事件は現場で起きている

事件は現場で起きている

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Q17. 複数の特別養護老人ホームをもつ法人に勤務する生活相談員兼施設ケアマネの者です。
最近の新人スタッフと話をしていると、仕事の時間についての相談が非常に多くなってきています。たとえば、各種委員会や会議について、ほとんどのスタッフが役割を兼務している中、スタッフの休日に会議や委員会が入った場合にも参加を義務づけているのですが、「休日出勤になりますか?」といったような内容です。
恥ずかしながら、私の職場では「1日8時間」労働なんて、あってないような感覚で仕事を進めてきましたし、当然、利用者さんの状況次第で、一般の会社のようにタイムカードを押して「はい、さようなら」とはいかない職場環境です。また、仕事の中身という点では、同じ8時間の労働時間の中でも、新人などまだ仕事ができないスタッフにとってみれば、慣れていない分時間がかかりますから、同じ8時間といっても仕事の中身や濃度に違いがあります。
また、先日も「超過勤務や休日出勤について割増賃金などの申請書などを下さい」と、この4月から入った新人スタッフから迫られました。私も勤務して10年以上になりますが、こんな質問は初めてだったものですから、今後、介護現場でも労基法の適用が強化されるようになると、先ほどのような質問は「日常茶飯事になるのか…」と思うと、目まいがしそうな気分でした。
先生、介護現場と労働基準法との関係について、教えてください。

A17. そうですね。介護の仕事と言えば、これまでは手弁当で施設をつくり、また休みなど個人の事情はそっちのけで「お年寄りのため」を合言葉にやってきた経過が、今の介護現場をつくってきた紛れもない事実でしょう。高齢者分野だけではなく、身体・知的を含めた障碍者領域、また児童の領域においても、同じような労働環境の下で、熱いトップと一緒になっての仕事のスタンスがあったように思います。
ですが、昨今の若者にみられる仕事の取り組み方が、「少し不自由だけれども、あったかい家族のような会社での仕事」から、「個人の自由を大切にしながら仕事はドライに割り切る仕事の仕方」へ、社会全体が移行していることも一方では事実としてあります。
これは何も介護現場だけではなく、一般の企業体においても同じことが言えるように思います。
とくに介護現場の中では、仕事の性格上、スタッフ個々の人格が働き方に大きく影響する分野ですから、労働時間も含めた勤務形態の統制は、一般企業に比べていささか遅れていたといっても過言ではありませんね。
ご存知のとおり、現在審議されている次の介護保険法の改正によって、労働基準法上の違反(違法)が、事業所指定の取消し要件にもなる方向性が打ち出されました。そうなりますと、相談にあったような悩みに対し、法人として一定の約束事を設けざるを得ない状況になります。
「介護現場において労働基準法がどのように適用されるか」につきましては、一般の企業と同じくいくつかのポイントがあります。とくに介護現場という労働時間の変則勤務がしかれている職場にあっては、次のような項目に気を配る必要があると思われます。
職場には、必ず「就業規則」というものがスタッフの目につく場所に置かれているのが原則(たとえば、出勤簿の横やタイムカードの近くなど)ですが、その就業規則に掲載されている約束事を再度確認された方がいいように思います。
この「就業規則」というのは、仕事環境を決めた職場の約束事であり、そこで働くすべての労働者がみることができるものです。しかし、おそらく介護現場にいるほとんどの職員は、この就労規則を見たこともなく、またその存在さえも知らない場合が多いでしょうね。
労働者である介護スタッフ側も、自らが職場に対してどのような責任と義務を負っているかを確認したうえで、権利を主張する必要があります。
そういった意味では、今回の介護現場での労基法を含めた法令遵守の徹底が、労働者としての義務と権利、使用者である法人側の義務と権利を明確にし、気持ちや心だけではない介護を、言い換えるなら業務という発想に立ったうえでどう想いや気持ちを乗せていくのか、という論議に持っていく機会になればと考えています。
話が長くなりましたが、働く上での約束事としての「就労規則」から、介護現場で配慮しなければならない項目を整理したいと思います。

◆ まず「就業規則」そのものの有無
はじめに「就業規則」を作成して、労働基準監督署に届けているのか、という点です。介護事業を開設する方の中には、実際の介護業務については長けた経験があるものの、法令に則った働き方についての認識が乏しい方が少なからずいます。これも「ハートがあれば何とかなる…」、「気持ちがあれば分かってくれる…」というのは、「…はず」であって、厳しいようですが、このような姿勢ではトップとして部下を雇用する資格はないと言わざるを得ません。
また、「就業規則」の内容が法令を遵守したものになっているか、という視点も同時に必要です。常時10人以上のスタッフを雇用する場合には、労働基準監督署に届出義務が発生しますし、またその中に労働時間や休日、休暇や賃金などの法的項目の有無や明記が問題になります。

◆ 労働条件の明示
労働契約ないし雇用契約を結ぶ際に、労働時間や賃金、退職に関する条件などを明記した書面を、法人側が労働者個々に交付しているか、という視点です。とくにこの労働契約書を、スタッフに説明したうえで交付しているかがポイントになります。
 文章による書面の交付がない場合、労働基準監督署からの勧告をうける可能性が高くなりますから。

◆ 労働時間
1週間のうち労働時間が40時間を超えている場合には、労働基準監督署からの勧告を受ける可能性が高くなります。また、介護労働の場合は、変則的な変形労働時間制を採っている場合が多いため、そのことが就業規則や労使協定に定められているかが問題になります。労使協定がある場合には、労働基準監督署に届ける必要があります。
また、時間外・休日労働に関する件については、残業や休日勤務を指示する場合の協定書が必要となり、その協定書は内容が合法的であるのか、また協定書の有効期限なども確認しておく必要があります。
さらに、2010年4月からの労基法の改正によって、法定労働時間が60時間まで超過する場合には、25%以上の割増賃金を支払わなければならず、さらに60時間を超えるような場合には、50%以上の割増賃金を支払わなくてはなりません。ただし、資本金または出資の総額が5000万円以下の事業所や、常時使用する従業員が100人以下の中小事業主には当分の間、上記の規定を猶予されることになっています。「業務時間内に記録も含めた必要なケアを終わらせる」ための業務の見直しの契機にしてください。

◆ 休日について
休日については、原則1週間につき1日以上と定められています。例えば、最低4週間に4日の休日が与えられているかどうか、また1日8時間の労働時間の場合、週休2日の休日が与えられているか、などを確認しなければなりません。

◆ 年次有給休暇について
有給休暇については、法律どおりの日数を介護スタッフに与えているか、パートの介護スタッフなど労働時間が短い人にも別の定めがあるのか、を確認しなければいけません。職員が退職する際、よく有給休暇を買い取るような場合もありますが、それは厳密に言うと違法行為になる恐れがあります。

◆ 割増賃金について
残業代金や、休日出勤手当については、残業の場合25%以上の割増、休日出勤の場合には、35%以上の割増賃金の支払いが必要となります。また割増賃金の計算には、各種手当も含めた計算が必要になります。

◆ 健康診断について
1年に1度の定期健康診断が必要ですし、介護労働のように深夜に及ぶ業務形態が常なところでは、6か月ごとに1回の実施が義務化されています。

最後に、介助中での事故の損害や、またデイサービスなど送迎中の運転による車両事故などの損害について、スタッフの注意不足から事故を立て続けに起こしてしまったような場合、スタッフの給与から損害の一部を天引きするような法人がありました。しかし、これについても違法な控除となります。雇主側としては、見せしめも含めてまた、次なる事故を起こさないようにとの効果を図る意図は理解できますが、給与から控除できるのは原則、税金と社会保険料のみです。

つまり、給与とは、「通貨で」「全額を」「直接本人に(振込も可)」「毎月1回以上」「一定の期日に」支払わなければならないものだからです。

労使とも、より気持ちよく仕事をするために、それぞれの立場での義務を理解したうえで、権利の主張が行われるべきでしょうね。いずれにせよ、すべては利用者へのより良い介護を目的とするものなんですから。

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Q20. 特養で介護主任をしている30代半ばを過ぎた男性です。
現在のところに勤務して16年目になります。私が勤務する法人は、1法人で複数の施設をもつ地域では最も大きな事業所として歴史も古いところです。
仕事を辞めようかと思っています。日々の介護業務にはそれなりのやりがいも感じているのですが、上司からの評価も「対人関係、コミュニケーションが苦手…」というレッテルを張られています。仕事上でのミスや対応のまずさについて、上司はすべて私の「コミュニケーション不足」が原因であると言い、しかしながら、家族からのいい評判などだけは上司自らの手柄にするような職場の環境です。また部下の介護スタッフもそれほど勉強しておらず、言われたことだけをしているような状況です。
いつも責任のある仕事をしたいと思っているんですが…。
次の就職先を選ぶにあたっては、何に気をつければいいでしょうか…?

A20. 最近、あなたのような質問を頻繁に受けます。何回か前の連載で、皆さんの働き方と労働基準法との関係について書いて以降、仕事に対しての不満や、辞めたいという相談はウナギのぼりです。

その質問には2つのパターンがあります。

一つは、今回のような職員からの転職について注意すべきことは何か、というもの。

もう一つは、法人トップやまた管理者から、労基法違反が指定の取消しになることを受けて、労務上どのような対策をとればいいのか…。というものです。次の連載では、労務管理上、施設の管理者や法人トップから、「どうやって介護現場で残業を管理すればいいのか…?」についてお話ししたいと思っています。

まず、今回のケアマネ兼生活相談員の男性からの質問ですが、視点を変えて考えてみましょう。

私が法人のトップや人事権に裁量のある立場の者であれば、「あなたを雇わない」という判断を即座にするでしょうね。

どうしてだか分かりますか…?

働くことや、仕事についての意味や意義を問いかけるようなビジネス書は、書店に行けば山ほど積んでありますから、働き続けるためのノウハウについてはそれらを参照ください。

介護現場での仕事観や情勢の特殊性を含めて、あなたにお話ししたいと思います。

あなたは今の職場で働き始め16年目ということですよね。ということは、措置制度下での老人ホームのあり方や、介護保険制度がスタートしたての慌ただしい現状、そして現在高齢者施設の実情や、抱える課題についても肌身で感じてきたこの16年なんですよね…?言い換えるなら、措置から契約という制度転換や高齢者像および家族像の変化、そして今では、サービス提供という意味で実質的には1割以上の利用者負担を高齢者本人や家族から頂きながら、それが自身の給与やボーナスに直接反映していることをもっとも敏感に感じうる立場にある方なわけですよね…?

にもかかわらず、「上司からの評価や上司の対応、部下の介護スタッフも劣っていて、責任のある仕事がしたいから…」という正当に評価されていない、報われない、周りからの支援もなく、本当はもっと責任のある仕事を任されたいのにそれが叶わない…。だから辞めたい…、というご相談ですよね。

もし、私が今まで書いてきたことが当たっているのであれば、あなたはどこに行っても不平や不満だけは一人前の、使い物にならない人になってしまいます。だから、「あなたを雇わない」と私は言ったんです。

「仕事とは辛い、しんどいもの。だから、我慢して乗り越えなさい」という意味ではありません。もう少し、今の介護現場に引きつけて仕事の位置を考えてみましょう。

あなたはまず、日々の仕事が介護保険制度下における民法上での「約束」であるという考え方、つまり、介護サービスは一種の商品であるという発想に到っていますか…!?あなたが提供している介護サービスは、より高い品質保証がなされた「商品」と考える必要があります。「商品」であることから、もちろん「返品」という発想もあり得るわけです。

在宅サービスでの介護報酬の方がここでは分かりやすいかもしれませんから、たとえば訪問介護サービスで考えてみましょう。訪問介護事業所から派遣されたヘルパーが、約1時間の身体介護のサービスを提供したとしましょう。介護報酬というシステムでいうと、サービス提供月の翌々月に4020円(402単位で1単位10円とすると)が事業所に入るわけです(正確には1割の利用者負担がありますが)。

この場合であっても、美人で料理も掃除も完璧なヘルパーがサービスを提供したからといって、何らかの加算がつくわけではなく、また逆に愛想の悪い料理も下手で掃除も四隅にゴミが残っているような仕事しかできないヘルパーがサービスを提供したからといって、何らかの減算となるわけではありませんよね。

つまり、介護保険制度上では、ある一定の質が保証されている介護サービス提供を前提として、事業所の指定がなされ、事業所に介護報酬が振り込まれる、という流れをとるわけです。

また、先ほど「日々の仕事が介護保険制度下における民法上での『約束』である」という表現を使いました。介護の現場で働く者は、利用者である高齢者に対して、どのようなサービスを提供する必要(義務)があるのか、あなたは考えたことがありますか?ただ単に下の世話をして、飯を食わせるだけではないのです。

介護事故裁判の争点から説明するのが一番分かりやすいかもしれません。介護保険制度がはじまった2000年度以降の介護事故裁判の争点には、ほとんどのケースで「債務不履行」という言葉が登場します。「訴えてやる」とは、実際には「損害賠償請求」というお金でトラブルを解決することを意味するのですが、その金銭でトラブルを解決する方法の一つが、この債務不履行という考え方なんです。

「債務不履行」の言葉を分解してみると、「債務」は「守る必要がある約束や義務」と考えてください。「不」は、「非」と同様に打ち消しの意味がありますね。最後に「履行」とは「実施する」という意味があります。ですから、この債務不履行とは、「約束していたにもかかわらず、その約束を守ってくれなかった」という意味になり、そのことをもって、損害を受けたから訴える、という意味です。

つまり日々、提供されている介護現場での債務不履行責任による損害賠償請求とは、ケアプランで実施すると約束されていた介護が、実際には行われていなかった、また記録等の不備から介護を実施していたかどうかさえもわからなくなった場合の訴えです。

あなたは労働契約と言う意味では、法人とあなたとの雇用をめぐる権利義務関係になりますが、仕事の遂行という視点では、「利用者からお金をもらってしかるべき約束を果たす」必要があるということです。

上司からの評価も、「対人関係、コミュニケーションが苦手…」という言葉がありましたが、対人関係を円滑にする上でのコミュニケーション技術も、利用者との間で果たすべき約束を守るために、そもそも判断能力が低下しており約束することすら難しい高齢者や家族に対し、説明義務を果たすという点からも、上手なコミュニケーションのとり方を学び、技術を向上させる必要があるわけです。

あなたが言う「仕事」とは、いったい何をすることを指しているのか…?介護の仕事とは、一般企業と比較した場合においても、比較的仕事の対象者である利用者に向き合い、仕事の価値判断や業務の方向性を会社の方向性ではなく、利用者に沿うことを是とされている環境にあります。

にもかかわらず、今のあなたは「どこを向いて仕事をしているのか」かが分からないような仕事の仕方や職場への評価なものですから、「私なら雇わない」と言ったまでのことです。

介護現場の仕事とは奥深いものです。あなたの今の置かれている環境、キャリア、得意とする領域を、利用者の益につながる方向で、約束という視点から再度見直してみる時期ではないでしょうか。「30代半ば過ぎ」ということですから、年齢的にも最後のチャレンジですよ。

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Q22. 東海地方で事務主任をしているものです。私もこれまで質問されてきた方と同様、先生の連載が出るたびごとに、その月の法人内研修のテーマに利用させて頂いています。
立場上、法人の介護事務だけでなく、労務管理的な仕事をしております関係で、来年度からの労基法と介護職員の働き方について頭を悩ましております。とくに残業時間についての取り扱いをどうしたものかと思っております。
最近の利用者さんやその家族の方への対応、とくに介護の方法についても口を出される家族の方が多くなっている中、そして日々の介護記録を書く時間の確保などで、介護業務だけではなくそれ以外の業務も加わっている状況にあって、介護スタッフの仕事ぶりには頭が下がる一方、慢性的な残業の実態もあります。
介護現場の中で、残業の管理と注意しなければならない点について、教えていただければと思っています。

A22. 日々の業務、お疲れ様です。そうですよね。介護現場というのは、現場で頑張る介護スタッフだけではなく、事務の方も縁の下の力持ちとして、細かい部分でのそれも目には見えにくい配慮をもって、彼らのモチベーションを上げていくお仕事も担っていますものね。

来年度に向けた介護保険法の改正で確定している事項の一つに、介護事業所における労働法規遵守の徹底が明文化され、さらに事業所指定の欠格要件および取消要件に労働基準法等違反者があげられたことは、大きな改正ポイントの一つと言えます。

これらは、より質の高い介護サービスの提供を図っていくため、介護人材の確保や流出を防ぐ狙いがあろうかと思いますが、ご質問の通り、介護現場は直接的な介助業務だけではなく、高齢者である利用者やその家族とのコミュニケーションも十分に図り、会議やカンファレンス、また各種委員会への参加、そして記録といった多忙を極めた業務内容となっています。

おまけに一般の会社員やサラリーマンのように、朝の9時から夕方の6時までといった勤務ではなく、早出や遅出、そして夜勤といった変則的な業務形態も、業務の多忙さと体調管理や生活リズムとのバランスのとり方から、多忙な勤務という表現だけでは片づけられない実態もあります。

職場の規模という点でみると、社会福祉法人や医療法人などの施設では、従業員の数も多くなるため、ある一定の労務管理がなされていますが、在宅系の小規模で実施している介護事業所等になると、少ない介護スタッフで日々の業務を回しているのが実態であるため、欠員等が出た場合、残されたまた実際に動けるスタッフで対応しなければならない結果、どうしても労働時間や勤務日数という点でオーバーワークが発生しやすい環境にあることも事実でしょう。それに加えて、介護労働の特殊性といいますか、個人のキャラクターが労働に派生しやすく、また高齢者の命にかかわる業務であるようなことから、業務としてのONと業務外であるOFFの切り替えが難しい職種であることも、他の職種との労務管理上の比較がしにくい点であるといえます。

介護スタッフをめぐるこのような労働環境の下で、とくに残業等の労務管理は、指示をする管理者や事務担当者としても非常にストレスのかかるお仕事であることも理解できます。

ですが、だからと言って「介護の仕事は特殊だから…」という理由で、利用者や家族が望まれるニーズに重きをおいた仕事の仕方に比重を置きすぎると、退職を含めた介護人材の流出に歯止めがかからない事態に陥ってしまいます。

平成20年に労働基準監督署が出した年報でも、介護業務を含む社会福祉関係の業務は、全産業と比較して労働基準法等の違反の割合が高いという結果が明らかになっています。たとえば、労働基準法第24条の賃金不払い項目では、全産業3.2%であるのに対して社会福祉施設では5.8%、労働義準法第37条の割増賃金項目では、全産業18%であるのに対し、社会福祉施設では36%となっています。そして全体的な労基法違反の比率でも、全産業68%なのに対し、社会福祉施設では78%という結果になっています。この社会福祉施設には、特養、老健、老人デイサービスセンター、老人短期入所施設、訪問介護事業所等の居宅サービス事業所、グループホーム、有料老人ホーム等のほか保育所や障がい者福祉施設・事業所が含まれています。

また、先ほどの介護保険法の改正の話に戻りますが、「介護サービスの基盤強化のための介護保険法等の一部を改正する法律」の内容をみても、今後、高齢者が地域で自立した生活を営めるよう、医療、介護、予防、住まい、生活支援サービスが切れ目なく提供される「地域包括ケアシステム」の実現に向けた取組を進めることを念頭においていることから、単身・重度の要介護者等に対応できるよう、24時間対応の定期巡回・随時対応型サービスや複合型サービスの創設も掲げられています。

これらは、より高齢者や家族のニーズに応えるためのサービスに違いありませんが、一方で、介護スタッフにより変則的な業務を求めることに他なりません。

今回の指定の取り消しにまで言及した労基法の遵守について、介護人材の確保や燃え尽き症候群をはじめとした退職による流出を、労基法規の遵守という仕掛けの中で事業者側に強いるという方向性も理解できることです。

では、どうやって介護現場の中で「残業」を管理していくのか…?

業務という視点から、是非みなさんにお伝えしたいことは、介護スタッフの仕事の内容、範囲、程度をケアプランとの約束事から整理、修正することです。どういうことかといいますと、これまでの連載の中でも繰り返しお伝えしてきました通り、介護スタッフの業務は、民法上の契約であり具体的にはケアプランにもとづいて業務を遂行し、それを記録するという作業が求められます。

つまり、「記録の書き方」とも大きく関係することなんですが、ケアプラン上、何を業務として利用者と約束をしているのか、具体的には施設系のケアプランでは多くみられる記載ですが、「転倒・転落に注意」、「誤嚥に注意」とケアブランの別表2に記載されていて「見守り注意」とした具体的なサービス内容を、「何をもって見守りというのか」の整理を、業務との関係で調整する必要があるということです。

また、直接的な業務に派生する間接的な会議や各種委員会、カンファレンス等の時間を管理するために、議題(テーマ)やその会議で解決しておかなくてはならない最低限のこと、終了する時間を厳守し、そしてどこまでのメンバーに参加を要請し、参加していないスタッフにどう伝達するのか、についての判断を招集する管理者や主担当者が理解し・主導していく必要があります。そうでないと、落としどころの見えないダラダラとした会議や集まりになる危険があり、「利用者さんのため…」や「よりよい介護をするため…」という一見正論に見える大義名分によって、業務における時間の管理がなし崩しになりますから。

残業時間の管理に限定して、労務管理者として注意しておかなければならない点としては、「何が業務にあたり、その業務を遂行するために与えられた労働時間内でどうしてできなかったのか」を上司に説明・報告させることが必要になるでしょうね。

このような作業は、「どこまでの介護をすればいいのか…」、「何がケアプランで約束されていて、どのような介護を実施し、かつ何を記録しておかなければ、仕事をしたということにはならないのか…」を検証することにつながります。

上記のような作業を論議できる施設が、本当の意味での「強い」施設になることだけははっきりと言える点ですね。

ただ、上司や管理者に説明・報告する時間も貴重なものですから、そのための時間を長くとることは本末転倒なことです。上司や管理者は、何を聞き、どこがポイントで、適切な指示を瞬時に言えるように心がけることも、介護スタッフの業務時間を守ることにつながるということは言うまでもありませんが。

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Q24. 施設内で事故が起こった際、事故に遭遇したスタッフ当人は、家族の謝罪等には関わらせず、上席の者が謝罪の担当として関わっていました。今後も同じような事故が発生した場合の謝罪については、誰が適任なのでしょうか?

A24. さて、これを書きながらも、まだ具体的な介護報酬の具体的な部分が審議中なものですから、確定の部分に限定してお話ししたいと思います。

「家族介護から社会的介護へ」をスローガンとして謳った介護保険制度が始まってから、はや12年目を迎えようとしています。当初、想定していた介護の未来像にどう近づくことができたのか…。今回の法改正は、「介護サービスの基盤強化」を図るため、大きく6つの柱があると思われます。
 箇条書きで項目だけを列挙します。

①医療と介護の連携強化
・医療、介護、予防、住まい、生活支援サービスが連携した要介護者等への包括的な支援として地域包括ケアを推進。
・日常生活圏域ごとに地域ニーズや課題の把握を踏まえた介護保険事業計画を策定。
・単身、重度の要介護者等に対応できるよう、24時間対応の定期巡回、随時対応サービスや複合型サービスの創設。
・保険者の判断による予防給付と生活支援サービスの総合的な実施体制の構築。
・介護療養病床の廃止期限の猶予。

②介護人材の確保とサービスの質の向上
・介護福祉士や一定の教育を受けた介護職員等によるたんの吸引等の実施。
・介護福祉士の資格取得方法の見直しの延期。
・介護事業所における労働法規の遵守を徹底、事業所指定の欠格要件及び取消要件に労働基準法等違反者を追加。
・公表前の調査実施の義務づけ廃止など介護サービス情報公表制度の見直し。

③高齢者の住まいの整備
・有料老人ホーム等における前払金の返還に関する利用者保護規定を追加。

④認知症対策
・市民後見人の育成及び活用など、市町村における高齢者の権利擁護を推進。
・市町村の介護保険事業計画において地域の実情に応じた認知症支援策を盛り込む。

⑤保険者による主体的な取り組み
・介護保険事業計画と医療サービス、住まいに関する計画との調和。
・地域密着型サービスについて、公募、選考による指定を可能とする。

⑥保険料の上昇緩和
・各都道府県の財政安定化基金を取り崩し、介護保険料の軽減等に活用。

法律の名称「介護サービスの基盤強化のための介護保険法等の一部を改正する法律」とありますように、基盤の抜本的整備というよりも基盤強化であるため、大きくは2005年の大改正を踏襲するスタイルで、より介護度の軽い高齢者に向けた在宅介護領域の強化を目的としたものです。よって、社会保険制度が孕む制度的な課題や矛盾を引きずったままの小さな変更・修正であると考えてください。

この10年以上にわたる介護保険法改正の効果測定的総括については、そのことを直接論じる紙面的な余裕がないので、今回は2012年度改正に限定した法改正の特徴と、高齢者施設に勤務する皆さんに限らず在宅サービスを併設している特別養護老人ホームが多いと思いますから、働く者の視点に立った解説を行っていきたいと思います。

介護スタッフの働き方の視点から今回の法改正を見ると、 ①「医療と介護の連携強化」、②「介護人材の確保とサービスの質の向上」があげられるでしょう。

「医療と介護の連携強化」の分野では、具体的には2つの新しいサービスが登場します。一つは、訪問介護と訪問看護の両サービスを24時間体制でサービスを提供する「定期巡回・随時対応型訪問介護看護」の創設です。2つ目には、地域密着型サービスとして2005年改正で登場した小規模多機能型居宅介護と訪問看護等の複数の在宅サービスとを組み合わせ、より医療依存度の高い高齢者を支援するための「複合型介護サービス」も新設されることが決まりました。

次に、高齢者施設のスタッフにとっては一番の改正点と思われますが、これまでたんの吸引や経管栄養等の医療行為は、医師の指示のもと医療関係者でしかできなかった行為を、介護福祉士やある一定の教育を受けた介護職員等に上記の医療行為を行わせるというものや、従来、介護福祉士の多くが専門学校や短大等で国家試験の受験をせずに発行されてきた資格制度を、看護師教育と同様にすべての者に国家試験化するスタイルを延期したこと、そして働く環境という点では、介護事業所において労働法規の遵守を徹底し、事業所指定の欠格要件や指定取り消しに労働基準法等違反者を追加したことなどがあげられます。

このような改正点から予測できる働き方の課題として、医療と介護の連携等については、今後ますます医療依存度の高い要介護高齢者の出現によって、今回の改正項目にあるような地域包括ケア的な視点は欠かせないものとなることが予測されます。しかし、訪問介護や訪問看護による24時間対応型の定期巡回・随時対応サービス等をめぐっては、都心部であればともかくとしても、郡部での展開がヘルパーや看護師といった人材の確保という点から現実的であるかどうかという問題があります。たしかにニーズはあるものの、今でさえヘルパーや特に看護師の人材確保が難しい現状にあって、24時間体制での変則勤務を一方では強いることになるとすると、残業などの超過勤務の問題や、また賃金の点で不安が隠せない状況が考えられます。

また、介護事業所における労働法規遵守の徹底が明文化され、さらに事業所指定の欠格要件および取消要件に労働基準法等違反者があげられたことは、改正点の中でも大きく評価できると思われます。

これらは、より質の高い介護サービスの提供を図っていくため、介護人材の確保や流出を防ぐ狙いがあると考えられるからです。

その他、介護保険法の改正にともなって、他法にも若干の改正がありました。

有料老人ホーム等の利用者保護という観点からは、有料老人ホームの設置者は、家賃・敷金およびその他の日常生活上必要な便宜の供与の対価として、受領する費用を除くほか、権利金等を受け取ることができず、また入居者からの前払い金を受領する場合においては、入居後の一定期間内に利用者が契約を解除したり、死亡してしまった場合には、受け取った前払い金から一部を除いた金額を返還する旨の契約を利用者と締結しなければならない趣旨が、老人福祉法の中に盛り込まれました。

また、今後急増すると思われる認知症高齢者の対応として、市町村は後見や補佐および補助の業務を適正に行うことができる人材の養成を、積極的に行わなければならない事もつけ加えられました。

  冒頭でも触れたところでもありますが、2012年度の介護保険法改正は在宅介護サービスの基盤強化という性格が主であり、抜本的改革までには到るものではありません。介護保険の利用が急増するなか、現在の保険料が全国平均月額4160円であるところ、2012年度からは平均5000円以上をゆうに突破すると試算されているなか、介護保険制度における財源上の課題はそのままにした状態での改革ということです。さらに、財源の問題だけではなく、介護スタッフの人材確保をめぐる問題もまだ検討課題として残っています。

介護現場でいま以上の人材難が続いた場合、必ず介護サービスの質の低下が起こり、異議や苦情を言うことができない認知症の高齢者や、判断能力が低下した高齢者が最も不利益を被ることが予想されます。

今回の介護保険法の改正で謳われた「介護サービスの基盤強化」の鍵は、介護スタッフの量的・質的バージョンアップと、事業所による労務管理を中心とした法令遵守にかかっていると思われますね。

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Q28. 九州地区の特養で生活相談員をしている者です。介護スタッフの働き方の点で質問をさせて下さい。烏野先生もご存知の通り、介護のスタッフは他の産業と比較をしても圧倒的に女性の職員が多い環境にあります。また職種的にも直接的な身体接触が主である介助業務ですので、セクハラに関する相談が絶えません。
 施設として今後、どのような対策をとっていればいいものでしょうか? 。

A28. ご質問、ありがとうございます。そうですね。介護の現場ではどうしても「性の問題」を避けて通ることができないと予てから思っていました。ご質問の「セクハラの相談」ですが、相談の内容としては二つ考えられます。ひとつは、利用者から介護スタッフがセクハラを受けた場合。もう一つは、職員同士でのセクハラの問題です。
いずれにせよ、過去のセクハラ問題についての対応が、法人や施設として適切であったかどうかも気になるところではありますが、これからの対策についてはコンプライアンス上の問題を含めた対応をしていかなければなりませんね。

まず、セクハラに関する法的な考え方については、男女雇用機会均等法の11条を参考にして下さい。
「第11条 事業主は、職場において行われる性的な言動に対するその雇用する労働者の対応により当該労働者がその労働条件につき不利益を受け、又は当該性的な言動により当該労働者の就業環境が害されることのないよう、当該労働者からの相談に応じ、適切に対処するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じなければならない。」
この条文からセクハラの構成要件を整理すると、「性的な言動がある」、「労働者が労働条件により不利益を受けている」、「職場として適切に対処するための体制整備」のキーワードがあげられます。
「性的な言動」とは、直接的な性表現を口に出すだとか、身体接触だけではなく、「女らしさ・男らしさ」をことさら強調したり、性別役割分担を押し付けたりすることも含まれます。
「労働者が労働条件により不利益を受けている」とは、地位利用型ともいわれるもので、自分より役職の高い人から性的被害を受けた場合、セクハラを受けた者の対応がきっかけとなって、一般的には女性職員当人が解雇、配置転換、転勤、出向を命じられたり、降格、昇給停止、賃金や賞与の査定が低くなるような場合を意味します。
「職場として適切に対処するための体制整備」とは、労働時間中の職場内という意味だけではなく、勤務時間外での残業時や、新年会・忘年会等の懇親会も当然のことながら含まれますし、体制整備の点では2007年度から事業主のセクハラ対応について、配慮義務から措置義務に強化されました。つまり、形式的なマニュアルや単なる相談窓口の設置だけではなく、実質的な対応の中身が組織的に行われているかが問われることになります。

ですから、法人としての責任という点では、就業規則にセクハラ禁止条項と相談窓口の設置を盛り込むことに加え、事前に対策委員のメンバーなどを決めておくことが望ましいと考えられます。
一般的にセクハラ相談の場合、被害にあったと思われる職員と加害行為をしたと思われる職員との両方から事情を徴収し、事実関係を確認するには非常に時間を要する作業となります。そして長い時間をかけながらも、セクハラのトラブルというものは両者の意見がかなりの食い違いをみせることから、事実関係そのものの確定が非常に難しいのも特徴です。
このように解決までの過程が長期化すると、セクハラを受けた一般的には女性スタッフにとって、かなりの時間、放置された状態になるものですから、職場環境がそのままであるがゆえに鬱症状等を訴えるようなことも考えられ、さらに問題が深刻化するわけです。
そうならないようにするためにも、セクハラを受けたと被害を申し出た職員の配置換えを行い、互いに顔を合わせないようにするなどの配慮を、法人としてとる必要があります。その時、セクハラの被害によって出社することが不可能であると連絡してくる可能性も十分にあるわけですから、施設としての人員配置を頭の中で描きながら、期限を定めた自宅待機、有給休職の選択肢も考えなくてはなりません。「セクハラによって出社できなくなった」と、PTSD(心的外傷後ストレス障害)や鬱症状の診断書を、いまはいとも簡単に職場に提出する時代でもあるということを踏まえた方がいいでしょう。
どちらにせよ、セクハラ等の相談や申し出があった以上、可能であれば第三者も同席した調査委員会の設置と開催、期限を定めた事情徴収と、事情徴収による結果を当事者それぞれに伝えなければなりません。調査を怠ると、苦情処理義務違反ということで、法人の責任が追求されますので。

ただ、このセクハラに関しては介護現場のみならず、一般の労働市場においても対応は極めて難しいといえます。つまり、受け手側によって、同じ言葉や行為であってもセクハラになる場合とそうはならない場合とがあるということです。例えば男性利用者から卑猥な言葉や、身体を触れるようなケースは多々あることです。セクハラ行為を行った利用者は、概ね認知症であったり、判断能力という点でも低下もしくは減退しているわけですから、対応の仕方としてはうまく言い聞かせるなり、やり過ごすしかありません。被害を受けた介護スタッフが、その度毎にいちいち管理者に相談するようなものなら、「この人は臨機応変に対応できない、仕事のできない人…」というレッテルを張られるでしょう。また、職員同士の場合であったとしても、軽いボディタッチが日頃のコミュニケーションの延長と互いが認識する場合と、それが一方しか認識していない場合とでは、同じ行動であったとしても結果が違ってくることになります。

さらに特別養護老人ホームのような高齢者施設においては、とくに少ない人員で切り盛りする夜勤などを想定すると、異性同士の若い介護職員だけで現場を回し、その場に業務を管理する者もいないという時間や空間が多く生まれることになります。かつ、介助といった互いに協力が必要となる業務をこなすわけですから、セクハラとは次元が異なりますが、職員同士で恋愛関係になることも想像できます。
職場内での職員間の恋愛が比較的大目に見られて許されているところほど、セクハラの相談は多いものです。セクハラ問題がほとんど聞かれない職場環境では、そうならないための対策がすでにあり、またそうした場合にも適切な処分がはっきりと明記されているわけです。
介護現場では、女性の割合が非常に高く、そして男女とも若いケアスタッフによって高齢者の生活が支えられているのが実情です。ですから、職場内でのセクハラ騒動やまた恋愛騒動は、仕事をするうえでのモチベーションを著しく低下させ、噂話をうみ、ひいては個人的事情により職場内での人間関係が崩壊していくものです。

ご質問の最後にありましたように、「-セクハラに関する相談が絶えない…」というのは、組織としてはイエローカードを突きつけられているような現状であるということを認識して下さいね。

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Q31. 四国地方で生活相談員をしている者です。先回の連載記事を読ませて頂き、「そうだ、そうだ」と頷きながらも、利用者やご家族に対しての「説明責任」の果たし方以前に、職場の同僚に対する説明の仕方と言いますか、指導の仕方に悩んでいます。先日も、「それって、パワハラだよね…」と業務上の注意(指導)を受けた職員同士が、別の場所で話しているのを小耳にはさみました。こちらとしては、本人のためと思い言葉を選びながら注意をしたつもりでしたが…。
同じ職場で働くスタッフに対して、どのように指導といいますか、注意をすれば真意が通じるものなのか、烏野先生、何かいいアドバイスを下さい。

A31. 「誤解のない注意の仕方、指導の仕方」ということですね。 生活相談員の職にあるあなたにとって、介護職の教育もマンパワーを育てるという意味では大切なお仕事ですね。お疲れ様です。先回の「説明責任」をめぐる連載のところでもお話ししましたが、入社したばかりの若い介護スタッフと、相談者である生活相談員のあなたとでは、おそらく教育のされ方と言いますか、育てられ方、鍛えられ方の環境が大きく異なるんだと思って下さい。

今の若者のコミュニケーションツールと、現場で求めているそれとの違いと同じかも知れません。
私も毎日、20歳そこそこの大学生とコミュニケーションをとらなければならない立場ですが、彼らは自宅内で親とのコミュニケーションでさえ、携帯電話のメールで必要なことを伝えるというくらいですから…。なので、若い部下にとって、上司であるあなたから説明を求められたり、また考えを伝えるよう場を設けられたとしても、「十分に、そして正確に伝える」ことに慣れていないと考えておいて下さい。上席にある者に対しての敬語がなっていないのとよく似ているのかもしれません。考えて敬語を使っていないわけではなく、敬語を使う環境を避けていた、また学校等の教育現場でも教師に対してそこまでの敬語を使わなくても許されてきた環境が長かった、と考えて下さい。ましてや、家庭の中での敬語などは論外と言ったところでしょう。その延長線上に職場が存在するわけです。

話を元に戻します。上席にある者として、必要な注意や指導が、パワハラととらえられてしまうほど、残念なことはありません(本当にパワハラであれば別ですが…)。
よくあるケースとしては、職員がうつ病になり、仕事が続けられなくなりました。その原因は、上司のパワハラにある、といった労務管理上の訴えです。当然、管理者層にある者としては、いまのスタッフに気を配りながら育てるという責務があります。しかし、「相手のことを思って、注意をしたのに、パワハラとは…!」という事態は避けなくてはなりません。

このあたりの微妙なニュアンスは、セクハラと似ているかもしれません。つまり、それを受けた相手側の反応によって、同じ注意や叱責であったとしても、正反対の意味をなすということです。適切な指導や教育と、立場的な上下の関係を利用した威圧との違いについて、厚生労働省が2012年1月にはじめてまとめたものを発表しました。その背景としては、職場内でのいじめや嫌がらせによって、メンタル面で不調になった精神障害の労災認定基準にあるようですが、パワハラの定義を、「同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為」と考えているようです。具体的には、
1、身体的な攻撃(暴行・傷害)、
2、精神的な攻撃(脅迫・暴言等)、
3、人間関係からの切り離し(隔離・仲間外れ・無視)、
4、過大な要求(業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制、仕事の妨 害)、
5、過小な要求(業務上の合理性なく、能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を 命じることや仕事を与えないこと)、
6、個の侵害(私的なことに過度に立ち入ること)としています。

一方、民法上ではパワハラといった条文はなく、「不法行為」にあたり、「故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害する」ことに属すると解されています。

過去の判例などから、施設としてどのような対応をすべきなのかと言いますと、例えば会議等、皆のいる前である特定の部下を上司が大きな声で叱責するといったことがあり、それがもとで出勤できなくなり退職してしまったような場合、叱責とうつ病との因果関係についても、「まわりの人がいる面前での叱責により、配慮に欠ける行為」という視点から判断しています。

パワハラに関する過去の判例のポイントを整理すると、上司が部下を他の職員の前で叱責したような場合、それもまた他の職員にも聞こえるような大声で怒鳴りつけるような行為等があった場合、不法行為にあたり「配慮に欠ける」と判断される可能性が高いということです。

つまり、叱責することがいけないのではなく、「他の職員の前で、大きな声で叱る」といったような、見せしめ的でかつ感情を露わにしたような言動が、部下に「パワハラを受けた」と思わせてしまうわけです。
ですから業務上のことで、怒っていることを表現するのではなく、怒っていることを冷静に伝えることが必要と言うことです。

少し前の職場環境であれば、指導や職員の育て方でも、多くの職員の前であえて叱りつける、いわゆる見せしめ的な指導の仕方も、叱る相手を選んで、後からフォローするというやり方が効果的であり、またそれが許された社会環境も存在していました。

しかし、いまの労働環境は、今回の相談にありますパワハラだけではなく、セクハラやDV(ドメスティック・バイオレンス)、そしてストーカー等、法律の枠外とされてきた、そもそも人間関係上の「感情」が、当事者間で解決できなくなり、すべてを法律で規定しなければならなくなった「法化社会」の到来によって、「感情」を「感情」としてではなく、「感情」を「伝える」もしくは「説明」する努力と能力が、管理職にある者には必要ということです。

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Q33.烏野先生、いつも連載を読ませていただきながら、職員研修に利用させて頂いております。
中国地方の特養で事務長をしている者です。
介護現場では、いまでも人材不足で求人の状況もままならない限りです。
ですが一方で、業務の怠慢や不正等があった場合については、退職してもらわなければならない
状況もないわけではありません。
職員に引導を渡すときに注意しなければならない点を教えていただきたいのですが…。

A33. 介護業務だけではなく、人事や経理に関しても解決していかなければならない法人の事務長としてのお仕事、頭が下がる思いです。

そうですね。介護現場ではまだまだ人材が不足している状況です。
そのなかで、優れた人材を呼び入れるとともに、同時に流出も防がなければなりません。

介護や福祉の現場では、人を育てるという意識が非常に強く、人を切るということに慣れていない環境におかれているかもしれません。
また、職員採用の段階で、求職者の「人となり」を面接等でも重要視するきらいがあるものですから、どんなに採用試験や面接を複雑なものにしたところで、法人にとってどれだけの価値がある人材なのかを見分けることは至難の業でしょう。
このような悩みは、一般企業でも同じことが言えます。
かつ介護現場では、モノを作ったり売ったりする作業ではないものですから、製造ノルマや販売ノルマの達成という視点から、昇格も含めて降格や、ひいては解雇をする基準がそもそも設定しにくい職種でもあります。
つまり仕事の成果を、数字で評価しにくい部分は否めません。

ですが、業務上での著しい怠慢や不正があった際には、法人としてのルールに則ったかたちで引導を渡すことも一方では必要になります。
この点を曖昧にしていると、他の職員へのマイナスの影響が増大し、違った意味での労務管理上のトラブルが発生する要素にもなりかねません。
ここで紹介する主な争点は、転倒回避義務違反に係る債務不履行ですが、それよりもその背景に何があるのかを探っていきましょう。

今回は、退職の中でも解雇処分について、法人側リスクヘッジのためのポイントを整理しておきます。
相談の内容にあります「業務の怠慢や不正」というものですが、業務の怠慢に関しては、無断欠勤や出勤不良、そして「ちょっと外出してきます」といってなかなか戻ってこない職場離脱等が考えられます。
そのようなことが度重なり、また上席にある者が注意をしても改まらない場合に、「普通解雇」となるわけです。
くわえて、業務上の能力が欠けている場合や、病気等によって長期入院が必要となり職場への復帰が困難な場合、また職場内での協調性を著しく欠く場合などもこれに該当します。

また「不正」といった場合、「懲戒解雇」にあたるわけですが、一般的には事業所内での盗取、横領、傷害等刑法犯罪に該当するケースや、経歴や資格を詐称して採用されたような場合、正当な理由を告げないまま無断欠勤し出勤の催促にも応じないような場合、そして最近よく耳にするのですが、職員同士での金銭の貸し借りなどで職員に悪影響を及ぼしたような場合などがあげられます。
つまり、法人の就業規則等の職務規律に違反し、著しい非行があった事実を指します。

くわえて、解雇にまでは至らないような場合の職員の取り扱いについても説明したいと思います。 
よく新聞等の報道で「懲戒処分」という言葉を耳にされたことがあろうかと思います。
この懲戒処分というのは、上記の解雇も含めた法人秩序への違反者に対する制裁を意味しています。
公務員の場合には、国家公務員法および地方公務員法によってその規定がありますが、公務員ではない社会福祉法人を含めた私(わたくし)の法人では、就業規則のなかに独自に盛り込まれているものです。
つまり、介護職員に対する罰則等も、就業規則に定められている範囲内で、かつ就業規則に則った手続きを経て処分を言い渡さなければなりません。
一般企業では、9割近い法人で労働者に対する懲戒処分の規定を就業規則に盛り込んでいます。

その種類とは、将来を戒めるのみで始末書等の提出を行わない戒告のような軽いものから、減給、出勤停止、そして最も重い処分が懲戒解雇となります。
先にも触れましたが、これらの処分を行うには、就業規則に内容等が記載されていることが条件となります。

社会福祉法人の場合には、就業規則はあるものの、処罰について違反したとされる具体的な内容まで想定していないところが多いように思われます。
つまり、懲戒処分の種類や程度、処分にあたる具体的な条件についてです。
過去の判例をみても、就業規則に書かれていない懲戒処分は無効という判決が主ですから。

では、法人のリスクヘッジとして、職員の処分に関しどのような対策が必要になるのかといえば、一つに、どのような行為が介護職員として許されない行いであって、その行いをした場合にどのような罰が設けられているのかを、就業規則で明記しておくという点です。
二つ目には、同じ行為に対し同じ処分を下すという平等の取り扱いをするという点です。
同じ行為をした職員に対し、感情的な面から、ある人には重い処分で、ある人には口頭での注意、といったことがないようにしなければなりません。
三つ目として、一つ目と重なるところではありますが、違反行為の種類や程度と、処分との整合性・妥当性が求められます。
過去の判例でも、「処分が重すぎる」といった点で、職員から逆に訴えられたケースもありますから。
四つ目としては、就業規則に則って、適正な手続きで処分までの結論が導き出せているかという点です。
とくに違反を犯した職員からの弁明の機会を設けているかどうかという点です。
当事者からの十分な聞き取りを行っていないうえでの処分は、事実誤認を生じさせるだけではなく、懲戒権の濫用として法人は逆に労働者側から責められることにもつながりかねませんから。
つまりこの点については、単に就業規則に処分のメニューを載せているというだけではなく、厳格な手続きを経てその処分が正当であったことを法人として表明するということを意味しています。
理事長や施設長の意見としてではなく、法人としての判断であることを相手方に示さなければなりません。

社会福祉法人の場合、理事長が絶大な権限を持っていることから、現場をよく知るトップほど、介護に対する理想も高く、そして職員に対する期待も大きいものです。
職員に対する大きな期待は結構なことなんですが、一方でその情熱が、感情に任せて思わず怒鳴ってしまう、という取り返しもつかないリスクの危険性もはらんでいるわけです。
怒鳴られた介護職員が、思い違いをして労働基準監督署に駆け込んだり、また、前回の連載でも書きましたが、怒鳴られた職員がその後出社せず、数日後、うつ病であるとの診断書を持参しながら、「あなたのパワハラでうつ病になった…」と言われるリスクも十分に考えられるわけです。

おまけに、かなり前の連載にも載せましたが、成人になった子どもに何か問題や不利益なことが生ずると、すぐさま急降下爆撃機のごとく親が学校や職場に乗り込んでクレームを言い、また就職試験にも親が付き添い面接会場にまで出向くような、完全に子離れしていない親のことをヘリコプター・ペアレント(通称ヘリペラ)といいますが、彼らが介護職員である自らの子と一緒に、労働基準法や就労規則、一般企業における労務の常識を盾に、施設に乗り込んでくることも考えられるわけです。

職員の昇格よりも降格の方が、管理者として神経を使うのと同じように、人を採用するよりも首を切ることの方がよっぽど難しく、後々のリスクを考えなければならないものですから注意してくださいね。

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Q36. 関東地方で事務主任をしている者です。先回の経営戦略セミナーの講演でも、労務管理や法務管理についてのお話、ありがとうございました。早速、当法人でも新入社員が入ることも考え、勤務時間についてもより仕事がしやすく、そして無理のない労務管理を採ろうと思っています。
ですが、日々、頑張っている介護スタッフの働き方をみても、やはり労働時間が長い傾向にあり、そして残業時間についての考え方も個々にバラバラの状態です。とくに当法人には在宅部門も併設している関係から、訪問介護のヘルパーやデイサービスで働くスタッフ等についても、自宅に持ち帰って記録等の整理をしているようです。さらに当法人は部課長制をとっており、管理職と残業の時間管理も曖昧なままです。
先生、残業や時間外の労働についての時間管理について、ご指導お願いいたします。

A36. 事務主任としての日々の業務、本当にお疲れ様です。残業や、また持ち帰っての業務をめぐる管理については本当に難しいものがあります。皆さんもご存知の通り、昨年の4月から介護保険法が改正され、労働基準法上の著しい違反や不正に関しては、指定取り消しという厳しい処置がなされることとなりました。
実際にこの一年ほどで労働基準監督署の調査が2倍以上に増えているという実態もあります。つい最近も、大手の社会福祉法人に労働基準監督署の調査が入り、職員が打刻するタイムカードだけではなく、パソコンのログインとログアウトの時間で労働時間を算出し、数千万円の残業手当を支払うことになった法人からの相談もありました。
 
以前の連載にも載せましたが、介護労働の特殊性とでも言いましょうか、一所懸命さや想いを「より良い介護」と考えているきらいがあることから、「何を業務とし、またどこまでの介護を行えばいいのか」という点について、管理という事務的処理では割り切れないところがあるのも理解できます。
 
ですが、2000年以降、民法上の契約という考え方をベースとした介護保険制度のレールが敷かれ、矛盾や課題がありながらも、改正に改正を重ねながら生き残っていくであろうこの制度から利益を生み出し、そこから給与をもらっている立場の者として、心優しければ誰にでもできる仕事としてではなく、介護を仕事(やりがいのある)として専門職化するためには、労務管理という考え方から業務時間の管理が必要となってきます。
 
さて、ご質問の件です。よく部課長等の管理職には残業代を支払わなくてもいい、と思われがちですが、この部課長というのは、あくまでも法人内での決まり事であって、労働基準法上での管理職という考え方との整合性を図らなければなりません。しかし、労働基準法上で「管理職」という定義がないものですから、労働局の通達から「管理職」を説明しますと、経営者と共同した立場で仕事をしている、出退社や勤務時間について制限を受けていない、その地位にふさわしい待遇がされている、等の条件を、皆さんの法人での管理者に当てはめ、該当するのであれば、残業代を支払う必要はありません。
 
ですが、ほとんどの施設の場合には、部課長にここまでの権限を与えていないと思われます。となりますと、就業規則や賃金規定等に事前に役職手当や管理職手当を規定しておく、想定される残業代にみなし残業代としての手当てに盛り込んでおく等の手続きが必要となります。つまり、これらの手当てで未払い残業代のリスクを抑えることができます。
 
あと、在宅部門で勤務するヘルパーや、デイサービスで働くスタッフ等の持ち帰っての書類整理や自宅での業務(残業)についてですが、在宅勤務での労働時間管理と同様の構成から考えてみましょう。
在宅の介護事業では、盆暮れ正月や深夜帯に、持ち帰って仕事をしたような場合も、上の問いかけに該当するものと思われます。これらに関して、持ち帰り残業が恒常的に行われているような場合、労働時間として認められるのか否かという点です。
 
労働基準監督署からの調査が急に入る場合もあれば、法人に対して何らかの不満を持つ介護スタッフが、労働基準監督署に飛び込むケースも十分に考えられます。
 
「持ち帰り残業」のイメージについては皆さんすでにお分かりかと思いますが、法人のトップである使用者が承認していない持ち帰りの残業は、労働時間としてカウントされません。ただし、あきらかに通常の労働時間内に終わることができないような、介護現場でいえば請求業務等のような作業に関しては、使用者からの指示や承認がなかったとしても、事実上の黙認があったとして、労働時間としてカウントされることになります。
 
また、その時間内に事故やトラブル等が起きた場合には、労働災害との関係も生ずるおそれがあります。
在宅介護サービスでの労働時間の関係でいうなら、利用者の都合等でヘルパーが業務時間内に終わらず、次の訪問まで少し余裕があるため、ケアプラン上で約束された時間以上に30分ほどヘルパーがその場にいたと仮定します。その際に誤嚥等の事故を起こしたとしたら…。業務外での事故ということになり、いったい誰が責任の当事者となるんでしょうか…?
労働時間の管理とは、これくらいナーバスなものなんです。
また、持ち帰っての仕事となると、メールや小型の記憶媒体等で、大量なデータを容易に持ち運ぶことができる現在の環境下にあって、個人情報の管理や法人内部の機密資料等の漏洩についても、労働時間の管理だけではなく工夫が必要なように思います。

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Q40. 先生、この時期になってもと言いますか、この時期だからなのかもしれませんが、退職する新人があとをたちません。これまでも、入社から短い期間に退職をする者がいたのも事実なんですが、ここ数年、「辞め方」が大きく変わってきたように思います。先日も、夜勤の時間になっても新人が来ないものですから、緊急連絡網に載せている職員の携帯に電話をしましたが出てはくれません。そうこうしていると、事務所に電報が届き、「退職するのでよろしくお願いします」という一文だけでした。また、その前にも朝、職員が出勤して来ないので、履歴書に記載してあった携帯電話に電話をしますが、まったく違う第三者につながりました。入職時に提出させた「誓約書」の身元保証人に連絡を試みますが、またもや関係のない第三者につながるわけです。その職員は午後から出勤してきましたが、「時間を間違っていました」の一言でした。
どう指導していいものなのか、最近分からなくなります。「科学的介護」を実践していきたいのですが、社会人として、それ以前の問題があるように思えてなりません。

A40. 本当にお疲れ様です。この相談は、関西の特養で頑張っておられる男性副施設長からのメールでした。皆さんの施設のなかでも、この2~3月の間に研修を行い、4月から正式採用。施設によって異なるとは思いますが、4月からの数か月間、試用期間があり社会人としてのイロハを学ばせていると思います。今回のような質問に、同じような思いでいる管理職の方も多いと考えています。

ご相談の中にある「新人」についてですが、学校を出てはじめての社会人というイメージを一般的には持ちますが、介護現場では別の職種からの転職者も同じような新人に位置づけられるでしょうし、また介護職でありながらも職場を転々とし、介護についてはある程度のキャリアはあるものの、職場を変えたために新人という人もいると思います。

すべての新人が、社会人としてのマナーができていないとは思っていませんが、個人的にも名刺交換の際であったり、また頂いたメールの署名を含めた形式などを見る限りでは、「大人としての付き合い方に慣れていない」ことを痛感する場面も多々あります。

質問の内容に戻りましょう。「―どう指導していいものなのか…」のなかに、正当な理由や事前の連絡もなく、遅刻や無断欠勤が重なるようであれば、降格や減給といった処分もやむをえません。一般企業の場合と異なり、介護現場では人員配置基準が介護保険法で規定されていますから、できるスタッフだけで給料も多くという少数精鋭での事業運営は認められていません。表現は雑ですが、ある一定の「頭数」が必要となるわけです。ですから、「やる気のないヤツは辞めてしまえ」とまでは言いたくても言えないわけです。だからといって、しかるべき対応を怠ると、職員全体の士気と法人経営の秩序に関わってくるのもまた事実です。
 
新人であるため、降格はあまり関係のないことかもしれませんが、減給という処分はあり得ます。この減給と降格とは関連性のあるものですから、同じように解説を試みたいと思います。

一般的に降格処分とは、スタッフが就いている職位や職能資格を命令によって下げさせることをいいます。降格とは、人事権の行使としてのものと、懲戒処分としてのそれとがあります。その降格に伴って減給という処分がなされるという考え方です。となりますと、どのような場合・条件の時に降格や減給を行ってもいいのか、またそれがどの程度のものであれば認められ、その処分となる根拠がどこに記載されているのか、という点をクリアしなければなりません。言い換えるなら、社会通念上著しく妥当性を欠く処分であったり、また理事長や施設長の恣意的な職権濫用とならないようにする工夫がいるということです。  

先ほども触れましたように、「降格」には、二つの法的根拠といいますか、考え方があります。一つは「人事権の行使」ということで、業務遂行のため法人が社員の能力、適性に応じた人材の再配置という位置づけのもの。二つ目は「懲戒権の行使」ということで、法人の秩序維持のために発動される社員に対する特別な制裁というものです。

たとえば、社会福祉法人で当てはめてみますと、相談にもありますように無断欠勤や、正当な理由もなく(明らかに嘘と思われるような場合も含む)遅刻を繰り返すような場合、職員間でのセクハラや、利用者家族から職員個人へ禁止されている金品の授受があったような場合、飲酒運転のために免許停止処分を受けたようなケースで、法人として降格・減給の処分を考えていると仮定します。その場合、降格が法人秩序の維持のために必要であったとしても、その処分には就業規則上の規定が必要となります。つまり、就業規則に降格の記載がなければ懲戒的な処分は適切ではないと判断されます。ですが、スタッフの能力や資質に応じた組織内での役割が全うできない、ということから「フロアーやユニット内 での業務に支障をきたす」という理由で、人事権での処分であれば妥当な措置であるということになります。人事権による降格や減給であれば、就業規則の定めがなくても適切であり可能ということです。 

整理しますと、懲戒権による降格や減給は、就業規則の定めがないと無効となりますが、人事権による降格やそれに伴う減給については、就業規則の規定の有無にかかわらず有効ということです。

ただし、人事権の行使であるからといって、就業規則の定めがなくても何でも処分できる、と考えるのは誤りです。人事権を発動させる場合の処分には、「社員である介護スタッフの能力不足や適性のなさを、誰が何をもって判断するのか」、「組織上、業務上、その処分が必要であり、かつ妥当である」ことを、事前に新人研修等で周知し、職場内での統一を図っておく必要があります。具体的には、法人のトップが人事権を持っているわけですから、辞令交付の際に全体としてつけ加えておくだとか、懲戒権の行使については「誓約書」等の文面に追加しておき、書面による確認ができる事務的手続きをしておくことをお勧めします。

そして具体的な減給の程度ですが、降格や減給といった懲罰が目的ではなく、役職に見合った業務を行ってもらえることや、法人組織全体の調和や協力の維持を目指すものでありますから、生活ができなくなるほどの減給は適切ではありません。

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Q41. 月に一度の法人内職員研修では、毎回、先生の連載を使わせて頂いております。 いつも、「もし、自分の施設で同じようなことが起こったら…」と置き換えながら、職員と一緒に、科学的介護を目指しながら日々頑張っております。ですが、先日、う つ病傾向であった介護スタッフが、処方されている薬を大量に飲み、命に別状はなかったものの、自殺未遂を起こす事件が起こりました。一歩間違えば、部下を失って しまう所でした。自殺未遂をしたスタッフはまだ入院しているのですが、職場には同じようにうつ症状っぽい職員が複数いるものですから、非常に心配しております。アドバイス頂けると幸いです。 

A41. この数か月間で、介護スタッフがうつ病によって自殺をした、また未遂であった、というご相談が非常に多く寄せられました。今回のご相談と同じように、法人トップである施設長からのメールがほとんどでした。

最近の資料でも、過労や仕事上のストレスからうつ病など心の病で労災を認められた例が、昨年の1.5倍にあたる475人と過去最多を更新したようですし、このうち自殺や自殺未遂をした者も過去最多ということです。社会的にうつ病に対する認知度が高まっていることも影響してか、一昔前と比べて自らがうつ病であることを平気で公言できる環境にあるのもまた事実です。ですから、「うつ病だから働けない」ではなく、「うつ病でありながらも仕事をさせる」という視点が、法人管理者には求められ ると考えています。

過去にも、介護や医療の現場でうつ病により自殺した職員の過重勤務と、法人側の安全配慮義務違反が問われた判例はいくつか存在します。大きく分けて二つの争点が考えられます。一つ目に、過重な業務と自殺との因果関係です。二つ目が法人トップである使用者に安全配慮義務違反があるのかどうかです。

一つ目の業務と自殺との因果関係についてですが、過重な業務がうつ病を引き起こし、それによって自殺したのか、またうつ病であった職員にとって過重な業務が圧し掛かった為に自殺してしまったのか、という点については、それぞれの場合によって対応の仕方が異なります。ここでは、一般的な順番としまして、長時間かつ過密な業務に従事するなかでうつ病を発症したという前提でお話をします。ここで問われる「過重な業務」は、タイムカード等で打刻される労働時間からある程度明らかになります。ですが、介護現場では新たな事業の立ち上げや恒例となっている行事を実施する場合には、当然のことながら勤務時間外での働き方が求められます。ポイントとしては、タイムカードやパソコンのログインとログアウトから労働時間を判断し、長時間に及ぶ過重な時間外労働や、行事遂行のための役割等を務めることによる強度の精神的ストレスが、一時的なものではなく近い将来解消される見込みもないような状況であったと客観的に示されれば、過重な業務とうつ病発症との相関関係が問われるこ とになり、そこから業務と自殺との因果関係が判断されるわけです。

ですが、大きな借金や病気、家族や友人関係とのトラブルなど、業務以外にうつ病の発症や、自殺との関連のある事項もキーワードになります。ただし、業務外である このようなかなりプライベートな諸問題について、法人や施設の管理者が知り得る情報であるかどうかといった点も課題として残されておりますが。

つぎに、法人としての使用者の安全配慮義務に関しては、職員の勤怠管理をタイムカードのようなもので実施している場合、労働時間が長時間に上っていることが理解でき、労働内容的にも手伝わせる人員を補充する等、一定の配慮が必要であるのかという視点から判断されます。つまり、タイムカード等で労働時間を把握もせず、職員が適切な業務遂行をなし得るような人員配置の整備、また時間外労働の減少に向けた適切な指示等を、管理者が行わずに漫然と放置しているような場合には、職員の心身の健康に配慮し、十分な支援態勢を整える注意義務を怠ったと判断されるわけです。

法人として事前に予防できることとしては、該当する職員の既往症など、健康診断等の結果からどうであったのか、現在のフロアーや部署に異動する前に、うつ的傾向は見られなかったのか、実際の残業時間は同じ業務をしているだろう職員と比べ、多いものだったのかどうか、などからある程度の推測と、リスクヘッジが図れるかもしれません。つまり、裁判でも使用者である法人が、職員の自殺を「予見できていたか」が問われることになるわけです。

ですが若い職員の自殺とは、複数の要因が引き金となり、計画的なものではなく、かなり衝動的な行為であると予想されます。「既往症もなく、あんなにも元気だったのに、こんなことになるなんて」と、家族や友人であったとしても、理解できないケースが多く存在します。なおのこと職場での管理者が、「予見」できるにも限界があるわけです。「予見」についてのポイントを紹介しますと、時間外労働という残業時間と、通常の業務以上に過度なストレスがかかるかもしれないと思われる業務内容 がカギになります。

同じ業務を行っている職員と比べ、残業時間が多いであるだとか、人事異動による配置換え、たとえば特養での勤務であったものが、デイサービスに移動になり、急に利用者の家族との接触が増えたであるだとか、デイサービスの定員を満たすために、特養の業務ではなかった地域への営業活動が増したであるだとかの働く上での環境が 変化したような初期に対しては、サポートする人員の補充や、業務・責任の分散などの配慮が必要となります。逆に、これらの配慮を行っていれば、法的なトラブルに なった際、法人全体を守ることにつながるわけです。

また、「うつ的症状がある」との職員本人からの申し出や、管理者も含めた秘密が守れる複数の職員からの聞き取りによって、著しく業務に支障が発生している場合な どには、業務命令という形で医師への診察を勧め、ケースによっては休職命令の手続きを促すことも必要となります。

現在、特別養護老人ホームをめぐる環境は、大きく変化しています。過去の連載でも何度か取り上げましたが、家族からのクレームは以前より増してエスカレートする傾向にありますし、今後、団塊の世代が一気に介護サービスを利用する層になれば、彼らの要求も高くなることが容易に想像できますから。また、国の方針としても、一法人一施設の時代ではなく、M&Aを含めた多施設化が推奨されるなか、短期間の間に複数の施設を運営しなければならない時代でもあります。ただでさえ、介護人材の人手不足が深刻な状況のなかでの多店舗展開となれば、近いエリアでの新事業所の設立である場合、アメーバ—的に現有スタッフの何割かが新しい事業所に移動となり、残りが新たな採用人員となるわけです。そうであれば、介護の「質」もアメーバ—的に何割か後退することを意味するわけです。

このように、いまの介護現場を支える職員の働き方は、残業という名の業務外労働と、自己犠牲的な「志」や「想い」に支えられているのが実情でしょう。どうして、多くの残業と自己犠牲的な感覚で仕事に向かうことができるのか。それは、「お年寄りが好きだから」であるだとか、「利用者を放っておけない」といった気持ちが大きいからです。

法的な視点から締めくくりますと、使用者の安全配慮義務違反による債務不履行の時効は、なんと10年間なんです。介護職員が磨滅し、うつ病になったり、自殺未遂という事故があった場合、10年前のことが遡って法人を脅かす火種にもなるということです。施設長、今からの備えを十分にお願いします。

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Q45. からすの先生、いつも連載を楽しみにしております。関東方面で特養の事務局を仰せつかっている者です。労務管理に関することだとは思いますが、お知恵を頂ければと思っております。じつは、この時期、来年度からの新人採用の件で、面接等の事務手続きに追われる毎日です。今回の相談は、新人採用に向けての注意ではなく、うつ病などの精神疾患で休職させている職員が、春に復職の希望を出しているのですが、はたして十分な戦力となり得るのか心配しております。人員配置の関係でも、有資格者でもある復職希望者を1としてカウントすれば、新卒者の枠を減らさなければなりませんし、また復職後にも業務に支障があるようであれば解雇し、新たに新人採用の準備にかからなければなりません。法人としても余分な人件費を抑えなければならない関係から、復職希望者もそして新しい人の採用もというわけにはいきません。以前の連載でも、うつ病等の職員に対する処遇についての回答がありましたが、休職そして復職という場合の手続き的な面で気を付けなければならない点を教えて頂ければと思っております。

A45. ご相談、ありがとうございます。これまでの連載にも書かせて頂きましたが、いま、皆さんの職場をめぐる環境のリスクとしては大きく二つのことが考えられます。一つは災害に対する備え、二つは日々発生している介護事故に対する認識です。しかし、それとは別に三つ目ともいえるリスクも存在しています。それは人材のリスクです。人が集まらないという募集上のリスクと、辞めてもらいたくない人材が去っていくという流出のリスク。それに加えて、辞めてほしいスタッフがトラブルを噴出させながら居続けるというリスクが…。

うつ病等の精神疾患等で、期限を決めて休職させている職員の復帰する時期が迫ってきている場合、また、指示した休職期間内に復職を申し出ているような場合、どのような手続きが必要なんでしょうか?先月に頂戴したメールで約2割を占めたご相談です。

管理者として最も難しい判断です。彼らを休職にもってくるまでの説得だけに止まらず、復職してからの調整、そして復職後のトラブルに関して最悪、解雇というジャッジを下さなければなりませんから。また、判断をより難しくさせている要因が、通常、医師からの診断書によって治療の程度や完治までの目途がつくケガや病気ではなく、うつ病等の精神疾患の場合、診る医師が違えば程度や判断も異なるという点です。なので、法人や施設側に求められる復帰への判断に、裁量の幅が大きくなるというリスクが付きまといます。ですから、法人や施設の就業規則で、復職についての意思決定するプロセスを定めておく必要があります。たとえば、「(介護)職員の休職事由が消滅したと法人が認めた場合、または休職期間が満了した場合には、原則として休職前の職務に復帰させる。ただし、休職前の職務への復帰が困難または不適当と法人が認める場合には、休職前とは異なる職務に配置させることができる。」などの規定です。また、「休職期間が満了しも復職できないと本人の申告があった場合、または法人が判断した場合、原則として休職満了の日をもって退職とする。」という規定も同時に必要となってきます。

ここでのポイントは、「―(介護)職員の休職事由が消滅したと法人が認めた場合」という文言です。休職している本人がかかりつけている心療内科医や精神科医の診断書で「復職可能」もしくは「軽作業であれば可能」と記載されていたとしても、それを法人側が認めるに足る根拠となっているかどうかについては、法人が指定する医療機関による診断書の提出を命ずることができます。「―法人が指定する医療機関による…」という文言も、今後新たに復職規定を設ける際には有効ですから、つけ加えることをお勧めします。これまでの連載でも、「相談員からのパワハラによって、うつ病になった…」と主張された場合の対抗策を載せましたが、過去の精神疾患による労使間での労働裁判も、精神疾患の発症を会社での業務に起因していると労働者側が主張する例も近年多くみられます。その場合でも、業務とうつ病との因果関係が問われるわけですが、休職期間満了時もしくはその前に、復職が可能かどうかの検証を行っていない場合、職員側からは「辞させられた」、「自分は避けられている」との誤解から、それからの話し合いが炎上することも容易に想像できることです。ですから、法人側から主治医に意見を聞くであるとか、法人の指定医の診断を判断材料にするだとかのステップが必要になります。

また、休職期間満了の直前に、話し合いの機会を設け、介護技術等で習熟を要する業務の場合、再教育の方法や手段を、たとえば併設しているデイサービスやショートへの配置転換や移動も考慮した結果であるのか、そして、他の職員との客観的な業務遂行能力上の比較を実施しておくことが望まれます。その上での判断であれば問題はありません。もちろん、頭の中で考えジャッジするだけではなく、その経緯を記録化し、同じような次のトラブルへの備えとしなければならないことは言うまでもありませんが。

つぎに、復職したのち、うつ病等の精神疾患が十分に寛解しておらず、業務の遂行やその責に堪えられない場合、解雇という判断をしなければなりません。厳しいようですが、解雇が必要な場合、その判断や選択を誤れば、事実とは異なる噂話が蔓延する時間的余裕を与えるだけではなく、それらが他の職員にも影響し、ひいては残って施設の柱となってもらいたい有能な職員ほど、やる気をなくし辞めていくことにつながりかねません。

介護現場での職員解雇について、これも以前の連載にも書かせて頂きましたので、復習の意味でポイントのみを列挙します。まず、法人の就労規則などで解雇処分の根拠規定が存在していることや、同じ経験年数や有資格者である他の職員との比較から処分が相当であり、社会通念上妥当なものであるのか、そして解雇処分を言い渡す前に本人に弁明の機会を与えているか、について再度チェックして下さい。
法人または施設内におけるこれまでのリスクといえば、難しい利用者を含めた家族からのクレームや、マンパワーの面での人材不足等が主でしたが、これからは皆さんのところで働く者からの労務管理というリスクも大きな企業並みに付きまといます。とくに新人スタッフには、親離れ子離れできていない親(働く者は未成年ではないでしょうから、保護者という表現は適切ではありませんが…)をも巻き込んだクレームにも対処の方法が必要となってきますので…。
皆さんの職場に辞めた職員の母親が怒鳴り込んでくるというケースも、多々伺っているところでありますから。

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Q46. からすの先生、いつも連載を楽しみにしております。先回の「休職者の復職のタイミング」については、非常に参考になりました。施設内でもうつ病で休職し、来年度に復職してくる職員がいたものですから、復職前に法人として注意すべき対応が分かったように思います。感謝です。ところで、当法人でも現在、来年度に向けた採用のために、説明会や面接等を実施している最中なんですが、この面接で一体何を尋ねればいいのか、また聞いてはいけないのか、教えて頂ければ幸いです。有難いことに、有資格者も含めた応募が多くあるものですから。

A46.そうですね。いまは法人の説明会、面接等の時期ですね。みな、同じようなリクルートスーツを着て、「御社は…」「貴社の…」と日ごろ絶対に使ったことがないような言葉をつかい、緊張の面持ちで一生懸命に覚えてきたことを話す応募者の顔が目に浮かびます。いやいや、これは応募者にとって失礼でしたね。ごめんなさい。

皆さんの法人や施設にとって採用のための面接というのは、ほとんどのことが分からない、と思っていてください。面接で分かり得る点としては、声のトーンや大きさ、日本語が伝わり、また話せているか、そして目の動きやまばたきの様子、視線から、第三者とのコミュニケーションが可能か、また精神疾患の有無程度だけなんです。「そんな、失礼な…!」と、応募者からも面接者からも叱られそうですが、面接で分かり得ることは、本当にその程度なんです。
 
たとえば、施設の面接者にお尋ねしますが、応募者の性別はどちらでしたか? 外見上はまったくの女性であったとしても、履歴書欄の性別に男と〇が入っていませんでしたか? 性同一性障害で外見を望む性に整えた方に面接でお会いしたことがありましたから。また、提出されたその履歴書に嘘がないことをどうやって確かめますか? 職歴欄に仕事を転々と、それも短期間で替わっている方の履歴書も多くみてきました。そして仕事をしていない期間も経歴書から判明した場合の、「一身上の都合で…」、「家庭の事情で…」という理由のほとんどがあてにならない情報だということをご存知でしたか? 
 
今回、質問を頂いた方の施設でも、この質問文だけで理解できる面接上のリスクもあります。最後の「—有難いことに、有資格者も含めた応募が多くあるものですから…」の一文です。人手不足が叫ばれている介護業界の中で、選ぶことができる、というのは恵まれたことです。ですが、応募者が多いとなりますと、たとえば一人の管理職クラスが応募者全員の面接を行うというスタイルは難しく、複数の面接者が数をこなしていかなければなりません。一つの面接では面接者は必ず複数態勢というのが原則ですし、そのような面接を曜日や時間を変えていくつも実施しなければなりません。となりますと、面接者の主観といいますか、面接者の好みで採用の可否を決めることにもなるわけです。つまり、面接者によって、採用の判断基準が違ってくるということです。
 
どこの企業でもそうなんですが、人とのご縁から面接という幕が開け、そして育て上げ、法人への貢献につなげるまでの道のりは、非常に困難なことです。なので、人材を「人財」と言い換えることもよくありますよね。
 
では、限られた時間の中で、面接者は応募者に何を尋ねなければならないのでしょうか? 最近、とくに「履歴書に嘘があったり、前職を辞めた(辞めさせられた)理由に、セクハラやパワハラ、そして横領等があった場合、解雇できるのか?」というご相談が非常に多くなっています。労務管理上、これらの点は必ず尋ねておかなければならない類の質問になりますので、以下に説明したいと思います。

結論から言えば、面接で面接官が尋ねなかったばかりに、入職後過去の不祥事が分かったような場合、解雇等の罰則を強いることはできません。応募者は自らの不利益となることについて、自発的に申し述べなければならない法的義務がないからです。勘違いして頂きたくないのですが、面接者がそれらのことについて尋ねたにもかかわらず、応募者が嘘をついていたような場合には、解雇の適用も可能となります。つまり応募者にとって、面接者が尋ねた質問については正確に答えなければなりませんが、尋ねられなかったことについて、面接で不利となる事柄を自ら暴露する必要はないということです。ですから、「尋ねなかった」面接者が、面接者として不十分であったということになります。採用面接とは、法人側が応募者の人物像や意欲、同じ仲間として協力し合えるのかどうかを判断するものですから、法人側としては応募者に対し、誰が面接官になっても必ず聞いておかなければならない共通の質問をあらかじめ決めておく必要があります。ですが、面接者が応募者に対してストレートに「セクハラなどの行為は以前にありませんでしたか?」と尋ねることは、面接者にとってもまた尋ねられた方にとっても、違和感のある問いかけであると思います。これから苦楽を共にするかもしれない仲間に対しての質問としては、少し配慮の欠けた問いかけかもしれません。情報伝達ツールの普及と情報発信の容易さから、「●○の施設の面接では、こんなことを聞かれて腹が立った…」的なツイートが広まる恐れもありますから。

具体的には、前職退職の理由、前職と今との間にブランクがあるようなら、その間に何をしていたのか、退職までの経緯、転職の理由(どうして私たちのこの施設で働きたいのか)、懲戒処分の有無(「懲戒処分」の言葉の意味が分からないことも考えられますから、よりも具体的に)などについては最低限尋ねる必要があろうかと思います。ストレートに「前職までのところで、セクハラなどの問題行動はありませんでしたか?」と尋ねることは法的に問題とはなりませんが、尋ねにくい点であることには違いありません。最終的な確認として、面接の流れをみながら面接者が問いかけ、応募者がYES・NOで返事をし、面接者の手元にあるチェックリストに記入し、複数の面接者で確認する、という作業が現実的です。
 
人手不足が深刻な介護現場では、選りすぐることは難しいかもしれません。また、優しさや穏やかさ、派手(華美)ではないことなどが、介護で働く現場に求められているため、応募者の「人となり」を面接官は見ようとします。限られた時間、空間といった場面設定のなかで、採用していい人なのか、絶対に採ってはいけない人なのか、見極めるのは非常に困難です。企業によっては最終的に残った応募者に対し、興信所等に依頼をし身辺調査や経歴詐称がないかを確認する法人もありますが、介護の業界ではそのようなお金の使い方が積極的に意味をなすものであるとは思えません。可能なレベルとして、面接の結果、内定を出す前に応募者の氏名をフェイスブックやインターネットで検索し、面接のときよりは素顔に近い応募者の情報も調べる程度の努力であれば、皆さんの法人でもできるはずです。
 
最後に、不採用となった応募者の履歴書等は、必ず応募者本人に返してください。その際、返す履歴書の名前が、郵送の宛名と同じであるか、再度確認してください。以前、不採用となった応募者に履歴書等を郵送した際、「他人の履歴書が自分宛てに送られてきた。ということは、自分の履歴書は、別の採用されなかった人のところに渡っているのでは…」というクレームで、多額の慰謝料を支払う羽目になった法人もありましたから。履歴書は、最高レベルの個人情報と考えてください。

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