえるかどうかをお願いすることまではできますが、法人側に請求するだけの権利があるかといえば、NOです。手続き的に言えば、入所施設であれば施設からの退去を求め、民事上、未払い分の利用料金を強制的に取り立てることは法的には可能です。実情としても待機の高齢者が非常に多く存在する中、きちんと支払ってもらえるであろう利用者さんを確保することは、法人経営として当然のことですから。

しかし、そうした場合の裁判費用や時間的手続き的な手間の問題だけではなく、物理的に強制執行することは法的にはできるものの現実問題としては難しいでしょうね。

現在のところ法人側としてとれるリスクヘッジとしては、成年後見制度の利用しかないと思われますが、利用料金滞納の事実経緯が、ご本人の年金等の資力が枯渇したのか、親族等に年金通帳を含めた金銭管理を依頼していたにもかかわらず、当の親族が使い込んでしまい利用料金が支払えないのか、等の確認が急がれます。また、たとえ適切な後見人が見つかりそうな場合であったとしても、実際の成年後見制度の利用については、管理費と言いますか手数料といいますか、月に数万円程度かかることが予想されますので、資産の乏しい高齢者には現実的に利用できる制度ではないかもしれません。

ご質問の答えになりますが、現在もう既に滞納している利用者さんの場合には、上記の理由から、今のところ打つ手がない様に思われます(生活保護という手続きの方法もないわけではありませんが…)。そして現在、滞納についての利用料金徴収の記載が「契約書」「重要事項説明書」になく、今後、滞納する利用者さんが現れるリスクを回避するには、早急に利用料金についての規定を契約書上明記し、かつ親族等に対して利用料金が滞った場合に代わりに支払ってもらえるような拘束力のある文章を交わしておくことをお勧めします。

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Q8. 利用者さんが「ここ(特養)を出て行きます!」と言って、娘さんが迎えに来て一緒に退所していったのですが、他の親族が、「そんなはずはないから、もう一度施設(特養)に戻すように!」と行ってきました。施設には新しい入所者さんが入ってこられて満床で待機の状態です。

こんな場合、どうしたらいいんでしょうか? 先生、助けてください!

A8. 入所契約の解除に関する問題ですね。いずれにしても、利用者ご本人の意思能力と言いますか、判断能力が争点になったご相談ですね。

皆さんが勤めていらっしゃる特別養護老人ホームでは顕著にあることですが、「帰りたい」であるだとか、「お父ちゃんが迎えに来るから、家に帰ります(配偶者は既に亡くなっている)」と言った帰宅願望の方のこういった発言はよくあることですね。しかし、今回のケースでは、おそらく身元引受人と思われる娘さんが一緒に来て退去の手続きをして帰った、ということですから、利用者さんご本人だけが「帰ります」と言ったような認知症の方の帰宅願望とは訳が違うと考えたわけですよね。

いくつかポイントとなる点がありますが、まず利用者さんの年齢、認知症状態などから、ご本人の発言が本心であるのか? と言った点ですね。特別養護老人ホームの実態からは、死亡や長期入院が見込まれるケース以外での退所というのは比較的考えにくいものですから、相談者であるあなたは、娘さんが引き取るのではないか? と思った結果、利用者さんの「ここを出て行きます!」という言葉で退所の手続きを進めたんでしょうね。

その後、他の親族が全く逆のことを施設に対して求めてきたわけですよね。となりますと、利用者さんが入所に至る経緯、家族(親族)関係等に関するアセスメントの不十分さが気になるところですね。

そして、この「娘」の存在です。この娘というのは、利用者さんとの関係で言えば、「代理人」なのか、「身元引受人」なのか、「保証人」なのか、という点です。よく、「代理人」という言葉を皆さんが使われるのを耳にするのですが、代理人とは正確には「法定代理人」のことを指し、「後見人」とイコールの存在です。つまり、法的な手続きを経た法的に権限を持った人間ということになります。おそらく「娘」は、そこまでの権限をもった代理人ではないと思われます。また「身元引受人」にしても、文字通り引受人ですから、単に身柄を引き取るだけしかできず、法人としてもそれ以上を請求することはできないということです。

蛇足ですが、例えば、滞納している利用料を引受人に支払ってもらうなどの請求は残念ながらできませんし、また、利用者が滞納している場合に、「利用者に代わって引受人が支払うように」という書面での同意書があったとしても、それらの同意書は法律上まったく効果がなく無効となってしまいます(ですが、家族はそれらのことを知らないので、同意書はとらないよりはとっておいた方がいいですが…)。

今回のケースでは、入所予定である高齢者の入所前におけるアセスメントだけではなく、むしろ利用者さんを取巻く家族や親族間の問題が争点ですね。施設を含む法人が、利用者を含む家族の情報をどこまで入手しておく必要があるのかについては、非常に難しいところですが、入所契約の際の家族の位置づけについて、「代理人」「身元引受人」「保証人」等の規定を再度整理しておく必要がありますね。その際に、家族の誰にどこまでの権限があるのか、法人の方でガイドラインを示し、それを入所の際に家族にも理解してもらっておく必要があったかと思われます。

想像の域を超えませんが、利用者の方に動産・不動産等の資産があり、誰がそれを管理するのか、といった点での揉め事がこのケースの背景にあるように思われてなりません。

今回のケースでは、特別養護老人ホームにおいての相談でしたが、有料老人ホームのような入居一時金や、毎月の利用料が高額になるような施設などでは、この「入居契約解除の日」が、払戻金との関係で非常に重要なポイントになることが予想されますので、お気をつけください。

今後、入所者である高齢者だけの問題ではなく、彼らを取り巻く家族・親族間のトラブルが急増するものと思われます。利用者を取り巻く遺言、相続、扶養、親族間の確執などなど…、法人内でも施設ケアマネだけでは解決しきれず、また生活相談員だけでも頭を悩ます問題が、マグマが噴火するように皆さんの頭の上に火の粉が降りかかります。それをどうやって消火し、マグマの必要以上の噴火を押えるのか…。皆さんのこれまでの経験と知識を駆使した腕の見せ所ですよ。

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Q9. 利用者さんが入所される前に、クレジットで何かを買い続けていたようです。クレジット会社(信販会社)から利用者ご本人に何度か連絡をしたようですが、施設入所になっているので連絡がとれず、利用者さんの親族に確認の電話が入ったようです。先日、親族の方がお見えになって、クレジットのローンを利用者さんである母親の年金から支払ったら、毎月の施設への利用料が払えない、という訴えがありました。

親族の方が言うには、「母親が認知症でボケている! ということが証明されれば、クレジットの方は支払わなくてもいいかも知れない」とおっしゃるのですが…。

こんな場合、どうすればいいのでしょうか?

Q9. 今後、このようなクレジットといいますか、ローン問題は多くなってくると思われます。高齢者である利用者も、保護の対象としてだけではなく、商取引の当事者として購買者という位置づけが濃厚になってくるように思われますから。

さて、今回のご相談ですが、初期の認知症だったかも知れない高齢者(入所前の購入ということで)が、クレジットを利用して商品を購入した場合、何を買われたのか、というより「いくら程の商品」を買ったのか、という点がひっかかりますね。軽い認知症に罹患している高齢者は、外部の人からみると、ある部分ではしっかりとしているように見えるものです。健康器具(磁器マット入り布団など)や、高額な健康食品等を買ってしまうなどの被害が消費生活センターのまとめなどでも多くなっていると聞きます。

クレジットで商品を購入するとは、たとえば訪問販売員などが高齢者に商品を売り付けた場合、その商品代金を信販会社が販売者に購入者に代わって支払い、信販会社は購入者に対して与信調査をしたうえで金利を乗せて支払わせる、という流れをとります。その際、販売員が購入者が高齢で判断能力の低下を利用して騙すように買わせたのであれば、明らかに違法性が疑われますし(ただし、立証が難しい)、また信販会社も電話等での与信調査の段階で、高齢者が高額な商品を購入しようとする場合には、それなりの注意が必要になります。

つまり法的には、販売会社および信販会社が過量販売ないし過剰与信をおこなったとみなされ、公序良俗に反し契約そのものが無効になる可能性が非常に高いということです。ですから、親族の方が「認知症であることが証明できれば、クレジットの残金を支払わなくてもいいかも…」と言ったことに対してはその通りなのですが、先にも触れましたように、その立証が非常に難しいので、そう簡単にはいかないように思われます。

その余波を受けて、今度は利用料が支払えない、というのは頭を抱える問題ですよね。「このような問題は家族間で解決して下さい」と言いたいところですが、利用料を滞納し始めれば、法人としても事情を聴く必要が生じますし、問題解決に向けての助言も家族側からは求められるでしょうから…。

先程の話に戻りますが、クレジット会社や信販会社には、一般論として顧客の年齢や職業、収入や資産状況、顧客の生活状況および顧客とのこれまでの取引状況等を考え合わせ、顧客に対する不当な過量販売その他適合性の原則から著しく逸脱した取引をしてはならないとされていますし、また不当に過大な与信をしてはならない信義則上の原則を負っています。

ですが、割賦販売法38条は割賦購入斡旋業者に対して、過剰与信防止義務が認められる前提となる法制度が未だ整備されていない状況ですし、店舗内における過剰売買に関する規制も十分ではないという限界もあります。一般の商取引においても限界を抱える問題が、施設に持ち込まれるとは、これまでの高齢者施設の中ではあまり想定されていなかったケースですね。

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Q35. いつも連載、楽しみにしております。九州地区で生活相談員をしている者です。連載の記事を毎月の施設内研修で利用させて頂いているのですが、とくに苦情等のリスクについて、相談員や事務レベルの者にとっては、利用者や家族からのクレームの窓口になるため、ここ数年でクレームの内容が以前と比べ、ずいぶん違ってきていることを痛感しています。しかし、現場の介護スタッフにとっては日々の業務をこなすのに精一杯で、今後のリスク等を研修等で話をしても、まるで他人事のような反応が多く、困っています。新入社員も入ってくる時期ですし、利用者や家族に対して今一番何がリスクなのかを教えてください。

A35. 日々のお仕事、本当にお疲れ様です。そうですね、高齢者施設におけるこれからのリスクという意味では、認知症高齢者の急増という視点もありますが、一番は高齢者像が大きく変わる、という発想です。
 
ご質問の中にもありましたが、「-介護スタッフにとっては、日々の業務をこなすのに精一杯で…」という表現を文字通りにとらえるなら、過去の成功・失敗体験や、過去の対応の仕方でベースにした「日々の業務をこなす」程度であれば、これからのリスクには対応できないと思っていてください。
 
つまり、これからの高齢者ケア、なかでも認知症を患う高齢者のケアについては、これまでと同じような対応の仕方に限界が生じてくると思ってください。
 
限界の大きな理由としては、高齢者像の変化があげられます。いま、皆さんがケアをされている高齢者は、おそらく70~100歳程度までの戦争を経験した方だと思われます。この年齢層の方であれば、たとえ認知症であったとしても、恥じらいや、物事の筋論、そして誰かの世話になることを嫌う文化的土壌のある高齢者が多いことでしょう。
 
しかし、これから認知症になるであろう高齢者は、これまでの高齢者とは「質」が異なってくるものと思われます。「質が良い、悪い」という意味ではなく、環境や生まれ育った時代、そしていまの置かれている立場という意味での違いです。

総務省による最近の高齢化率では24.1%と、ほぼ4人に1人が高齢者という実態を表しています。さらに現在、日本人の中で64歳の方(1949年生まれ)が最も人口が多く、次いで65歳、66歳と続きます。つまり、1947年~1949年の間に生まれた方を団塊の世代といい、第一次ベビーブーマーと呼ぶこともあります。高齢社会の危機論が叫ばれて久しいですが、今の問題は75歳以上である後期高齢者の急増に加え、今後、シニア世代と呼ばれていた世代が、一気に高齢者の仲間入りをすることによる変化であると考えてください。

くわえて、60歳以上と年齢を少し下げた場合での割合は、34%にもなり、日本人口の3分の1以上が60歳以上のシニア層で占められていることを物語っています。
さらに、高齢者の中でも認知症を患う者、つまり、日常生活自立度Ⅱ以上の者は、2010年で約280万人、3年後の2015年には345万人で10%を超え、2020年には410万人、2025年には470万人以上の数にのぼるという世界保健機構(WHO)の将来推計も発表されました。

このような高齢者は、一方で資産を有する者でもあります。世帯主が高齢者である世帯の貯蓄現在高は、平均2257万円であり、あくまでも平均値であるため、もっとも多い中央値でみた場合でも、1464万円となっています。これらは貯蓄高だけですから、不動産を含めると数千万単位の資産を持っていることになります。さらに、世界一の長寿国家である我が国の状況を考えても、団塊世代からみた親は80~100歳であり健在な場合も多くみられ、親の資産まであてにできる最後の世代といっても過言ではありません。
つまり、一言でいえばこれまで「保護の対象」であった高齢者が、「消費者としての対象」に移り変わるということです。当然のことながら、文化的背景や価値観そのものが、これまでの高齢者とこれからの高齢者とでは全く異なることを意味しています。

なので、冒頭にも触れましたが、認知症を患った高齢者のみならず、すべての高齢者ケアに対し、「-これまでと同じような対応の仕方に限界が生じている…」ことの意味が分かって頂けたかと思います。
では、「-これまでと同じような介護サービスの提供…」とは、どのようなスタイルの介護だったのでしょうか? 介護保険制度下にあるいまであっても、まだ10年と少ししか経っておらず、それまでは戦後から約50年以上にもわたる措置制度だったわけです。長い間、介護は思いやりや優しさ、笑顔をキーワードに日々のケアができた環境にありました。しかし、2000年度以降、民法上の契約をベースにした介護保険契約がサービスを提供する事業者と利用者との間に結ばれ、提供される介護サービスは、消費契約法上でも、「商品」として位置づけられるようになりました。その商品を購入するのが、消費者として権利意識や人脈、キャリアに長けた、これからの高齢者というわけです。
そうなると、より一層、「介護は心でやるもの」という視点だけではなく、介護にからむ様々な問題についての法的対応策も知識として知っておく必要があります。
 
とくに介護保険制度を利用する場合、保険契約という民法上の手続きが必要となります。つまり、契約を締結できるだけの能力がいるということです。ですが、認知症の高齢者を含め、寝たきりやすべての面で介助を必要とする高齢者には、多くの場合判断能力や意思能力がなく、介護保険法の理念である「-高齢者自らがサービスを選択し、決定する」能力が、すでにない者が介護サービスを利用するという矛盾した関係が横たわっているわけです。
 
このように、法律論的にいえばかなりの矛盾を孕むこの制度を、2000年度から採用し運用しているわけですから、高齢者層の質的量的変化に伴って、さまざまな法律が関係する問題も現場レベルで多く発生しているわけです。
ですから、生活相談員クラスの方は、私法のなかでも一般法である民法領域だけではなく、消費者契約法、労働法、成年後見条項、個人情報保護法、高齢者虐待防止法など、様々な法律が高齢者介護に関係してくることになりますし、また現場の介護スタッフは、変わりゆく高齢者層の急増によって、ニーズが高度化・多様化することを念頭に置いておかなければなりませんね。

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Q53. 関東地区で施設長を仰せつかっている者です。利用者から職員への暴力について、サービス提供の拒否ができるのかどうか、お知恵をお借りできればと思っております。特養に併設しているデイサービスに通われている男性利用者が、女性介護職員に対し好意を抱き、ストーカー的なつきまといの結果、思いが叶わないと感じた利用者が、好意を寄せる女性介護職員に脅迫行為と暴行にまでおよび、職員自身が恐怖で出勤できない状況にまでおかれています。職員を守るため、またこのままでは職員からの退職が予想されるなか、利用者へサービス提供の拒否を申し入れようと考えています。

A53. そうでしたか。施設長としてもここまでのケースは前代未聞のことだったと思われますし、当事者である女性職員の恐怖と不安は計り知れないものがあったことと思います。このようなケースは、息の長い取り組みが必要になり、完全に解決し安心するまでには時間がかかる、ということを管理者の方は覚悟しておいてください。

特養をはじめとした介護事業所を取り巻くリスクは、いま、大きく分けて4つあります。㈰大規模災害時の対応リスク、㈪高齢者の層が激変するというリスク、㈫日々発生する介護事故のリスク、最後に㈬労務管理を含めた人材のリスクです。今回、ご相談のあったストーカー、脅迫・暴行のようなケースは、㈪高齢者層の変化に伴うリスク、㈫介護事故リスク、㈬労務管理のリスクに広く該当するものです。

高齢者層の激変リスクについては、現在、我が国の人口割合でいうと65歳の方が最も多く、次いで66歳、67歳と続きます。「2025年問題」といわれる由縁も、この年齢層の高齢者が75歳以上の後期高齢者に突入することに関係がありますし、さらに60歳以上のシニアを含めた人口層でいえば、なんと人口の34%を占めることになりますから、比較的若い層の高齢者が、今後、皆さんの介護サービスを利用することについてのリスク、ととらえて頂ければ結構です。

介護事故リスクとの関係でも、従来は、介護職員が介助中に利用者を転倒させてしまうであるだとか、うっかり目を離したすきに誤嚥させてしまうであるだとか、職員が利用者に不利益を与えてしまうケースが主でしたが、認知症の利用者が認知症の利用者に危害を加えてしまったようなケースもあり、そしてこれからは、ご相談にもあるような、利用者が職員に危害を加えるケースも頻発すると考えられます。

では今回のケースで、問題のある利用者に対し、サービス提供の拒否まで踏みきれるか考えてみましょう。

介護保険法で規定される事業所が、利用者へのサービス提供を拒否できる例外的なケースとは、事業所の利用者定員や職員数の関係から利用申込みに応じられない場合や、利用者の所在地に対して、事業所の実施エリア範囲外な場合、そしてその他として、適切な介護サービスを提供することが困難な場合、とされています。基本的には正当な理由なく、とくに所得の多寡や利用者の所在地などを理由に、サービス提供の拒否をすることはできません。

ご相談のケースの場合、サービス提供の拒否ができる例外規定として、「その他、適切な介護サービスを提供することが困難な場合」に該当するか否かです。介護事業所において、暴言や脅迫まがいの行為、暴行などについては、ごく一部の利用者や家族にそうした例もありましたし、被害を受けるのも多くは男性職員であったように思います。ですが、今回のようなストーカー行為がエスカレートした暴行事件については、過去にあまり例を見ず、行政解釈も含めて統一的な見解は存在しません。 同様のことは病院においても、医師法第19条1項「診療に従事する医師は、診察治療の求めがあった場合には、正当な理由がなければこれを拒んではならない」という規定が存在します。いわゆる応招義務といわれるものです。この場合でも、過去の裁判事例では医師が国に対して負う義務であって、患者に対して直接負う義務ではない、と規定されています。つまり、患者が医療機関や医師に対して、診療請求権を有しているわけではなく、それに反しても罰則はありません。介護現場においても、同様の解釈がなされています。

そうはいっても医療や介護の領域は、一般の商取引をめぐる契約とは異なり、生命や日常生活を直接的に支えるものでありますから、診療拒否や介護サービス提供拒否は極めて例外であると考えた方がいいでしょう。

ですが、今回のご相談のようなケースの場合、とくに介護現場で発生したことの難しさと意味を整理しておく必要があると思われます。難しさとは、認知症状のある方をサービスの対象としている点です。認知症を患う高齢者の場合、刑事的(民事も)な責任能力を問える相手ではないことから、これまでも女性職員が、男性利用者から身体を触られたり、また罵声を浴びせられるようなシーンは多々あり、職員個人の気持ちの切り替えで何とか整理し乗り切ってきたのではなかったでしょうか。また、認知症状によって判断能力がなくなり、これまでとは質の異なる問題行動が発生したとしても、そのことへの対応が、仕事としての対人援助業務の範囲内にあるのではないか、という側面も争点となります。 しかし、今回の相談内容では、利用者に認知症や精神疾患的な妄想があるのかまでは定かではありませんが、ストーカー的行動や脅迫・暴行にまで及んでいる以上、法人や施設としては使用者責任と職員の安全配慮義務の履行という視点から、しかるべき対応をとる事態におかれていると思います。

具体的には、警察に被害届を出させるよう、被害に遭った職員を促します。暴行にまで到っているということですので、医療機関へも同時に受診させ診断書を作成しておく必要があります。一方、法人としても、使用者責任として職員の安全を確保する必要がありますので、警察への被害届を出す必要があります。どのような被害かというと、そのトラブルのために職員が出勤できず、人員の補充やサービス提供のために必要となる人員基準を満たせない場合も考えられるわけです。また、ストーカー行為に及んでいる利用者からすると、目当ての職員が休んで出勤していないことから、デイサービスにまで訪れ、他の職員に居場所を尋ねたり、さらなる脅迫が繰り返される可能性も大きいことから、他の職員の安 全確保のためにも必要であるということです。警察機関としては、一般的なストーカー対応として、転居する、職場を変わる等のアドバイスを行うはずです。そうした場合、被害に遭った職員は大きく人生設計が狂わされるだけではなく、法人としても貴重な人材を失うリスクがあるわけです。

よく似た事例に、利用者の家族がほぼ毎日面会に訪れ、その家族が職員の介助行為について難くせをつけ、職員を罵声し続けた結果、職員の方が精神的に追い詰められ勤務できず退職届を提出するにまで到った相談もありました。イメージとしては、母親が入所し、その息子や娘が毎日面会に訪れ、ほぼ一日中職員の介助を監視しているような場面設定です。このようなケースでは、法人側としてその家族に対し、刑法上の業務妨害罪にあたることを説明する必要があります。職員の業務としての活動が、第三者からの難くせや暴言によって妨げられ、そのために業務に支障が生じた事実がその理由です。場合によっては、利用者に退所して頂くか、または面会に来る家族への面会時間や回数、面接する場を制限す ることも可能です。

ただ今回の質問に対する回答についても、被害を受けたという事実を裏づける記録や、他の職員たちからの証言、つまり第三者による援護も必要になってきます。ストーカー行為等を含めた今回のような相談は、高齢者施設であっても今後、確実に起こることが想像されますし、また、職員の誰もがそのリスクにさらされているということを理解しておいてください。

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Q56. 東北地方で生活相談員をしている者です。来年の4月から、介護保険法が大きく変わると言われていますが、具体的にはどのように変わり、介護の現場で勤務する私たちの働き方にどう影響するのでしょうか? 

A56. 全国各地で頻発する自然災害への備えや、毎日のように起こる転倒をはじめとした介護事故への対策、そして数年前から非常に多くなっている利用者や家族からのクレーム等で、介護の現場はいま混沌としていることでしょう。そんななか、介護保険法の大きな改正が来年度から実施に移されるとあって、制度変更への対応もする必要があるなど、希望よりも不安の方が大きい毎日を過ごされていると思います。
 
質問にあります通り、来年度から、介護保険制度の運用が大きく変わろうとしています。皆さんも耳にされたことがあると思いますが、数年前から論議されてきた「社会保障と税の一体改革」の考え方を具体化するために、医療法や介護保険法の改正案の19本を個々に審議するのではなく、大筋に沿って一括して論議し成立させた法律が、来年度から実施に移されるということです。正確には、今年の6月18日、国会で成立した「地域における医療及び介護の総合的な確保を推進するための関係法律の整備等に関する法律」というのが、今回の改正内容であるいわゆる「医療介護総合推進法」です。
皆さんも、「要支援って、介護保険から外されるみたい…」だとか、「利用料の1割負担が上がるらしい…」という噂を耳にしていると思います。
「どうして、今頃…。それもこの時期に…」と思われるかもしれません。背景としては、政府が消費増税への理解を国民に得るため約束をした、持続可能な社会保障制度の再構築に向けての流れと考えられます。現在、60歳以上のシニア層が国内の34%以上を占め、かつ人口的に最も多い65歳~67歳までの団塊世代が、いまから10年後の2025年には後期高齢者に達する環境を考えれば、医療や介護の適切かつ効率的な給付と、その給付を少しでも抑えなければ、社会保障費の破綻を招くという現状から出された法律なわけです。
とくに、高齢者の急増に伴う社会保障給付費の増大だけではなく、それを負担する現役世代の人口が減少するなか、患者や利用者の不必要な給付を制限し、かつ一方で自己負担の引き上げも図りながら、世代間での負担と給付のバランスを考えるという発想です。
改正の内容は多岐に及びますが、皆さんの現場に直接関係するものだけを取り上げたいと思います。
 
介護保険法の改正部分については、下記の4つとなります。
①要支援等の軽度介護者は市町村へ
現在の介護保険法では、介護の必要度に応じて要介護度を1~5に分類し、生活支援が必要な、軽度の高齢者などについては要支援1~2と、合わせて7つのグレードによって分けられ、全国一律のサービスを受けることができました。ですが、この法律によって、介護の必要度が低い要支援1~2の利用者に対する訪問介護と通所介護は介護保険制度のサービスから外れ、市町村の事業へと移されます。つまり、今回の改正によって、要支援者に対する予防給付が、段階的に市町村の地域支援事業に移行されるということです。ただし、要支援者に対するサービスであっても、より専門性が高いと思われる訪問看護や訪問・通所リハビリ、福祉用具貸与等は、介護保険事業としてそのまま残されます。
②特別養護老人ホームの入所制限
この法律によって、来年の4月以降に特別養護老人ホームへの入所を希望する者は、要介護度3以上と限定されます。特養への入所希望が多くあるものの、絶対的に施設数が足りない状況から、在宅で生活することが難しい中重度な者を優先させるという考えです。特養への入所希望待機者は全国で約53万人と、この10年間で約10万人増加するなど、重度化する要介護高齢者の受け皿が未整備な状態からくる措置と考えてください。ちなみに、この待機者のうち要介護度3以上の者は、約3分の2を占めています。ですが、現在すでに入所していたり、要介護度1や2であったとしても、やむを得ない事情が存在する場合には、市町村の関与のもと入所できるなどの特例措置も設けられています。
③利用料の増加
介護サービスを利用した場合、いまの介護保険法では、1割の利用料を負担することになっていますが、来年の8月からは、一定額以上の所得のある者の負担が2割に引き上げられます。一定額以上の所得とは、主に年金等を指すわけですが、単身の場合では年間280万円以上の所得のある者が対象となり、夫婦の場合では359万円以上の年収を有する者とされています。
④補足要件に「資産」を勘案
特別養護老人ホームだけではなく、老人保健施設などに入所する場合において、介護保険施設では2006年度から、食費や居住費(ホテルコスト)について自己負担が原則となってきました。しかし、住民税非課税世帯や生活保護受給者等については、それらの費用を一部補助する補足給付というものがありました。これまでの補足給付で勘案される要件は、所得のみで資産についての規定はありませんでしたが、年金等の収入という視点だけではなく、預貯金等の「資産」についても、負担の公平化を図るため、補足要件が加えられました。具体的には、単身で預貯金等が1千万円以上ある者、また夫婦では2千万円以上ある場合には、補足給付をしないことが定められました。
 
今回の改正内容は、適切な負担と給付のバランスを再構成することが目的でありますから、所得のある者や資産のある者にはそれなりの負担を強いるものの、低所得者層への保険料の軽減も考えられています。第一号被保険者である高齢者の保険料については、保険者である市町村が徴収額を決定し、高齢者の所得に応じて基準額をベースに軽減措置がありました。これまで所得が少ない高齢者に対しては、基準額の2分の1や、4分の1といった二段階での減額措置を、来年度からは30%から70%減の三段階とし、低所得高齢者の負担軽減を図っています。
 
しかし、残された課題が多いのも事実です。たとえば、要支援者に対する予防給付サービスを、地域の特性に応じたものとするため、市町村の事業に移行させましたが、税収的に体力の乏しい自治体の場合には、サービス切捨てのような状況が想定されます。つまり、市町村間での格差が明らかであるため、どこで老後を過ごすかによって、最期の死に方にまで差が生じる、ということです。さらに、今回の法改正でも食事代や居住費に対する補足給付の要件に、これまでの所得という考え方に加え、預貯金等の資産の有無が付け加わりましたが、国民総背番号制(マイナンバー制度)がいまだ論議の途中といった段階で、資産を誰が何の権限でもって調べ、どう管理するのか、といった難題も残されたままです。

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  • 事件は現場で起きている。介護の現場で実際に起こった事件の質問に所長の烏野がお答えします!