事件は現場で起きている

事件は現場で起きている

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Q14. 今回の東北地方太平洋沖地震によって、被災した老人ホームで働いている介護職の者です。施設には他の被災した老人ホームからの利用者を多く受け入れ、さらに地域で在宅サービスを利用していた方や、そして地域の避難所として一般市民の人までもが老人ホームに集まってきている状況です。
実は、老人ホームで働いている私自身も被災し、津波で道がなくなり、がれきの中、施設まで行くことができず、地震から5日目にしてやっと出勤することができました。
しかし、出勤できたものの今度はガソリン不足の関係や、他の介護スタッフも被災し連絡もつかないような状況のなかで帰宅することもできず、4日間施設に泊まり込み、連続早出のような夜勤のような状態で勤務していました。
そして震災から10日目の早朝、ほとんど眠れず疲れ切っていたんだと思いますが、大きな余震に襲われた拍子に階段から足を滑らせ、転落。右足首を骨折してしまいました。誰も経験したことのない大震災ですから、命があっただけ幸せですし、今は職場の環境や働き方に文句を言っている場合ではないのですが、いつまでこの状況が続くのかと思うと、不安でたまりません。とくに、施設の一部も津波の影響で水に浸かり、改修が必要ですし、未だ連絡がつかない職員もいるような状態です。右足首の骨折のため避難所で手当てを受け、しばらくの安静と言われていますが、給料や治療費についてどうなるのか、ものすごく心配です…。

A14. まずは、今回の大震災で亡くなられた方へ、哀悼の意を表するとともに、被災にあわれた方が少しでも元の生活ができるよう、私たちも共に助け合い、悲しみを分かち合うことをお約束いたします。

さて、今回相談のあった方とは、直接電話でお話しすることもできたので、窮状がひしひしと伝わるものがありました。

震災直後には、まずは高齢であり認知症でもある「守らなければならない利用者」への対応に追われる数日となるのですが、災害等の非常時には、状況が把握できるようになるおおむね4日目くらいの時期から、今度は「自ら」のことを考えだすものです。被災直後から数日間の働き方は人員配置や運営基準等を超えた超法規的で臨機応変な対応が求められますから、ある意味では戦場です。しかし、少し一段落し、利用者への介護に目処がついてくると、介護スタッフは働き続けるための防衛を考えるのは当然のことです。復興まで10年と言われていますが、被災した老人ホームにおいても、数か月から数年は元の状態に戻すまでに時間がかかりますから。

今回のご相談は、非常時における介護リスクというものではなく、災害時における職員の働き方や保護のあり方をめぐるものです。

規模や範囲、また地震の性格は異なるものの、1995年の阪神・淡路大震災、そして2004年の新潟県中越地震の際にも今回のような相談が寄せられ、災害時における施設職員の労働リスクについては共通するものですから、以下に順を追って解説しましょう。

まず、震災によって、勤務先である施設まで通勤することができない期間が4日間あったということですが(5日目から出勤)、どのような事情があろうとも、勤務先から指示がなく通勤できなかった場合、つまり、本人に出勤する意思があるにもかかわらず、震災による影響で交通機関がマヒし通勤できない場合には、欠勤扱いとなります。また、休業手当などの救済措置もありますが、震災の場合には、労基法26条の解釈でも、「使用者(法人)の責に帰すべき事由」に該当しないので、賃金・休業手当とも職員が受け取ることはできません。ですが、この相談者の場合には正規の職員であることを考えると、施設側としては有給休暇の消化として処理するのが望ましいと思います。

ただし、施設側から職員に対して自宅待機の指示があったような場合については、労基法の休業手当の規程があてはまりますから、平均賃金の60%以上の休業手当を請求することができます。

つぎに、出勤後帰宅することもままならないため、4日間施設に缶詰状態での勤務、ということですが、被害の復旧や業務上の必要性から、長時間の残業や休日出勤を命じられる(命じられなくとも、暗黙の了解で介護しなくてはならない…)ことも十分考えられます。通常の残業や休日出勤であれば、労基法上「臨時の必要がある場合…」、「原則として事前に労働基準監督署長の許可を受けて…」、「必要な限度内において…」となりますが、今回のような非常事態においては、信義則上(「信義誠実の原則」の略であり、互いに相手方の信頼を裏切らないよう行動すべきであるという法原則)暗黙の了解のうちに、誰かが利用者に対し介護を含めたそれ以上の生活支援をしなければならない状態にあるわけですから、介護スタッフには通常業務以上の就労義務があると考えられます。

ですが、復興の過程が落ち着きを見せるか否かにかかわらず、残業や休日出勤をした場合の割増賃金を、労働者側は請求することができます。

そして震災から10日目の早朝の地震によって身体のバランスを崩し階段から転落し右足首の骨折ということですが、当然のことながら労働災害(労災)の適用となります。

今回の相談にはなかったケースですが、例えば、施設への通勤途中に、避難所にも指定された同じ施設に杖をつきながらゆっくりと向かう高齢者を見かけ、善意で介助していた際、路面状況が悪く二人とも転倒し介護員が負傷したような場合でも、通勤途上の負傷と理解し、労災の適用が認められると考えられます。

通常における通勤途中での事故では、人命救助の行為が通勤の中断と考えられ、通勤保護災害の対象とは認められません。過去の判例でも、通勤途中での消火作業や水難救助などの善意行為は、通勤と関係がない通勤の中断という考え方を採用しています。しかし、災害時等での救助活動においては、臨機応変に包括的な助け合いが必要となりますから、通勤の中断という考え方をとるのではなく、通勤途上と判断するので労災としての適用が可能であるという考えです。

平時の際には考えなかったことでも、今回のような地震による非常事態中での勤務の場合、「非常時だから仕方がない…」と言う部分と、「非常時だからこそアクシデントも多く発生し、労働者としてわが身を守るために知っておかなくてはならない…」部分とがあります。

最後に相談者の方を含め、被災地で頑張っている施設職員の方、今の状況を乗り越えて下さい。酷なことを言っているのは重々承知の上です。ですが、今の皆さんの工夫や勇気が、次に被災地となる介護施設スタッフへの知恵となって活きてきます。同じ仲間として、苦しみだけではなく希望も分かち合いたいと心から思っています。今のあなたを私たちは全力で支援します。

あなたは独りではなく、今のあなたが、次の誰かを助けることになるんですから。

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Q15. 烏野先生の講演を福岡で聞かせて頂きました3年目の生活相談員です。
東日本大震災では福岡研修の際、同じテーブルでディスカッションをした相談員の方の施設も、多くの利用者さんや職員である多くの仲間が津波で亡くなったと、後日電話をした際に泣き崩れていらっしゃいました。
東北地方の震災をうけて、私の施設でも非常時の対応を早急に整えないといけないと思っているのですが、日々絶え間なく起こる小さい介護上での事故やクレームに振り回されているというのが現状です。
烏野先生に質問なのですが、利用者さんやご家族から持ち込まれる実際のクレームや相談は、私が勉強した社会福祉士レベルではほとんど解決できず、何の法律に則って解決の糸口を見つけるのかさえ、分からなくなることがしばしばあります。
私の法人では、特別養護老人ホームだけではなくグループホームもあり、重度の認知症の方が増えてきた(重度化している)ことを理由に、事故が起こった場合の責任が回避されないこともよく理解しているのですが、小さな事故がそれも同じような事故が頻繁に起こっています。裁判にまで発生するような大きなトラブルまではいきませんが、小さいそれも同じような事故が頻繁に起こるものですから、私も含めた介護のスタッフも「…またか」といった感じで、アクシデントに対する感覚が少し麻痺しているようにも思えます。
こんな状況ですので、「大震災があった場合には…」ほとんど何の対応もできず、考えただけでゾッとする思いで毎日のクレーム対応と事故報告書の整備、そして地震情報に

A15. 今回の東日本一帯を襲った大地震は、国民の多くの人に対して、生き方や働き方の見直しを迫った大きな試練だったと思います。今でも全国で大きな地震が発生する危険性が専門家により報告されているなか、「試練だった…」と過去形で話すにはいかないほど今の私たちは試されていますね。

「想定外の…」「未曾有の…」という表現で語られることが多い今回の大災害ですから、施設においても災害に対してどこまでのリスクを図る必要があるのか、日々の業務で忙殺される現状の中、途方に暮れられているのもよく理解できます。

ですが、これだけは覚えておいてください。「平時のリスクヘッジが、非常時の対応に必ず役立つ」ということを。つまり、「非常時の対応は、平時のリスクマネジメントの応用である」ということです。

過去、阪神・淡路大震災や新潟県中越地震の際にも、被災地域また被災したエリアからの要援護高齢者の受入れに携わったことがありました。その際にも、平時のリスクマネジメントの意識が高い施設では、若干の混乱はあったものの、リスクという認識で十分な対応が結果としてできていました。逆に平時のリスク意識が乏しいところは、非常時の際リスクがリスクを生み「地震のために仕方がなかった、止むを得なかった」という理由では看過できないほどの大きなミスやトラブルを引き起こした施設がほとんどでした。

ですから、この非常事態の今こそ平時におけるリスクヘッジのかけ方を、冷静な視点でみる習慣をつけておいてください。

ご相談の中にもありましたが、利用者さんやご家族のクレームやそれへの対応について、社会福祉士をとられた際に勉強した知識がうまく活用できない…、というジレンマもよくわかります。

結論から言いますと、現在の法制度を見る限り、問題解決につながるような法的根拠がズバリあてはまるケースは非常に稀であり、また法的に正しくても、介護の現場でそれを当てはめようとすると、かなり無理がある展開を強いられたり…、というのが現実です。現場で発生するトラブルは、これまでの連載でも繰り返しお伝えしました通り、介護保険法を含めて財産法や契約法、親族法といった民法の領域や消費者契約法、労働法、自立支援法、生活保護法等、根拠と思われる法令が多岐にわたり、一筋縄ではいかないケースがほとんどでしたよね。くわえて、各都道府県からでる通知通達によって、微妙にエリアによる実施状況が異なることもよくあることです。

ですから、災害時も含めた現場スタッフの動き方については、情報をいかに整理し、法の解釈の仕方も視野に入れた臨機応変な取り組みが必要になってきます。

ご質問の本題に入りますが、細かい事故で、かつ度重なる事故をめぐる対応方法については、最近の裁判事例がヒントになるかもしれません。被災となった施設から、利用者さんを受けいれた側の施設にとっては、このような度重なる事故が発生するように思いますからね。

この事故は、認知症対応型共同生活介護(グループホーム)に入居中の86歳の高齢者が自室のベッドから転落し受傷した事故につき、施設経営者に安全配慮義務違反があるとして法人側に損害賠償責任が課せられたものです。介護者側の安全配慮義務違反に基づく事業所の損害賠償責任を問うものですが、被災された高齢者を受け入れる施設側の問題としても応用ができますから。判決では、「平成15年11月20日にベッドから転落、一週間後の27日にも転落、12月4日にもベッドから落ちそうになっていたのを職員が発見し、ベッドサイドに椅子を置き対応。12月23日ベッドにすれすれに寝ていたのを職員が気づいて移動、平成16年1月30日にベッドから転落、左大腿部頚部骨折により入院したことを考え合わせるとベッドからの転落事故が多発しているにもかかわらず、転落防止に十分な措置を取らなかったことに、本契約上負っている安全配慮義務につき債務不履行責任が生ずる」と結論づけています(平成19年11月7日 大阪地裁判決 一部認容一部棄却で確定)。

まずここで問題となるのは、過失責任(割合)を決める上でも、「ヒヤリ・ハッと」の分析ができており、次への対策ができ、そして議事録も含めて記録があるか、という視点です。短期間の間に同じ利用者さんに対しての同じような転落事故。認知症の高齢者がほとんどであるというグループホーム内での事故ですが、特別養護老人ホームにおいても環境的には同じような事故が想定されます。事例を見る限りでは、11月20日に一回目の転落ですから、その後に利用者さんのアセスメントを再度整理しなおし、転落防止についての対策がひらかれ、事故報告書への記載だけではなく、以後同じ利用者さんに対しての転落防止に備えた策を講じなければなりません。

「介護現場では必ず事故は起こる」という認識は、理解のある利用者・家族、そして裁判にまで展開した場合の裁判官もある程度までは理解しています。しかし、転倒・転落の事故だけではなく、誤嚥、溺水、薬の誤配等の事故についても同じ手順での対策が必要となり、今回のケースではその手順を疎かにしてしまったことでの安全配慮義務との関係で、債務不履行責任があるという判断がなされたものです。

介護保険法の基準省令上でも人員配置との関係で、必ずしもマンツーマンではない体制の中、「事故は必ず起きる」という前提に立ったとしても、事故発生後に求められる事故予防のための対策の有無がキーワードとなります。この手続きを踏まえたうえで、事故は必ず起きるものの、次なる事故を起こさないような事前の取組が必要となってくるんです。

大災害などにおける緊急時・非常時のリスクマネジメントは、平時でのリスクマネジメントの応用なものですから、災害時に今回のような転落事故があったような場合、スペース(場所)や時間的余裕、法令上の人員配置等が一時的に非常にタイトな状況があったとしても、リスクを認識する視点が日ごろから養われていると、十分ではないまでもどこに注意を配り、記録とまでいかなくとも何をメモし、生活指導員であれば、どう介護スタッフに支持することがベターなのか、がわかってくるものです。

「想定外の…」「非常事態だったから…」を理由にしない、言い換えるならば言い訳にしない介護のあり方が、これからも求められる視点となります。

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Q19. 東南海地震が起きると、「あの時の東北地方と同じような大惨事に見舞われるのではないか…」と、今からリスクマネジメントについて真剣に取り組み始めた、海岸線沿いにある関西の老人ホームで働く生活相談員です。
いつも先生の連載を読んでは、「自分の施設で先生が問題として取り上げられていることが起ったら…」と思いながら、施設内でのリスク委員会では、毎月先生の連載を議題に研修を行っています。
そこで質問なのですが、わたしの施設も海沿いにあり、東北で起きたような津波が来ればひとたまりもありません。今、先生の方でも災害対策プロジェクトに関わられていると施設長からも聞きましたが、具体的な防災対策についてではなく、同じような大災害があり、施設や地域が壊滅状態になった想定外のような場合でも、利用者や家族から訴えられたりすることはあるのでしょうか?

Q19. いつも連載を読んでいただき、また施設内研修でも題材として使って頂いていることに嬉しく思っています。

あの東日本全域を襲った大震災から半年以上が経ちますが、ご相談にありますようなことを暗示するような裁判が実際に起こっています。

宮城県石巻市にある幼稚園の送迎バスがあの時の津波に巻き込まれ、4?6歳の園児5人が亡くなった事故で、高台にある園から地震直後、海沿いにバスを走らせた対応などに問題があったとして、遺族が園を運営する法人に対して損害賠償を求めたものです。

おそらく、震災犠牲者の遺族が、法人の管理責任をめぐって訴訟を起こすのは初めてだと思います。

遺族側の訴えの中身は、大津波警報が発令されていたにもかかわらず、幼稚園内で待機しなかったことや、避難に対しても適切な誘導をしなかったことについての過失責任をめぐってです。

幼稚園を運営する法人側は、あのような町全体を破壊するような津波の予測は不可能であり、法的責任はない、との主張をしています。

これは、子どもを対象にした幼稚園での裁判ですが、同じような争点が高齢者施設にも当てはまるものと思っています。おそらく、今回の園児遺族裁判でも、遺族側とすれば「同じように津波の被害があった同じような立地条件の幼稚園であっても、被害を最小限におさえた園もある」といった他法人との比較から、日ごろからのリスクマネジメントのありようが争点になると思われます。

そういった意味では、被災の規模、種類、また施設の立地条件などの違いを考慮したとしても、近隣にある高齢者施設同士でありながら、利用者・職員に多くの死亡者を出したところと、間一髪で被害を最小限度に抑えたところとがあるのも事実です。

ですから、ご質問のように、今後復興が進み、被災者の遺族らが冷静に「あの時の施設の対応は、はたして正しいものだったのだろうか…?」という疑問が沸き起こることも当然考えられることですし、私も含めて皆さんにとっては、正確な情報とその当時にとった選択についての説明責任が問われると思います。

結果として、今回の園児をめぐる裁判では、あれだけの災害ですから、トップやその時に居合せた者の判断に誤りがあったとしても、法的責任まで問うことは難しく、違法性はないと考えられます。

ご相談のあった生活相談員さんが働いている関西の職場も、海岸線沿いということですから、関西出身の私はだいたいの地域がイメージできます。ですが、仮に東南海地震が発生し、同じような規模の地震や津波が起きた場合、質問の中にもあった「想定外の…」や「未曾有の…」という表現で責任を回避することはできなくなるということを肝に銘じておいて下さい。

次の大災害においてはおそらく、未曾有の…でも、想定外の…でもなく、「予測できた想定内の出来事」になるということです。

それは、「東日本で起きた大災害をどう教訓として、施設として取り組み、想定されるリスクについての整理と実行可能性があるものにまで論議し訓練してきたのか」、が問われることを意味しています。

ですが、非常事態に備えるということは、何も防災や人命救助といった、ハード面や物資面の強化といった側面からの取り組みだけではありません。

以前からの連載の中でもお話ししている通り、「非常時のリスクヘッジは、平時のリスクマネジメントの応用」であると考えておいてください。

つまり、介護事故におけるリスクマネジメントに引きつけて考えても、平素からのヒヤリ・ハッと報告書の作成、そのフィードバック、利用者の「アセスメント票」と「ケアプラン」そして「実施記録」との整合性を図っておくこと、といった平時からの地道な取り組みが、「いざ、有事」の際にも奏功するということです。

「なぜ、記録の書き方や、ヒヤリ・ハッと報告書の工夫が、災害時の非常事態にも役立つのか…?」  それは、介護事業を営む法人のトップだけではなく、そこで働く管理者や最近入社したスタッフであったとしても、日ごろからどうリスクを認識しているのか、といった「個々の業務に対する根拠」をたえず確認できているか、という意味での認識です。

人命と尊厳を預かる高齢者施設で働く者にとって、大災害を含めた非常事態に対し、何を優先順位におき、その優先順位に沿って誰がどう行動するのか、についての「慣れ」が必要になります。

この「慣れ」を「癖(クセ)」にまで高めて下さい。「想いやハートで介護をする」、「優しさと思いやりの介護」をスローガンとして日々の業務に取り組むことも必要なのですが、情熱や優しさ、熱意だけでは、優先順位上もっとも優先しなければならない利用者の人命と尊厳を守るには、いささか心もとない気がしてなりません。

当然、今回のような大災害時においては、超法規的な行動も求められますし、マニュアルとは180度違う対応が必要なこともあります。ですが、超法規的な対応をとる場合においても、またマニュアルとは180度違う行動をとる場合においても、「行為・行動の根拠を考え、説明できる習慣」を日ごろの業務の中から整理できるようにまでしておかないと、非常事態の際の判断が鈍り、判断の根拠についてもあいまいなままの行動が最もリスクになってくるものですから。

何度も繰り返すようですが、次に起こるであろう大災害は、もう「経験したことのない…」という言い訳は通用しません。すべて予測できた出来事ですし、すべてが想定内であると考えてくださいね。

では、そのために「何を、どうするのか…???」

現在、全国老施協でも厚労省からの研究補助事業を受け、次なる大災害に向けての特別養護老人ホーム向けマニュアルの整備に全力を傾けているところです。

同じ加盟施設である同胞の犠牲や無念さを、今の私たちが受け継ぎ、次につなげるよう力を合わせて乗り越えていきましょう。小さなことでもリスクに対する認識と根拠づけへの習慣といった取り組みが、乗り越えのための道しるべとなりますから。

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Q26. 先日かかってきた千葉県の特養に勤務する相談員からの電話の内容を紹介したいと思います。
高速道路を走って大学からの帰途の途中に携帯が鳴りました。着信の番号は誰か分かりません。ハンドフリーなのでそのまま電話を受けると、「先生、もう最期かもしれませんが、アドバイスを下さい」という叫び声に似た若い男性の声だったものですから、そのまま車を横に寄せてメモ用紙とボールペンをダッシュボードから引っ張り出しました。
「申し訳ない。どちら様ですか…?」
「千葉県の特養で生活相談員をしている者ですが、いま、大きな地震があって施設長がすぐに先生に連絡を…」との内容でした。
すぐさま、カーラジオに切り替えると、千葉県と茨城県で震度5強の地震のニュースです。
「―5強…」。一年前の悪夢が脳裏をかすめます。
「―まず…」と、今回の調査研究事業で知り得た対応策を、と話す前に、ハザードマップでの位置関係、一年前の時の状況だけを矢継ぎ早に聞き、次に今できることと、これから起こるだろうことを早口でまくしたてていました。
 ふっと「―原発が…」と思いながらも、非常事態の備えを伝えた瞬間、携帯電話が切れてしまったわけです。

A26. 必要最小限の会話で指示を出しましたが、その5分後に今度は少し落ち着いた口調で彼から電話があり、話しをすることができました。
その日の夕方にも、三陸沖を震源とするマグニチュード6.8の地震があり、北海道・釧路町、青森・八戸市などで震度4を観測。岩手県と青森県、北海道の太平洋沿岸に津波注意報が出されていましたから、非常時体制を敷く必要があります。

この連載記事が載るころには、皆さんのところにも、全国老施協から震災調査の「報告書」と、すべての介護職員が手にできる別冊のマニュアルが手元に届いていると思われます。その中でも若干触れましたが、地震、津波、土砂、放射能といった災害種別ごとのマニュアルよりも、すべての大災害に共通する電気、水道、ガス、通信といったインフラのダメージ度から、災害時のリスクヘッジを図る方が有効です。インフラの崩壊度を視野に入れ、地震発生直後から実際の避難までの間に、誰が何を準備し、どう伝えるのか、という流れでの訓練が必要になってきます。

皆さんに質問です。何回かに分けて掲載したいと思いますが、いま皆さんの携帯電話から、「緊急地震速報」のアラームが鳴り響いたと仮定します。大きな揺れがくるまで5秒としましょう。そのとき、皆さんは何を、どう判断しますか…? 
以下に、地震発生から避難までをシミュレーションしてみましょう。

[前提]
□現在時刻:2012年5月1日(火)午前10:30
□天候  :快晴(気温は、10℃)
□利用者数:特養90名、ショート20名、デイ利用者30名の合計140名
□勤務中の職員数:特養とショートで45名、デイサービスセンター11名のはずであるが、詳細は不明

[緊急地震速報が発令されました]
現在、5月1日(火)の午前10:30です。テレビをつけていると「緊急地震速報」の表示が流れました。テレビ局によっては、ニュースキャスターの安全確保を促す報道に切り替えているところもあるようです。職員数名の個人携帯電話からも「緊急地震速報」のブザーが流れています。速報が発表されてから、強い揺れが到達するまでの時間は5秒から10秒と言われています。仮に揺れが到達するまでの時間が30秒とした場合、その間どのような対応をすべきか項目を洗い出して下さい。

■まず、携帯電話等で「緊急地震速報」のあの独特なブザーが鳴るということは、震度5弱以上の地震がすぐに来るということを意味しています。震度5弱というのは、体感的にはほとんどの人が恐怖を覚え、何か物につかまりたいと感じ、物理的には食器類や本棚の本が飛び出し、屋外では電柱や大きな建物が揺れているのがはっきりとわかる大きさを指します。高齢者施設であれば、すぐさま火元の確認と消火設備のことを考える必要があります。とくに厨房等からの失火に備えて、まだ内線電話等は使えると思いますから厨房への連絡をとる必要があります(事前に内線等の連絡をしなくとも厨房やその付近にいるスタッフは火を消すという認識と訓練が必要でしょう)。そして、エレベーターの使用をすぐさま中止するよう職員個々が認識をしておく必要があります。それから地震によって建物に歪みが発生し、ドアや窓が開かなくなります。避難の際にベッドごとまた車いすに乗せた状態での早急な移動が必要となりますから、ドアに関してもそれらが通るだけの空間が必要です。避難経路の確保とは、具体的にこのようなことを指します。

[館内放送で地震直後の対応を指示して下さい]
地震の発生により職員や利用者に不安が広がっています。職員の中には、事前に決められた緊急時の役割を自発的に行っている者もいれば、呆然としている者もいます。恐怖心から館外に避難しようとする利用者もいます。施設として初動対応を指示する必要がありそうです。
館内放送設備は、幸いなことにまだ使用できます。館内放送を使用して誰に何を指示しますか。

■大きな地震の後ですから、揺れがある程度おさまったとしても余震に警戒する必要があります。まず、各フロアに向けて利用者の安否確認とスタッフの状況を確認させてください。報告させるというレベルではなく、まず各フロアの責任者たる者が把握できていれば結構です。あと、前の「緊急地震速報」時にもいえることですが、介護職、医療職、事務職そして法人管理者が、役割を持った動きをしなければなりません。
介護職のスタッフは避難のためのドア等が開かれているのかの確認、それと同時に中庭や敷地内での館外避難に備えた移動のため、車いすへの移乗等の介助を行ってください。しかし、ユニット型の個室が多い施設などでは、すべてのドアの開放や一人ひとりの利用者の車いす等への移乗は思ったより困難で、非常に時間がかかります。個室化が進んでいる施設では、事前に各ユニット毎にそれぞれのスタッフがどういった順で誰から介助に移るのかを確認しておく必要があります。

医療職のスタッフは電気の不通に備えて、電気による医療行為を実施している利用者の確認を急いでください。そして医療キットや医薬品をひとまとめにしてある備蓄用品の場所の確認と、持ち出す必要に備えた動きをしてください。地震によって利用者やスタッフが負傷している場合には、応急手当てが必要なのはいうまでもありません。

事務職のスタッフは、電気、水道、ガス、通信関連のインフラのダメージ度を確認してください。そして、利用者の個人情報を入れたデータをすぐに持ち出せるようにしておくことが必要です。仮に被災施設となり、利用者を他施設で預かってもらう場合には、利用者の氏名、住所、要介護度、既往歴と服薬状況、食事形態、家族との連絡先等の簡単な情報だけで結構ですから、データとして事前に整理をしておいて下さい。受入れ施設の方では非常に助かる情報となるでしょうし、逆に他から利用者の受入れを要請された場合を想定したとしても、上記程度の利用者情報が、利用者へのケアを継続させるためにも非常に有効であることは想像がつくことでしょう。

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Q27. 「『緊急地震速報』が伝えられ、その10秒後にM8クラスの地震が発生しました…。そのとき、高齢者施設では何がリスクであり、どう対処すべきなのか」、といった先月の連載号からの続きです。
先回は、[緊急地震速報が発令されました]という場面設定と、次に[館内放送で地震直後の対応を指示して下さい]といったシミュレーションでの対応すべき方法と、そのリスクについて解説を行いました。 
時間的経過の中で、次に考えられるリスクは、「被害状況(館内・館外)の情報収集」です。それと「食事の提供」でしょうね。
この「地震直後の情報収集の仕方」と「食事提供の方法」に関するリスクとその対応を今回の質問とします。

A27. 先日も、内閣府の検討会が南海トラフ大地震の際に起こる津波の被害について、今回の東日本大地震を念頭においた最悪時のシミュレーション結果が公開されましたし、さらに東京都も首都直下型地震に備えた新しい被害予測を示しました。
南海トラフとは、伊豆半島あたりから九州にかけての太平洋岸沿いに続いている海底が細長く窪んだ地形のことを指しており、これらはすべてフィリピン海プレートという断層上にあるものですから、東海地震、東南海地震、南海地震と、誘発型の三連動地震といって最大級の警戒が必要とされる地震の一つです。
内閣府の試算では、地震の大きさをM8.7からM9.1に修正し、何パターンもの大津波を想定した結果、海岸線沿いに静岡市、浜松市、豊橋市、高知市、尾鷲市、鳥羽市などでは20m以上の津波が予測されました。20mといえば、ビルの6階程の高さとなりますから、平地であれば基本的にはどこにいても助からない恐怖ということになります。
なぜ、この南海トラフの地震が恐怖かというと、首都圏、中部、関西を含むこのエリアは、臨海部の埋立てによって、広大な海抜ゼロm地帯に数百万もの人が住んでいる立地に地震と津波が襲うということを意味しているからです。さらにこの地震の場合、震源地が陸地に近いため、ほんの数分で巨大津波がくるという地形でもあります。

では、質問に対して解説を行っていきます。まず、「地震直後の情報収集の仕方」については、現時点での対応にくわえ、その地域やエリアだけではなく、社会全体がいまどうなっているのかの正確な情報が、次に起こるリスクとその対応を規定するといっても過言ではありません。ですから、テレビやラジオからの情報が最も効果的であると考えられます。ですが、地震や余震の場合、電気が不通となるリスクが最も高いことから、コンセントにつなぐラジオではなく、電池式のラジオで外部の情報を手に入れるしかありません。また、津波等の心配がないエリアであれば、職員や法人の持つ車のエンジンをかけたまま、ドアや窓をすべて開け、カーラジオによる情報を大音量で流し、すべてのスタッフが共有できるようにしなければなりません。このとき、東日本大震災時でもそうでしたが、数日後にはガソリンの不足によるパニックも想定されますが、エンジンをかけたままにしておかないと、バッテリーがあがってしまうことも知っておく必要があります。
ですから、乾電池式のラジオが施設内にいくつ常備され、また乾電池もそれぞれのサイズが異なりますから、備蓄する際に用途と種類を再度確認しておく必要があるでしょう。車も、カーラジオによる情報の入手という利点だけではなく、タバコを吸うためのシガーソケットから電気を引くことも可能です。
東日本大震災時の調査でも、宮城県のある被災施設の職員は、外からの情報が入ってくる数日間、「この地域でこんな被害なのだから、きっと日本全土が同じような被害に襲われ、すべてが壊滅している…」と思ったそうです。今後の首都直下型地震、また三連動地震などでは、主要都市部が壊滅状態になりますから、正確な情報を得られなければ、津波や地震というリスクだけではなく、混乱からくる暴動というリスクも考えておかなければなりません。

  次に「食事提供の方法」についてです。大災害等の有事の際においては、平時の3食から2食程度になることが予想されますので、要介護者へのカロリー摂取等が気になるところではありますが、それよりもまず、地震や余震の影響によって、調理に必要な電気、水道、ガスといったインフラの崩壊によって、「調理ができない」ことが最大のリスクとなってきます。食事を外注している場合であっても、道路の切断やガソリン不足等によって食材そのものの提供が断たれることを想定してください。
そうなると、今の備蓄食の中での対応となりますが、その内容や数量が問題になってきます。「内容」については、乾パンのような備蓄食が一般的ではありますが、水分も不足している状態で要介護者への乾パンは、誤嚥等のリスクがあります。保存期間が若干短くはなるものの、レトルト系食材の備蓄が必要となります。基本的に調理ができない状態での、必要最低限の栄養摂取と考えてください。これまで食事摂取が難しい方向けへの高濃度栄養剤の備蓄があれば、最悪の状態を考えた場合であっても、どなたに対しても提供できるものとなります。また食事の提供にも関係するのですが、水の確保や備蓄については、飲料水の場合おおむね3日~5日分と考えるようにしてください。自衛隊や自治体による水の提供や、援助物資の到着期間との関係から妥当といえます。阪神淡路や新潟中越、また今回の東日本における被災地をみても、被災から一定期間を経ると、ペットボトルの水と紙オムツが大量に余る状況が多くの施設でみられましたから。
次に、備蓄食の「数量」です。「何食分また何日分の備蓄食があれば…?」という質問をよく受けるのですが、まず数で考えると、たとえば特別養護老人ホームで80床とショート20床、そしてデイサービス40定員と仮定します。利用者だけで140名に、職員を入れるとゆうに200名を超える人数です。それに地域で暮らす要介護者が避難してきた場合を考えると…。仮に1食あたりの食事提供が200食で1日2食とした場合でも1日に400食分を準備しなければならないわけです。これが3日続くと、1200食分の食事の準備を、調理ができない環境の中で提供しなければならないわけです。ということは、食材の備蓄だけではなく、食事提供時に当然必要となる紙皿や紙コップ、割り箸といった使い捨ての食器が相当数必要となりますし、ラップ等も今ある皿や器に巻いておけば、ラップを捨てるだけで洗わずに食器を使うことも可能です。では、皆さんの施設では、何mのラップが何本必要なんでしょうか。
また、2階以上の建物である施設の場合、エレベーターが使えないことから、食事の安全な運搬もリスクになってくると思われます。

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Q29. 中国地方で特養の生活相談員をしている者です。先日の『災害時におけるリスクマネジメントとBCP(事業継続計画)』研修ではお世話になりました。
その研修の中で、烏野先生が「—職員の緊急連絡先を紙媒体で打ち出し、事務所に張り付けておくように…」といったような指示や、「—被災施設、また利用者の受入 れ施設、どちらの場合であったとしても、利用者にとって最低限の個人情報をすぐに取り出せるよう…」といったアドバイスがあったように思います。
今回のような大震災に対する備えだけではなく、個人情報の取り扱いに関しては細心の注意を払っているつもりなのですが、個人情報の管理や保管する場合、どのよう な点に注意をすればいいのでしょうか?

A29. 先日の『災害時におけるリスクマネジメントとBCP(事業継続計画)』研修では、お疲れさまでした。勉強になりましたか? 早速、施設に持ち帰って演習内容を実践していただけたでしょうか? 

まずはじめに、あなたは「個人情報保護」について誤った認識をお持ちのようです。質問のなかに、「—個人情報の管理や保管する…」という表現があったからです。

おそらくあなたは、利用者や家族の「個人情報」を、鍵のついたロッカー等で厳重に保管し、またデジタル化されたデータによる個人情報も、ハードディスクやUSBの取り扱いに関して、厳重に金庫等で…と考えているのかもしれません。

結論から言いましょう。いま、求められている個人情報保護とは、自己情報の請求があった場合に適切にかつ正確に情報が開示できることにつきます。言いかえるならば、利用者や家族といった個人の情報を、いかに厳重に外部に漏らさないようにするか、ということではなく、「なぜ、こんなにも認定が軽いのか…」であるだとか、「どうして、こんなにも保険料が高いのか…」といった自己の情報に関する請求があった場合、速やかにそして適切な情報が開示できるのか、という視点からの発想です。
介護サービスを利用する高齢者にとっての「個人情報保護」について少し整理しましょう。
これまで、介護現場に求められた「利用者の個人情報の保護」についての意味合いは、「プライバシー保護」という発想で理解され、職業倫理的もしくは理念の範囲で語られることが多かったように思います。

2005年度からはじまった個人情報保護法の実施は、これまではそれほど重要視されていなかった利用者である高齢者の「個人情報」の取り扱いについて、注意を促すきっかけにはなったと思われます。

ただ、私たちが一般的に考える、「プライバシー(個人情報)保護」についての考え方と、介護現場のなかで留意しなければならない「プライバシー(個人情報)保護」とは必ずしもイコールではないという認識が必要です。介護サービスを利用する利用者の方は、認知症を患っていたり、また自らの意思を十分に表現できない方が多いのが実情です。そして、自らを守るための情報を取得する手段や、その方法に制限のある方も当然含まれます。

つまり、私たちであれば、プライバシーの侵害があった場合、自己の名誉も含めて 回復するための手段や情報を持ちえています。しかし、皆さんが日々接している高齢 者の場合には、プライバシーの侵害が発生したとしても、それに対抗する能力を持ち 合わせていない分、判断能力が十分にある私たちの場合のプライバシー保護とは意味 合いがまったく異なるということです。

さらに認知症高齢者の場合には、それらの侵害があったことさえ自覚できない人々である場合が往々にしてありますから。

個人情報保護法とは、その特徴を簡単に整理すると、個人情報を収集する際には、利用目的を明確にしなければならず、また目的以外で利用する場合には、本人の同意を得ないといけない、といったような内容です。これらは私たちでも、インターネットでの買い物や、簡単なアンケートに応える際にも末尾によく目にする文言でしょう。


この法律は、本人である個人の権利を定める法律ではなく、法人が守らなければならない義務を定めたものであり、個人情報の“不適切な取り扱い”に対して刑罰を科す仕組みはなく、制限を加える為の罰則法というよりもむしろ、権利意識の向上により利用者を保護するという性格の方が濃厚になったものです。

このような特徴をもつ個人情報保護法ですが、介護現場においては、今後どのよう な展開が求められるのでしょうか。冒頭に結論から入りましたから、繰り返しになりますが、利用者も含めた家族の個人情報を、いかに鍵のついた書棚で情報が漏れないようにするのか、という視点ではなく、「2015年問題」や「2025年問題」と言われるように、消費者として権利主張を行う高齢者の増加に対して、彼らの自己情報の開示請求があった場合、ただちに相手方に記録物も含めた情報を開示できる体制になっているのか…、といった発想が必要になるということです。

つまり、“守り”の姿勢から、“攻め”への対策が迫られていると考えてくださ い。

具体的に、介護サービスの利用という点では、介護サービスを受ける際の条件や、また受けられなかった場合の判断、利用料についての条件等で、「自己の情報を監督機関に請求する」ということが考えられますから。

国は、平成18年4月に改正版として「医療・介護関係事業者における個人情報の適切な取扱いのためのガイドライン」を示し、「大規模災害等で医療機関に多数の傷病者が運び込まれたような場合」や「災害発生時に警察が負傷者の個人情報等を照会する場合」など、本人の同意が確認できないような場合に関しては、個人情報保護法による制限を例外化する方針を提示しています。

また実際に個人情報保護をめぐる裁判事例でも、ホームヘルパー派遣申請に関する実態調査時の記録の開示請求について、開示することで家族間(嫁姑問題)での信頼関係に支障が生ずる場合、開示拒否事由に該当するか否かを争点にしたものもあります。ここでも、情報をいかに外に漏らさないようにするのかではなく、情報開示に関する妥当性について争ったケースでありました(平成14年9月26日東京高等裁判所判決)。

介護現場での高齢者における個人情報とは、各関係機関との連携や調整が図られてこそ、生存そのものまでをも「保護」することができるという視点を忘れないでください。

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Q34.いつもこの連載をコピーし、毎月の施設内研修に使わせていただいております。被災地の東北で副施設長を仰せつかっている者です。からすの先生のブログにも載っておりましたが、先日、津波で流され死亡した女性介護スタッフの家族が、施設を訴えた事件がありました。私の施設でも利用者だけではなく、スタッフも津波の犠牲になりました。今後、遺族から訴えられるような場合を考え、具体的に何を準備しておけばいいんでしょうか? 不安でたまりません。

A34. 被災地での施設運営、お疲れ様です。おそらく、「お疲れ様」という言葉では片づけられないほどのご苦労があったかと思います。亡くなられたご利用者の家族への説明に、無念さと乾くことのない涙があったかと思われます。また、同僚でもある仲間の死を目の当たりにしながらも、残されたスタッフを鼓舞し、よくここまで乗り越えてこられたこと、畏敬の念が堪えません。

東日本の大震災をめぐる遺族からの訴訟状況をみると、小学生や幼稚園の子どもを亡くした保護者が、教育機関である学校法人を相手取って係争中というものが目立ちます。逆に、「—どうしてうちのおじいさんが、デイサービスの帰りに送迎車ごと津波にのみこまれ死んでしまったのか…、送迎ルートに誤りはなかったのか…」といった内容については、苦情として被災地の施設に持ち込まれることはあっても、裁判にまで発展したケースはありませんでした。

今回の裁判は、利用者の家族ではなく、職員の家族からの訴えであることから、「身内同士での争い」という構図になります。個人的には、約2年近くたったいまの時期になってのこの手の裁判…。予想はしていたとはいえ、深刻に受け止めています。

まず、事件の内容を簡単に説明しますと、東日本大震災の津波で入所者や職員ら63人が死亡・行方不明になった宮城県内の高齢者施設で、当時27歳と36歳の女性職員が津波に流され死亡し、遺族である家族7人が、施設を運営する社会福祉法人に対し慰謝料など約1億4300万円の損害賠償を求めたものです。

この裁判での争点は、多岐にわたると思われますが、㈰施設側は、気象庁の発表で施設周辺に大津波が来ることを知りながら、直ちに避難しなかった点。㈪入所者の多くが介護の必要性の高い高齢者であるにも関わらず、避難用の車両等の整備が不十分だった点。㈫防災マニュアルが周知されておらず、津波に対する定期的な訓練を怠っていた点。これらから、施設側の安全配慮義務違反が争われると考えられます。

皆さんの施設が今後、大災害で被災し、利用者や職員が亡くなった場合、その遺族から上記のような点で回答を求められるということです。裁判に持ち込まれるか否かは別として、当然のことながら考えておかなくてはならない項目を、今回の裁判の争点に沿って箇条書きにしてみます。

① 大津波警報が発令されてから、直ちに避難するまでに考えておかなければならない点。
・まず「緊急地震速報」が発令されてから、5〜10秒以内に震度5弱以上の地震が来ることが予想されるが、揺れが治まった後の行動が項目として挙がっているか。
・余震が続いていると思われるが、館内放送等を通じて、誰が、何を、指示するのかが項目として挙がっているか。
・施設内の被害について誰が、何を、どのように確認をするのかの項目が挙がっているか。
・施設外の状況を、ラジオ等も含めて目視によって確認する必要があるが、その役割と範囲は定められているか。
・利用者の安否確認という点で、誰が、どのレベルまでの情報を理解し、どう記録しておくのか。
・職員の安否と、出勤しているが外出しているスタッフの安否確認の方法が確立されているか。
・利用者、職員とも、彼らの家族との連絡方法と手段について考えられているか。
・どのタイミングで、誰が、何を根拠に避難指示を出すのか、法人管理者が不在の場合も考慮した判断基準を明確にしているか。
・避難する場所については、いま設定されている避難場所が適切であるのか。適切であると仮定した場合、避難場所までの距離・方法・時間・障害物等を予測しているか。
・施設の場合、籠城が望ましいが、それが適切ではなく、施設外への避難となった場合、すべての利用者を避難させるのに必要な時間、人員、手段がイメージできているか。

② 要介護者を移送するための車両等の整備
この点に関しては、一般的な高齢者施設であれば避難するための移送車両を独自で所有していることはまずありえないことから、デイやショートの送迎用リフト付車両をどう活用するのかに限定されると思われます。
・大渋滞や道路の破損等の状況を考え、避難場所までの移動に、車両を選択するべき条件が整っているのか。
・車両を選択した場合、避難場所までどれだけの数の利用者を、何台の車両に乗せ、何往復させるのか、それに要する時間が想定できているか。何回かのピストン移送を想定した場合、先に移送すべき利用者の選別はルール化されているか。
・ 移送の際に発生する利用者の状態変化等のリスクを確認しているか。またどの資格をもった職員を、どの利用者の車両に同乗させるのか想定しているか。

③ 防災マニュアルの周知と、津波に対する定期的な訓練
・災害時緊急マニュアル」等は、東日本大震災以降、改定が行われているか。
・2011年3月11日以前とそれ以後とでは、どのような点を改定し、その理由について理解できているか。またその作業や改定されたものをどう職員に周知しているか。
・マニュアル等を周知させる場合のその方法や回数が妥当であるか。
・火災を想定した訓練は消防法上でも義務化されているが、火災のみならず、津波、大豪雨、土砂災害等を想定した訓練になっているか。
・訓練の際、職員が利用者役に代り実施しているケースがあるが、訓練そのものがマンネリ化していないか。
・防災マニュアル等が、実際の行動に移しやすいものに工夫されているか。

訴状によると、2011年3月11日の地震発生直後、園長は職員らに待機を指示。その後、避難する方針に切り替えたが、施設近くの沿岸に津波が到達した午後3時50分ごろまでに避難が間に合わず、2人を含む職員20人と入所者42人が死亡、入所者1人が行方不明ということです。地震が午後2時46分に起こり、津波が来るまでの時間が約1時間程だったことを考え合わせると、この間に上記の確認事項を行動に移し、かつ、しかるべき避難所への避難を完了しておかなければならないわけです。

今回の裁判での争点からみたリスクヘッジのポイントは以上のようでありますが、このようなポイントは、読んで理解するものではなく、実際に行動ができ、行動できるための項目を頭に叩き込んでおく必要があります。

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Q44. 関西エリアで特養の相談員をしている者です。先日の台風18号の影響で、施設の一階部分が床上浸水し、二階建ての施設の一階部分がほぼ水に浸かった状態となりました。これまでからすの先生の連載でも地震や津波に対する備えを十分に、と教えて頂いていましたが、西日本では地震や津波に関しての危機感が薄く思え、当の私も「―まさかここまで…」という感覚でした。今回の台風被害を教訓にと思いますが、今後、どこから手をつけて職員間での論議を行っていけばいいんでしょうか。

A44. 今回の台風18号は、各地で大きな爪跡を残し、はじめて「特別警報」という「数十年に一度程度の…」、「人生に一回あるかないかの…」と表現されるくらいの大きな自然災害でした。テレビやラジオでも、「命を守る行動を…」と呼びかけられていましたからね。
 
2年半以上前の東日本大震災が起こる少し前から、異常気象によって、ゲリラ豪雨やそれに伴う土砂災害、落雷や竜巻といった自然災害が起こり、最近では頻発するような事態となっています。また、東北地方でいえば、震災関連死の方の数が、地震や津波で直接亡くなった方を上回り、「避難弱者」への対策が急務の課題となっています。
 
くわえて先日、東日本大震災時に幼稚園児が送迎バスで帰る際に津波に巻き込まれ5人が亡くなった事件の判決が、仙台地方裁判所で言い渡されました。園を運営する法人と園長に対し、1億7700万円の支払いを命じた内容です。判決によると、「地震発生時、ラジオなどで津波の情報を収集する義務を怠った」ことが、法人側敗訴の理由です。皮肉にもこの園は高台にあり、津波の被害を免れていたことも判決結果に影響したものと思われます。この裁判を皮切りに、学校法人や社会福祉法人、つまり要援護者である避難弱者を抱えている施設での裁判が活発化するものと思われます。裁判という解決方法の是非に関しては、賛否が分かれるとは思いますが、今回の遺族側勝訴という結果が呼び水となることだけは確かなようです。
 
さて、防災対策として「どこから手をつけて、何を論議すれば…」というご質問でしたね。高齢者施設で働く私たちにとっても、先ほどの幼稚園児が亡くなった裁判の争点と共通する課題を抱えています。つまり高齢者も、子どもや障がい者、妊産婦などと同じく災害弱者だからです。先ほどの園児が亡くなった裁判の争点や、その園と同じく石巻市にあった大川小学校の悲劇で課題となった点も加えますと、「(災害の)情報収集する義務」、「すぐさま避難する義務」、また「避難するのではなく、屋内退避(籠城)すべき義務」、「防災・緊急時マニュアルを周知徹底させる義務」等が考えられます。災害の種類によっても異なりますし争点も多岐にわたります。とくに人災でもある原子力災害に対しては、「緊急避難」が求められ、「避難の方法や避難先、避難経路」という視点も加わります。ですが、考えなければならない視点は限られてもいます。
 
いくつかの代表的な争点に沿って、いまから皆さんが論議し、対応すべきポイントをあげたいと思っています。
① 来たるべき災害予報に関する情報収集と、避難すべきなのか、それとも屋内退避すべきなのかについて。
・地震の場合には、「緊急地震速報」が発令されてから、5秒程度以内に震度5弱以上の地震が来ることが予想されます。揺れが治まった後の行動が項目としてあげられていますか?
・余震が続いていると思われますが。施設内放送等を通じて、誰が、何を、指示するのかが項目としてあげられていますか?
・施設内の被害について、誰が、何を、どのように確認するのかの項目があげられていますか?
・施設の外の状況を、ラジオ等を含めて「目視」によって確認する必要があります。その役割と範囲が決められていますか?
・利用者の安否確認という点で、誰が、どのレベルまでの情報を理解し、何にどう記録しておくか決まっていますか? 
・職員の安否と、出勤しているが外出しているスタッフの安否確認の方法が確立されていますか? 
・利用者、職員とも、彼らの家族との連絡方法と手段について整理されていますか?
・どのタイミングで、誰が、何を根拠に避難指示を出すのか、法人管理者が不在の場合も考慮した判断基準を明確にしていますか? 
・避難する場所については、いま設定されている避難場所が適切であるのか、適切であると仮定した場合、避難場所までの距離・方法・時間・障害物等を予測していますか?
・施設の場合、屋内退避という籠城が望ましいケースも多く考えられますが、それが適切ではなく施設の外への避難となった場合、すべての利用者を避難させるのに必要な時間、人員、手段がイメージでき、過去に訓練を実施していますか?

② 防災マニュアルの周知と、災害に対する定期的な訓練について。
・「災害時緊急マニュアル」等は、東日本大震災以降、改定されていますか?
・2011年3月11日以前とそれ以後とでは、どのような点を改定し、その理由について理解できていますか? またその作業や改定されたものをどう職員に周知していますか?
・マニュアル等を周知させる場合のその方法や回数が妥当でしょうか?
・火災を想定した訓練は消防法上でも義務化されていますが、火災のみならず、津波、大豪雨、土砂災害等を想定した訓練になっていますか?
・訓練の際、職員が利用者役に代り実施しているケースを多く見かけますが、訓練そのものがマンネリ化していませんか?
・防災マニュアル等が、実際の行動に移しやすいものに工夫されていますか?
 
以上、裁判で争点になると予想される視点から、リスクヘッジのポイントを整理しましたが、このようなポイントは読んで理解するものではなく、実際に行動ができ、行動できるための項目を頭に叩き込んでおかなければなりません。地震や原子力災害を除いては、気象情報等である程度の「予測」がつくわけです。つまり時間的余裕があるということです。「マニュアルがあるので大丈夫」という意見もよく聞かれますが、緊急時にまったく役に立たないのが緊急時マニュアルなわけです。緊急時マニュアルが不要であるだとか、意味がないということではなく、それらの項目や一連の動作を記憶しパターン化しておく必要があります。それが「最低限の備え」ということなんです。

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Q49. からすの先生、いつも連載ありがとうございます。東京都内の特養で勤務する施設長です。今回ばかりは、と言いますか、先生の連載通りの防災対策を事前に準備していて本当に助かりました。二週続けての週末の大雪に見舞われた東京は、完全にすべてがストップした状態でした。大雪によって道路が遮断されるということは、職員が通勤できないということに加えて、モノが入ってこなくなるということを痛感し、それも二週続けて…。先生から言われておりました備蓄品の充実が功を奏しました。利用者や利用者の家族からも、「この雪で大丈夫か?」という不安や確認の連絡を頂きましたが、何よりも、災害対応の指示を的確にできたことが、勤めている職員の安心につながったと思っています。ですが、
この大雪がしばらく続き、また電線等が雪の重みで切断し、電気が使えなくなったことを考えた時、背筋が寒くなったのも事実です。
今後、どこまでの災害を想定することが必要になるのでしょうか? 

A49. 2月に入りましてからの二週続けての大雪の影響で、これまで雪に慣れていなかった地域での弱点が露呈されたような印象を持っています。これまでも大規模災害での対応としまして、想定される災害の種類を、地震や津波、豪雨や暴風、そして火災、それに加えて昨年の夏から秋にかけての竜巻といった感じで考えていたのですが、過去に雪が降ったとしても積もるようなことがなかったエリアでの大雪というのが、今回の災害といったところでしょうか。今回の大雪をも教訓とするのであれば、「どこに住んでいたとしても、災害の種類はともかくとして、孤立し日常生活がまったくできなくなることがある」といった点でしょう。「観測史上、最大で最高の積雪」という言葉が、何度もメディアを騒がせたことからも、これまで想定さえしてこなかった程の、過去の経験では計り知れないことが、ここ数年の間に起こっているということです。
 
特養である施設長からのご質問ですので、施設という頑丈な建物における大雪の問題としてはいくつかリスクがパターン化できると思いますし、在宅サービスとの関係では、デイなどの通所系サービスを休止すべきなのかどうか、悩まれたと思います。しかし一番の問題は、在宅で暮らす要介護者に対し、ヘルパーや配食等、訪問系を中心としたサービスのリスクは計り知れないものでした。
 
さて、ご質問に戻ります。「今後、どこまでの災害を想定すべきなのか…」というお尋ねでしたね。この「想定」という言葉から、転倒・転落や誤嚥をはじめとした介護事故での「過失責任」についての考え方を整理しておきましょう。「過失」とは、簡単にいえば「ミス」です。このミスは、損害の発生について予測することが可能であり、その結果を回避する行為義務があったにもかかわらず、回避義務を怠った場合に、ミスを犯した、つまり過失責任があった、と考えられる発想です。介護現場などでは、過去のヒヤリ・ハッとなどから、何度も転倒しており、次にもまた転ぶことが予想されるにもかかわらず、見守り等が不十分であったような場合に過失があった、と断定されるわけです。ですから、過去に一度も転んだようなことがない高齢者の場合では、転ぶであろうことが予測できなかったわけですから、転ぶであろうことを回避する義務もなく、その場合、不可抗力として考えられるわけです。
 
本題に戻りまして、どこまでの災害を想定すべきなのか。東日本大震災の津波に幼稚園児が園のバスとともに巻き込まれ死亡した事故については、メディアでも大きく取り上げられましたから、皆さんも記憶のあるところだと思います。判決では、幼稚園の園長に津波に対する情報収集の懈怠(けたい)があったとして、同園の運営法人及び園長に遺族からの損害賠償請求が認められた結果となりました。ここでの争点と、互いの主張を紹介することで、どこまでの災害を想定すべきなのかが見えてくるように思われます。
園側は、地震学者でさえ予想していなかったマグニチュード9.0の巨大地震であり、また二日前に起きた大地震の際にも津波は発生しておらず、ましてや石巻市の市街地を7m以上の津波が襲うことなど、予見できるものではなく、園側が園児の生命身体を守るべき保護義務・注意義務があるものの、注意義務の具体的な内容である予見可能性と回避義務に照らして考えた際、注意義務違反はない、と主張しました。
 
また、情報収集の怠りについても、地震後、停電となりカセットデッキのラジオを聞くこともできず、職員らが所持していた携帯電話にはテレビ等の機能がついているものもあったが、勤務中には携帯電話を手元に置くようなことはしていなかったため、保護者や園児の対応に追われ、携帯電話等で情報を確認する余裕はなかった、とも主張しています。
 
これらについて裁判所は、予見(予想)義務の対象は、マグニチュード9.0クラスの巨大地震の発生ではなく、3分間以上にもわたって続いた地震による揺れを現実に体感した後の津波被災のおそれであり、防災行政無線やラジオ放送による情報収集によって、大津波警報や高台への避難等の呼びかけを知ることは可能であり、小さい送迎用バスを眼下に海が間近に見える海岸近くの低地に向けて出発させることにより、津波被害に遭うおそれがあることについての予見可能性であると、判断しました。また、情報収集に関する過失についても、平成16年のスマトラ島沖地震が発生し、多数の死傷者を伴う大惨事が新聞やテレビ等で繰り返し報道され続けていたことや、今回の巨大地震によりラジオ放送等で震源地を確かめ、津波警報が発令されているのかどうか、などの情報を積極的に収集し、サイレン音の後に繰り返される防災行政無線の放送内容にもよく耳を傾け、その内容を正確に把握するべき注意義務があった、と判断しています。
 
また巨大地震による混乱で、保護者や園児の対応のため忙しかったとしても、地震の揺れが収まった直後からの園児らの安全に関する情報の早期収集を、園長は行う義務があり、保護者や園児らへの対応の必要性が、情報収集義務を免除し、その義務違反の有責性を否定する理由にはならない、と結論づけました。
 
「-どこまでの災害を想定すべきなのか…」 今回の、ふだん雪が積もらないエリアでの大雪や、これまで水害とはまったく無縁だったところでの浸水といった、過去の例から導き出した災害対策では、不十分であることが、ここ最近の自然災害のなかから私たちが学び得た点です。ですから、皆さんの法人や施設の立地を考え、「うちの施設(事業所)にとって、最悪な自然災害とは、どういった場合か…」を、季節や条件、時間帯まで最も対応困難なケースから整理することが有効だと思っています。そして、園児が津波に流された今回の裁判事例からも、法人のトップ(責任者)は、必ず情報収集に努めなければならないことが、義務である点も理解して頂けたかと思います。その際、情報収集の手段や方法についてマニュアル化しておくことが求められるでしょうし、最も難しいのは、情報を収集し分析した後、どう判断するのか、といった点です。施設に留まり続けるべきなのか、違う場所に避難した方がいいのか。また、大規模災害時に法人のトップが不在である場合の対応についても考えておく必要があるでしょうね。
 
今後、30年以内に80%以上の確率でくると考えられる首都直下型地震や南海トラフ地震については、東日本大震災の時よりも、長期にわたり物流が止まることも十分に予想されます。いまの備蓄品の量や内容を再度見直すことも必要なのかもしれません。

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Q54. 九州地方で生活相談員をしている者です。先月の超大型台風の影響で、施設周辺に特別警報が発令されました。当施設は、福祉避難所の指定を受けていたものですから、地域の方が大量に避難して来られ、また特別警報が出された直後から、避難するために自宅を出ることすら困難な状況におかれている地域の要介護者への対応を協議している最中、山間部に位置する施設の裏山が崩れ、大量の土砂が施設内に流れ込むなど、大雨と土砂災害の怖さが分かったような気がしました。比較的、台風の影響に慣れている私たちの施設でも、一時的に全ての機能がストップしてしまいました。以前から「防災チェックシート」のようなものでチェックしていましたが、まったく役に立ちませんでした。再度、防災について職員全員と考え直したいのですが、何かアドバイスを頂けると幸いです。

A54. 今回の巨大台風は、九州地方だけではなく、東北でも河川の氾濫や堤防の決壊等、甚大な被害が報告されましたから、全国各地で水害と土砂災害に見舞われた期間だったと思います。

これまでの大規模災害に対する連載でも、津波リスクに対する内容が主だったと反省しています。夏本番となるこれからの時期に多くなってくるのが、ゲリラ豪雨を含めた大雨と、大雨に伴う土砂災害でしょうね。とくに山間部では、土砂災害に細心の注意を払う必要があります。土砂災害にいたる直接的な要因は、大雨だけではなく、地震そして火山噴火などによって引き起こされることも覚えておいて下さい。

津波による直接的な被害を受けない、という意味では、海岸線に接していない自治体は、内陸県といわれ、具体的には埼玉、栃木、群馬、山梨、長野、岐阜、滋賀、奈良の8県となります。そして、奈良県を除いて7つの県はすべて隣接しており、マグニチュード8級クラスといわれている南海トラフ巨大地震が発生した場合、内陸県であることから大津波による直接的な害を被る可能性は低いものの、津波によって被災した圏域からの利用者の受入れを期待される県としての責任と役割が大きくなってきます。つまり、大災害時における自施設の役割を、被災圏からの「受入れ施設」として機能させることが求められるということです。これは、何も海に接していない内陸県独自の災害リスクというだけではなく、同じ県内でも、沿岸部と山間部があるエリアであれば、同じように利用者や職員の受け入れを期待される施設となることを意味します。

「-防災について、職員全員と考え直したい…」という事でしたら、土砂災害に見舞われる可能性の高い施設である、というだけではなく、自施設での災害対応力向上という視点から、皆さんには考えて頂きたいと思っています。つまり、「リスクの正確な把握」です。具体的な話し合いのテーマとしては、①市町村が発行しているハザードマップや、国土交通省が管理しているハザードマップポータルサイト等をみて、自施設がどのような立地条件・環境におかれているかを確認し話し合ってください。例えば、河川等の氾濫や水害、土砂災害、液状化、豪雨、暴風などの項目からです。②施設周辺の避難場所(一時避難所)や避難所(二次避難所)の場所、そこへの経路、手段についても話し合ってください。③施設が立地する土地の由来や歴史について、地域の方にも協力いただき知っておいてください。

つまり、「リスクの正確な把握」については、皆さんもよく目にするような、「防災チェックシート」の項目にチェックしている程度では、リスクの正確な把握、とくに「十分な把握」とはいえないことを意味しています。では、大規模災害時における「リスクの正確な把握」について、私から質問をさせて頂きます。「みなさんの施設において、最悪の場面とは何をイメージしますか?」 一つ例をあげると、北海道の社会福祉施設では、「二月に電気が不通となること」がほとんどの施設において最悪の事態であり、利用者だけではなく職員にとっても死を近くに感じる事態、と語っていました。
皆さんの施設は、どのような立地・環境にあるのでしょうか? 山間部であれば、大雨による土砂災害があげられるでしょうし、川沿いであればゲリラ豪雨などでの河川の氾濫や堤防の決壊などの浸水があげられます。市街地であっても、地震や火災の際には道路の大渋滞が予想されますから、車での移動や避難は不可能となりますし、埋め立てた場所に施設が立地しているような場合には、地面の液状化で建物が傾くことも考えられます。  

ハザードマップ等を利用して、自施設における「地理的リスクの把握」からはじめる必要があります。職員によっては、遠くから通っている者もいるため、施設周辺の土地について、昔から知っているわけではない可能性もあります。施設が立地する土地にまつわることや、避難場所までの経路など、どこを通っていくのがもっとも安全なのか、地域の方の意見も交えながら確認することは重要な視点です。
今年の2月に出された「大川小学校事故検証報告書(宮城県石巻市)」でも、あのときの大災害によって、事故発生時11名の教員のうち10名が亡くなりましたが、その7割の教員が大川小学校での勤続年数が2年未満と短かったことが分かっています。つまり、その土地のことを知らない職員による、施設外への避難の場合、より地域のことを知っている者による知恵が必要であるとも言えるわけです。
地震による大津波と、大雨による土砂災害。防災という視点から、この二つには大きな違いがあります。地震は予測することができませんが、大雨は気象情報によって勢力や上陸日時、進路等ある程度の予測をすることができる点です。つまり、身近な危機に対し「備える」ことができるという点です。
 
私からの質問であった、「みなさんの施設において、最悪の場面とは何をイメージしますか?」に対する話し合いの中から、皆さんの施設独自の防災マニュアルや、防災ハンドブックなるものを作成していただきたいのですが、これらは模範解答的な、答えを求めるようなスタイルではなく、それぞれの施設における立地条件や設立年の違い、職員構成や利用者の年齢・障害の程度等が異なりますので、皆さんの施設にとって、もっとも困難であると思われる災害と時間、条件等の場面設定を行い、施設独自の防災マニュアルを作るための「気づき」と「課題」を発見するためのものと認識してください。 
施設としてのマニュアルの完成度が高くても、実際に起きるであろう大規模災害時に役立たなければ、まったく意味のないものになってしまいます。
 
繰り返すようですが、防災をめぐる職員全員との論議のなかでは、模範的解答やありきたりな答えではなく、皆さんの施設で、「何がどこまで準備できていて」、「何が不足しているのか」、「その不足を満たすには、何が必要で、どこに限界があるのか」を気づき、自施設では限界のあることを、他事業種や地域との連携のなかで補完し合えるのはどこの部分であるのか、について、認識していただく機会ととらえて下さい。

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Q55. 四国地方で生活相談員をしている者です。先月の台風11号に伴う水害では、高知県や徳島県に甚大な被害の傷跡を残していきました。私が勤務する施設でも、近くの河川が決壊し、施設の一階部分は完全に水に浸かってしまいました。勤務して15年目を迎えますが、ここまでの浸水は初めてのことでした。
 
からすの先生の連載を読み、備蓄品の整理等、防災に対する備えをしてきたつもりではいましたが、避難指示が出された時には、避難するべきなのか、先生がよくお話しされているように、籠城スタイルの立てこもり型で耐え忍ぶのか、非常に迷いました。

A55. 今年の夏は、連続した大型台風の襲来によって、九州や四国だけではなく、東海や東北に到るまで、日本列島すべてが異常気象に見舞われました。
 
なかでも、大雨特別警報が発令されたような区域では、過去に経験をしたことがないような河川の氾濫・決壊、浸水に襲われました。
 
ご質問にありました「避難するタイミング」…。これがもっとも難しい点です。以前の連載でも、触れたところだと思いますが、宮城県岩沼市の海岸線に面している特別養護老人ホームの職員・利用者全員が、当初計画されていた避難場所ではなく仙台空港に逃げ込み、九死に一生を得、「奇跡の生還」とメディアでも大きく報道された施設がありました。私も調査のために何度も訪れ、施設長や管理者の方にお話を聞く機会に恵まれました。避難のため、利用者を乗せた車両を仙台空港まで職員がピストン運転し、恐怖のなかでひどく動揺しているに違いないわけですが、「なぜ、冷静に行動できたのか…?」を伺ったわけです。それに対して、「津波の恐ろしさが分からなかったから…」という返事を聞いた直後
、次の大規模災害の怖さが分かったようにも思えました。
つまり、次の首都直下型地震であろうと、南海トラフ地震であろうと、地震に伴う巨大津波が海上で発生し、数十分後、陸地にもたらす惨状を、我々は既にメディア等で知っているわけです。冷静でなくなった場合の、次の対応ほど恐ろしいものではありません。ですから、私たちは、「危険や危機」を「恐怖」にまでしない備えが必要であるということです。そのためには、「判断」するための「状況確認」が必要となりますし、その「タイミング」や、「根拠」が求められます。
 
ご質問にありますような「避難するタイミング」については、被害の発生についての予見が可能であったか否かが問われます。先の東日本大震災による大津波で犠牲となった、町立保育園園児の遺族が提訴した裁判でも、町側に地震に伴う大津波によって、浸水範囲が保育所のある陸地にまで及ぶことが予測し得たかどうかが争われました。
 
提訴された町立の保育所は、海から1.5離れたところにある平屋の建物であり、町のハザードマップでも津波浸水予測区域外とされていました。保育所では、発災直後、防災無線やサイレン設備が破損し、ラジオやテレビも停電になり視聴不能となったことから、保育士が町の災害対策本部まで車で赴き、災害対策本部長である町の総務課課長に指示を仰いだわけですが、「現状待機」との返答を得たわけです。その回答を保育所に戻り園長に伝え、結果として発災直後から1時間15分間も園児らと保育士は園庭に待機し続けたため、避難が遅れた3人の園児が亡くなったわけです。
 
争点としては、保育委託契約の債務不履行ということで、町立保育所である園児の避難方法を求められた際に、避難を要する旨の指示をすべき義務、保育士に園児らを安全な場所に避難させる義務、保育士らに、避難の際に少なくとも一人の保育士が一人の園児を誘導するなどの適切な方法で避難すべき義務、等があげられました。
 
ご質問にある、「避難するタイミング」に絞って、町立保育所での争点を整理すると次のようになります。
・避難指示を出すほど、保育所に津波が到達することを予見できていたか?
・予見するための情報を収集できていたか?
・その情報のなかから、予見すべき危険性の程度は?
・保育士や現場のスタッフに求められる避難させるべき義務は?
・避難指示を仰ぐ、避難指示を受ける…。はたしてその指示は的確なものだろうか?
 
地震や津波についての情報収集という意味では、電気等のインフラがストップするなか、町の災害対策本部は、設置されたテレビ(ワンセグ)やラジオによる情報収集、つまり災害対策基本法第23条の2第4項1号で定められた情報収集の事務が、適切に遂行できたのか否かが問われました。また保育所では、保育委託契約に基づき園児を保護者に引き渡す義務を行うにあたって考慮すべき点が問われ、被災している周囲の状況により園児を他所に移動させることについての危険性の有無や、園児を迎えに訪れる保護者による保育所において引き渡しを受けることへの期待、さらに保育所において園児を引き渡すことの確実性、その具体的な方法などが争点になりました。
 
さらに個々の保育士に対しても、保育委託契約に基づいて、園児らを安全に保護者に引き渡すため、災害発生時に情報を収集し、収集した情報をもとに避難させる等の義務について問われましたが、今回のケースでは、保育士の一人が災害対策本部に避難指示の伺いをたてたところ、本部長による「現状待機」の指示を得ていたことから、保育士個人による予見の可能性を低くみた結果となりました。最後に、1人の保育士が1人の園児を誘導するなどの方法で避難すべき義務については、どの方向からどの程度の津波が押し寄せているのかの情報を得ることなく、津波が目前まで迫ってきている危機的状況のもとでは、避難行動として保育士各自が速やかに園児とともに津波から遠ざかることしかできなかったであ
ろうと結論づけています。
 
このような視点から、町立保育所で保育中の園児らが巻き込まれて死亡した事故につき、町側に予見可能性がなかったとして町の責任が否定された事例でした。過去の連載でも、同じような東日本大震災による津波によって、幼稚園児たちが送迎バスとともに巻き込まれ死亡した裁判を紹介しましたが、その場合の予見できたかどうかの可能性としては、地震学者でも予知できなかった巨大地震の発生という点ではなく、その後に襲ってくるであろう津波被災の可能性を、防災行政無線やラジオ放送によって予見できたかどうかという視点から、学校法人である幼稚園側の責任を重くみた判決でした。
 
保育所と幼稚園とでは、行政管轄が異なるものの、避難弱者という点では共通しています。避難弱者である災害弱者は、今回のケースで紹介しました子どもだけではなく、障がい者や妊産婦、そして皆さんが勤務する高齢者施設のお年寄りも当然のように含まれます。
 
この夏の異常気象では、台風に伴う豪雨によっての浸水被害と土砂災害が主でした。避難する場合の情報収集、避難先、避難する経路の確認、その具体的手段、順序等、これらから「避難するタイミング」を計る必要があります。

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Q57. 関西地方で生活相談員をしている者です。10月に発生した台風18号、19号の影響で、施設の1階まで浸水し、深夜に職員総出で土嚢を積み上げ、気づいたら朝を迎えるような状態でした。からすの先生がついもおっしゃっていた「1階から2階にどうやって利用者を移動させるのか?」の難しさを痛感した日だったように思います。とくに今回の台風が、土日で併設しているデイサービスがお休みの日だったものですから助かったものの、これが平日であれば、と思うとゾッとします。これからの災害対策について何かアドバイスを下さい。 

A57. この夏から秋にかけての台風は、勢力も強く、介護現場で働く皆さんにとっても土砂災害を含めた浸水を伴う水害に悩まされたことと思います。今回の強い勢力を保ったまま日本を縦断した台風は、立て続けに週末に上陸したため、デイサービスなどではさほど被害は大きくなかったのかもしれません。しかし、入所系である老人ホームでは土日祝日といった発想は関係なく、苦労されたと思います。とくに台風19号は、九州から西日本にかけて夕方から深夜に上陸し、猛威を振るったことが特徴でした。つまり、「夜勤帯の災害」というのが、想定している災害リスクのなかでも最高ランクに位置づけられるものですから。

その理由としては、職員の数が圧倒的に少ない時間帯であることや、特別警報を伴うような豪雨災害の場合には、落雷等で停電が考えられますので、夜勤帯に、それも人手が少なく、電気が使えないことからエレベーターも使用できずに暗闇のなかでの介護となるからです。そして1階フロア部分の浸水となれば、当然のことながら避難するのに時間を要する子どもや障がい児・者、そして高齢者といった避難弱者に対して避難を呼びかける避難準備情報が災害対策基本法に則って自治体から発令され、避難勧告や避難指示等の順でアナウンスされているタイミングと考えられます。高齢者施設の場合には、そのハード面から頑丈な建造物であるため、放射能災害や近隣での大火の場合を除いては、どこかに避難するというよりは、むしろ留まるという籠城型の方が望ましい、と予てからお伝えしてきました。

ですが、備えることはできます。最近ではとくに、特別警報を伴うような豪雨や土砂災害といった水害や浸水被害が特徴的ですが、地震や噴火など予知できない災害とは異なり、気象庁による発表を、テレビ(ワンセグ)や携帯ラジオ、そしてカーナビ搭載車であればテレビによって事前に情報を収集し、予測を立てることが可能なため、予測できる、つまり被災するまでの時間や規模・程度の予見が可能ということになります。

これからの防災対策についてのアドバイス、という意味では、「避難」をキーワードとして、台風や豪雨による土砂災害等の水害に際し、いかに予測し、避難すべきなのか、留まるべきなのか、を判断しなければならないという点につきます。

以前にも連載で紹介しました東日本大震災時の津波事故で亡くなった保育所と幼稚園の事例から、被災までの時間やその程度など、予見可能性を図るうえでの災害情報の入手について説明したいと思います。

つまり、気象庁から発表された災害情報を、テレビやラジオ、そして防災行政無線等でどう災害情報を入手したのか、また入手できたにもかかわらず、そうしなかったのかについてです。

宮城県山元町立保育所のケースでは、現状待機という災害対策本部からの指示で、発災から1時間15分の間、園庭で待機していた園児のところまで津波が来襲し、園児3名が亡くなった事例です。津波による被災時刻までにどのような災害情報が発信されており、どのような方法で情報を受信していたのか、という点に絞り整理すると、次のようになります。

町立保育所内では、防災無線やサイレンの設備が損壊し、ラジオやテレビも停電により視聴不能となり、また町役場福祉課に携帯電話をかけるもののつながらない状況のなか、避難指示を得るべく、保育士が車にて災害際策本部に駆けつけ「保育所です。避難指示を下さい」という質問をし、「現状待機」という指示を災害対策本部から受けたのが午後3時25分から午後3時30分までの間でした。ちょうどその頃には、気象庁により大津波警報の予報区が拡大された第三大津波警報が発令された時刻と重なり、発災直後の午後2時49分からNHKテレビでも岩手県・宮城県・福島県の沿岸部の様子をヘリからの中継で放送し続けていたわけです。裁判所も、避難指示を行うという選択をする場合、災害対策本部が町立保育所に津 波が到達するであろうことを予測できたかという観点から、気象庁やNHKテレビといった災害報道の発信状況を、地震発生直後の午後2時46分から午後3時10分頃までと、午後3時10分頃から午後3時30分頃までの時間帯に分けた整理を行い、津波の襲来を町立保育所が受けるのかどうかの予見可能性を計っています。この災害情報の収集に関しては、結果として災害対策本部内に設置されたテレビ(ワンセグ)やラジオによる情報収集を行うことができず、災害対策基本法23条2第4項1号における情報収集の事務が適切に行われていたとはいえないと判断したケースでした。

次に、幼稚園の事例では、園児を乗せた送迎用のバスを海岸線沿いに向かって走らせた結果、津波に巻き込まれ5名の園児が亡くなった事例です。ここでも、避難の際に予見可能性を図るうえで必要となる災害情報の入手という点に絞って整理すると、午後3時02分過ぎ、「園児らをバスで帰せ」という園長からの指示がでた時点では、気象庁による大津波警報が防災行政無線、NHKラジオ、石巻コミュニティラジオ、東北放送ラジオ等でも宮城県沿岸部での津波高や津波到達時刻を発表していました。たとえば、NHK仙台放送局は、午後2時51分~午後3時08分までの間に、宮城、岩手、福島沿岸に大津波警報の発表を9回、宮城県への津波到達予想時刻が午後3時、予想される津波の高さは6mであることを12回伝えています。

災害情報を入手・確認できないままでいたことから、午後3時10分被災した小さいバスの運転手は、「まだ自宅でバスの送迎を待っている保護者がいるかも知れない」と思い、海岸線沿いである正規の送迎ルートの停留所付近まで向かいましたが保護者と出会うことができず幼稚園に戻っている最中、渋滞により停車していたところ津波に巻き込まれた事例でした。このケースでは、災害情報の入手に関するミスだけではなく、学校保健安全法第29条1項により作成が義務づけられている幼稚園地震マニュアルでも、大地震発生時には高台にある幼稚園において園児を保護者に引き渡すよう定められていたことなどを、職員らに何ら周知していなかった点も批判されました。

これらの事例から、被災という危険を予見することが、災害情報等の入手によって可能であることが分かりました。ですが、津波や土砂災害等の浸水については、到達時刻や被災の規模などがある程度、予測できるとはいえ、広島市の土石流災害でも、発災前から落雷による停電で入手できる情報に限りがあったこと、また携帯電話のワンセグテレビや携帯ラジオであっても、平時から電波の受信状況が悪い山間地などでは情報が入手しにくく、予見できるだろう災害情報へのアクセスにも困難を極める場合が考えられます。さらに、災害情報を入手でき避難の必要性がある、と判断した場合であったとしても、相談にもあったように深夜でありまた特別警報を伴うような豪雨であった場合などでは、避難そのものが 非常にリスクの高い行為だと言えます。

繰り返すようですが、地震や噴火を除いての自然災害、つまり津波や豪雨による浸水被害、土砂災害等は予見可能性を計ることのできる災害と考えられます。この予測できる災害に対して、情報をどう収集しその情報をもって避難する場合のリスクと、避難しない場合のリスクとを整理し、その後にどういった行動を採るのか、これらの「備え」が今後の私たちにとって考えるべき「備え」です。

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